トロント、シカゴなど世界各地の映画祭で上映され、高評価を獲得した映画『第三夫人と髪飾り』が11日(金)から公開になる。本作は、一夫多妻制が残る19世紀の北ベトナムを舞台に、14歳で“第三夫人”として大富豪の家にやってきた女性のドラマを描いた作品だが、脚本と監督を手がけたアッシュ・メイファは「どの国で上映しても“これは私の家族の物語だ”と言ってくださる観客がいます」と語る。

本作は、14歳の女性メイが絹で莫大な富を築いた家に嫁いでくる場面から始まる。当時の北ベトナムでは、ひとりの男性が複数の女性と婚姻関係を結ぶことが許されており、彼女たちは同じ家で暮らしながら“世継ぎ=男の子を産むこと”を期待されていた。まだ幼いメイは、凛としたたたずまいがありながらも穏やかな第一夫人、美しく謎めいた魅力のある第二夫人たちと暮らしながらさまざまな出会いと別れを経験していく。

アッシュ・メイファ監督はベトナムで生まれ、ニューヨーク大学に渡って映画制作を学んだ新鋭で、自分の曾祖母(ひいおばあさん)の実体験を基にした本作で長編デビューを飾るべく、数年をかけて調査・聞き取りを行いながら脚本を執筆し、資金調達のために奔走したという。

「私はアーティストとして強く信じていることがあります」とメイファ監督は穏やかに語り始める。「それは、個人的な物語を深く掘り下げれば掘り下げるほど、その作品は結果として普遍的なものになる、ということです。この物語は19世紀の北ベトナムが舞台になっていますが、私の心が痛みを感じるまで深く掘り下げて脚本を書きました。だから世界中の方がこの映画に共鳴してくださったのでしょう。どの国で上映しても“これは私の家族の物語だ”と言ってくださる観客がいます。まるで自分たちが過去にたどった歴史を改めて生きているような気持になる、と」

本作では一夫多妻制の社会が描かれるが、男性も女性も苦しい人生を送っていることが強調されている。絶対的な家長を中心に家族が構成され、女たちは“イエを継ぐ男子”を産むことだけを期待されており、男たちは家系を存続させることだけを期待されている。男性も女性も自由はなく、“再生産=家の存続”のために存在しているのだ。

「まさにそうです。この映画で描かれるような家父長制は、女性のみならず男性も深く傷つけてきたと私は考えています。この映画に若い男性が出てきますが、あのキャラクターは私の祖父にインスピレーションを受けて描かれたものです。私の祖父と祖母は家が決めたお見合いで結婚し、50年もの間、夫婦として暮らしましたが、ふたりとも不幸なままでした。このシステムは男性にとっても決して良いものではないのです。ちなみに、かつて一緒に暮らしていた曾祖母に“他の奥さんと争ったり、嫉妬を感じたりしたことはないの?”と聞いたことがあります。曾祖母が言うには、ある種の競争はあったけど、それ以前に生活していくのに必死で、妻たちは助け合っていたし、お互いの出産を手伝い合う中で、ある主の共通言語のようなものが生まれていたそうです」

メイファ監督は自分が過去に家族から聞いた話を思い出したり、新たに聞き取りをしながら脚本を執筆する中で改めて「個人の自由が許されない社会は、女性にとっても男性にとっても害がある」と思うようになったという。

「この映画が描く時代は、男性も女性も役割が決められていて、自分で選択できる幅は極めて小さいものでした。私の曾祖父はパワフルな人でしたが、家父長制というシステムの中にあまりにも長くいすぎてしまったせいで、自分の息子と心を通わせることができませんでした。私の曾祖母は自分で人生を選ぶことができませんでした。祖母にも選択肢はありませんでした。しかし私の母は家族の中で初めて親の提示したお見合いに対して“NO”といった人物でした。そして私は家族の中で初めてアーティストとして活動することができました。私はこのまま未来に向かって、人々の選択肢がさらに増えていってほしいと願っています」

本作はひとりの女性の主人公を中心にしたドラマを描きながら、その奥に潜む巨大な“システム”の存在を描き出していく。本作で最も力を持ち、人々を踏みつけているのは、家を存続させるための“システム”だ。メイファ監督は、そのことをより明確にするために劇中にあえて“もうひとつのシステム”を描き出している。それは一家をとりまく自然だ。

はい。そのことはすごく意識しています。自然は宇宙的な規模で動いているものですよね? 人間の世界でどんなことがあっても、自然はそんなことはお構いなしに命をつないで次の時代へ続いていく。“家族という小宇宙”の外側には、自然という名の巨大なシステムが動いている。そのことで人間の有限性(=いつかは死んでしまう)は際立つでしょう。同時に、限りある人生の中で起こるから美しいという想いも強調されると思うのです」

人々は決められた人生を生き、何の選択肢も与えられないまま、苦しみ、悲しみ、許されぬと知っていてもなお誰かを愛し、何か突破口がないのかともがき続ける。一方、彼らの上には繰り返し太陽と月が昇っては沈み、蚕は絹を生み出し続け、山々はいつもそこにあり、川は流れ続ける。このまま何も変わらないのだろうか? 私たちは小さな世界の中で苦しみ続けるしかないのだろうか? そこでメイファ監督は、映画の最後の最後に強い願いを込めて“希望”を描いた。「これはとても小さなエンディングです。ですが、私はラストで描かれているのは“革命的な行動”だと思っています」

世界中の人々を魅力した『第三夫人と髪飾り』は、私やあなたと関係のある、繋がりのある物語だ。では、監督がラストに込めた希望はどうだろう? この願いを私たちは共有し、未来に向かって育てていくことができるだろうか?

『第三夫人と髪飾り』
10月11日(金)Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー

『第三夫人と髪飾り』