クローゼットや机の引き出しと同様、なんだか覗いてみたくなる他人の本棚。各界の大の本好きに、普段は見せない「奥の院」を見せていただきます。

装丁家・守先正さんの本棚を拝見!「本は買わなきゃダメ」

自分がもっと自由になるために、僕は本を買う

もはや病(やまい)です、と自嘲する。本を買うのがやめられない。

気になったアーティストやデザイナーに出会うと、その人のことを調べ、読みあさり、たとえば生まれた街まで旅してしまう。どんなところで「ものをつくっている」のかが知りたくなるのだ。

本に埋もれるようにして仕事をするこの棚の持ち主、グラフィックデザイナーの守先正さんはデザイン、写真、装幀のすぐれた本に目がない。

作業机から振り返るとこの棚が。イルマ・ボームの造本の数々。1988 年から彼女の仕事を追い続けている。雑然と見えてすべての位置を把握

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ブルーノ・シュルツの著作を単語ごとに切り刻んで別の話に仕立てた、ジョナサン・サフラン・フォアのアートブック。「ビジュアル・ライティング」と呼ばれる手法

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著作権の切れた古典文学全集が一流デザイナーらの手で蘇り、イギリスで話題に。まるで上等な菓子箱のような背表紙が並ぶ

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型紙の模様のような箔使いに日本の影響が感じられるコーラリ・ビックフォード・スミスの装丁本。無名の彼女はペンギン・ブックスのADにスカウトされ開花

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公共デザインを積極的に支援し、若いデザイナーを起用するオランダの旧ギルダー紙幣。世界でもっとも美しいお金といわれている

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デヴィット・ピアーソンがデザインしたペーパーバック。「繊細でシンプル。帯もなく、コストも低い。本の理想型です」と解説

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元ペンギン・ブックスのデザイナー、デヴィッド・ピアーソン(英)が友人と立ち上げたホワイト・ブックスの1冊。クロス装に美しい色が印刷された労作

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写真家スティーブン・ギル(英)の作品集。信頼するデザイナーと自由な本づくりをするため自ら版元を設立。注文販売で世界にファンを持つ

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イルマ・ボーム(蘭)の大小の作品集。豆本で「本と切手」、メガ本で「本とポスター」のサイズ感の関係を表現している

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いいものをつくる人に敬意を。「本は買わなきゃだめ」

 

目下、どっぷりと魅了されているのがオランダのイルマ・ボームだ。ニューヨークタイムズ紙に「現代最高のブックデザイナー」と紹介された女性である。

2010年に出版された彼女の作品集『Biography in Books』は28×50×23ミリの豆本サイズ。誰もそのサイズの作品集をつくりたがらないので、自分の作品集をそうしたのだ。

5年後に出たセカンド・エディションはそれよりひとまわり大きな豆本と、幅8倍、面積64倍、容積128倍の特大サイズ。この特大サイズもどうしても欲しくなり、オランダに旅する友人に 「もしも見かけたらいくらでもいいから買ってきてくれ」と頼んだという。

はたして友が現地からメールを送ってきた。

「Irma Boomの大きい本は無事買うことができました。想像以上に大きく、手荷物では難しいので、オランダから送りました」。金額は本代が約15万円、配送費が9000円。彼はきっぱりこう語る。

「いいものをつくってくれる人に対してぼくは敬意をこめて買います。1冊売れたらその人が嬉しい。それでいい。買わなきゃだめなんです」

本との幸福な邂逅(かいこう)を何より尊ぶ。あとで買おうなんて思ったら、至福は手から簡単にすり抜けてしまう。いいものをつくる才能をもっと応援するために、買うのだろう。

彼にはもうひとつ、本を買う理由がある。

「たとえばイルマ・ボームさんは自分に制限をかけない。制限を振り切ってデザインをするということは、気持ちが強くなければできません。本は自由で、どんな面白いこともできると、20代の何も分からなかった頃の自分の気持ちを思い出させてくれる。たぶん僕は、自分が自由になるために本を買っているのかもしれません」

 

守先さんへのQ&A

Q どんなタイミングで本を買いますか?
A 仕事場の近くの書店はもうしょっちゅう。日課のように立ち寄ります。国内の旅はもちろん、海外旅行は書店に行くのがひとつの大きな目的です。旅はどこへ行くにもまず先に、おもしろい書店がないかを調べます。

Q 新刊本ですか?
A 古書店も大好きです。ついでに古切手や古い紙を扱う骨董屋も好き。相対的には芸術・デザイン関係、写真集が多いです。

Q このお部屋は?
A 仕事場として借りているマンションの1室で、この本棚の前に机を置いて仕事をしています。棚は友人から譲り受けたもの。引っ越しは本の整理に追われ、大変だったヨ。

 


守先正さん
装丁家。1962年兵庫県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科卒業。
花王、鈴木成一デザイン室を経て、‘96 年モリサキデザイン設立。
大学の先輩でもある鈴木成一氏にならい小説から実用書まで幅広くこなす気鋭のデザイナー。
大ヒットしたコミックエッセイ『ツレがウツになりまして』の装幀も手掛けた。

取材・文 大平一枝
撮影 本城直季

※価格等の情報は取材時のものです

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