ザ・ハイエイタスの10周年記念、初の東京国際フォーラム公演。今までやってきたこと、手にしてきたものすべてを網羅するセットリストの中、後半はチェリストの徳澤青弦が招かれる。彼とハイエイタスの共演は7年ぶり。伊澤一葉を除くメンバーはいったん退場し、チェロとピアノ、あとは細美武士の歌だけでファースト収録の「Little Odyssey」が始まっていく。

今さらだが、それは圧倒的な名曲だった。竜巻のように舞い上がり、天から降り注いでくるようなメロディ。この曲に関してはロック云々をさておき、珠玉のバラード、と言い切っていいだろう。柔らかな生楽器の音が、細美の生声の強さを凛と引き立てている。そしてふと思う。なぜこの人はソロ・アーティストの道を選ばなかったのだろう。エルレガーデンの活動休止から一年、2009年にスタートしたハイエイタスは、最初からバンドを名乗っていたわけではない。細美がいちシンガーとしての作業に集中したければ、その道も十分にあり得たはずだ。

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)

ファーストの一曲目「Ghost In The Rain」から始まったライブ。二曲目もファーストから「The Flare」、次がセカンドの一曲目「The Ivy」なのだから、10周年総括のテーマははっきりと伝わってくる。冒頭に書いたような特別セッションまだお預けで、まずはダイナミズムの確認が先だ。シンプルなパンクではない。重たい暗雲が押し寄せ、分厚く垂れ込めたその中からとつぜん稲妻が光るように、メロディが、ギターソロが、スネアの連打が放たれる。自然の激しさと厳しさによく似た美しさ。ぶつかりあい、火花散らしながら有機的な命を生み出していく5つの音には、一呼吸つく余地があまりない。凄まじい集中力。それを積み重ねることで、彼らは次第にひとつの塊になっていったのだ。

4、5曲目に新曲「Hunger」と「Servant」。ハンドマイクで歌う細美の表情は柔らかくなり、masasucks、ウエノコウジもふっと笑顔を見せる。ライト、と書くのは違うけれど、最新作『Our Secret Spot』の楽曲にあるのは確かな平穏だ。激しく火花を散らさなくても、すでに消えない灯火があるというムード。互いにぶつかりあうアレンジがなく、空間の心地よさが最優先されている。これこそが、10年かけてハイエイタスが手にした境地なのだろう。

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)

観客の包容力もバンドを後押ししたはずだ。軽やかなアコギから始まりつつ、後半からポストロックの迷宮に入っていく「Deerhounds」、伊澤一葉の指使いに見惚れてしまう究極のマスロック・ナンバー「Bonfire」。中盤の楽曲はどれも一筋縄ではいかないが、置いてきぼりになることはない。むしろ5000人の観客が終始笑顔を浮かべ、ときには手拍子で一体感を作っているのが印象的だった。特定のジャンルに収まらないものでOK、常に進化していくこのアンサンブルが好きだ。そんなふうにバンドをまるごと受け入れているよう。そのあと「スペシャルゲスト……いや、現ハイエイタス」という触れ込みで一瀬正和が登場し、柏倉隆史とのツインドラムで久々の「Antibiotic」が披露されたのも見せ場のひとつ。常にフレキシブルに変われるスタイルは、いまやハイエイタスの武器なのだ。

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)

一瀬と共に柏倉、ウエノ、masasucksが退出。ここからが冒頭に書いた徳澤青弦とのセッションだ。最初に凄まじい歌唱力を見せつけた細美は、次にメンバーを呼び戻し、ストリングス導入バージョンで数曲を披露。そこで「Regrets」が流れた瞬間、あぁ、とはっきり思った。これはロックバンドで鳴らしてこそ魅力的な楽曲だ。柏倉の優しいビートとウエノの安定した低音に包まれることで、歌声はより柔和に響く。また楽しそうに楽器を鳴らすmasasucksらと目を合わせることで、場の空気もより温かいものになる。メンバーがここにいる、その認識がグルーヴが完成させるのだ。ソロでも十分に通用する喉を持ったシンガー細美は、「Little Odyssey」のような名曲を書きながらも、ただ美声で周りを圧倒させたいわけではなかった。まず、ここが居場所だと言えるホームが欲しかった。だから5人とバンドになりたかった。そんな10年前の願いがしっかり叶えられていることを、「Regrets」のグルーヴが伝えてくれる。もともと国際フォーラムの天井はかなり高いけれど、歌声はさらに遠くへ、さらに高い夜空へと、小気味よく飛んでいくようだった。

バンドを求めていたのは細美ひとりではない。「ハイエイタスは僕の大事な居場所になりました」と柏倉が語り、「ここにいたら間違いないな、曲がっていかないなと思う」と伊澤が素直に告白。「ハイエイタス11年目、始まります」とmasasucksが宣言すれば、「10年後に我々がどんな音を鳴らしているのか、すごく楽しみ」とウエノが気の早い話をする。「Storm Racers」や「紺碧の夜に」など大合唱ナンバーで締めくくられた本編。細美は「夢の中にいるみたいでした」と語ったが、消えてしまう儚さ、という意味ではないだろう。ずっと夢見ていたバンドの呼吸。渇望していた心の交換。その実感が確かにあったという意味で、まさに夢が具現化している一夜だ。10周年おめでとう。二度目のアンコールで鳴り響いた「Moonlight」は、自らに捧げる賛美歌のように美しかった。


文=石井恵梨子  撮影=三吉ツカサ(Showcase)

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)

the HIATUS 撮影=三吉ツカサ(Showcase)