台風19号の影響により、首都圏を中心に各鉄道事業者が計画運休を実施しました。1か月前の台風15号でも計画運休が行われましたが、その際指摘されたふたつの課題に、今回はどれほど対応できたのか振り返ります。

過去最大規模の態勢で行われた計画運休

大型で非常に強い勢力を保ったまま東日本を縦断した台風19号は、各地で記録的な豪雨をもたらしました。特に長野県では千曲川の堤防が決壊し、JR東日本長野新幹線車両センターの水没や、上田電鉄の橋梁流失など、甚大な被害が発生しています。

広範囲で深刻な被害が発生しているため、鉄道の完全復旧には相当の時間を要すると思われますが、鉄道で人的な被害や社会的な混乱が生じなかったのは、過去最大規模の態勢で行われた計画運休の効果によるものと考えられます。

JR西日本2014(平成26)年から開始した計画運休の取り組みは、首都圏でも急速に定着しつつあります。とはいえ首都圏計画運休が本格的に始まったのは最近のことで、2018年の台風24号、2019年9月の台風15号、そして今回で3回目です。

首都圏の過去2回の計画運休では、情報提供に課題が残ると指摘されました。2019年9月の台風15号では、JR東日本は前日の17時に「始発から朝8時ごろまで運転を見合わせる」見通しを発表しましたが、強風の被害が予想以上に大きく、安全確認に時間を要したため、運転再開は10時ごろまでずれ込み、大きな混乱を招いてしまいました。

先月の計画運休から方針を大きく転換

台風15号計画運休では、大きくふたつの課題が指摘されました。ひとつは計画運休の発表タイミング、もうひとつは運転再開見込みが大きく遅れた問題です。今回の台風19号の計画運休にあたっては、この課題にどれほど対応することができたのでしょうか。

ひとつ目の情報提供については、国土交通省が2019年7月、計画運休の情報提供のあり方を取りまとめています。これによると、計画運休開始時刻から概ね48時間(2日)前に「計画運休の可能性を発表」し、24時間(1日前)に「詳細な実施内容を発表」することが望ましいとされましたが、台風15号ではこのタイムラインに沿った発表はできていませんでした。

運転見合わせ(の可能性)はできる限り早く発表するのが望ましいことは言うまでもありませんが、台風の進路予測には誤差があるため、決定を急ぐほど広範囲の影響を想定しなければなりません。輸送の継続を使命と考える鉄道事業者は、台風の影響がない区間、時間帯でも運休が発生し、利用者に無用の混乱と不便をかけることを避けたいと考えるため、これまでは台風の進路がほぼ確定する直前に発表していました。

ところが今回は従来の方針を大きく転換し、実施48時間前にあたる10月10日(木)の昼に、JR東日本JR東海JR西日本と、首都圏の私鉄・地下鉄各社がほぼ横並びで、12日(土)から13日(日)にかけて計画運休を実施する可能性があることを発表したのです。

「無用な混乱は避けてほしい」という機運が高まる

そもそも計画運休はどれくらい認知されているのでしょうか。都市防災を専門とする廣井 悠 東京大学大学院准教授は2019年9月、台風15号計画運休の評価や意識について、1都3県在住の約9500人にインターネットアンケートを実施しています。

この調査によると、計画運休を知らなかった人は1割弱で、8割以上の人が前日夜の時点で計画運休が行われることを認識しており、計画運休の実施についても約9割の人が適切だったと回答しています。前日午後に計画運休の実施が発表された前回の台風15号でも、周知と理解が進んでいたことが明らかになりました。それでは48時間前の発表は、過剰な対応といえるのでしょうか。

問題はふたつ目の課題、翌日の運転再開をめぐる混乱です。調査では約4割が、計画運休後の運転再開時刻の発表について、適切ではなかったとしており、情報提供のタイミング以上に、情報の正確性に課題があることが分かりました。

しかし、この問題を解決するために、必ずしも運転再開見込みの精度を上げる必要があるとは言えません。対象者中500人への追加調査によると、「計画運休をしてもよいが、一刻も早く運行を再開してほしい」に6割以上が「そう思う」と回答する一方、「混乱を招くくらいなら、運行再開を急がなくてよい」にも8割近くが「そう思う」としています。早期の運転再開を期待しつつも、無用な混乱は避けてほしいという、利用者の想いが垣間見えます。

こうした回答の背景には、計画運休を契機として、社会の災害への向き合い方が変化しつつあることが指摘できます。交通機関が動かなければ、東京圏の利用者の多くは通勤することができません。鉄道が利用者の安全を優先して運転を取りやめることで、社会にも無用の危険と混乱を避ける機運が高まっており、計画運休の実施が早く分かれば、企業も業務縮小や休業の準備ができるという流れができつつあります。

今後の課題は、信頼の醸成

今回は、実施24時間前にあたる前日11日(金)の昼前に、12日(土)の午後(路線によっては朝)から順次本数を減らして運転を終了することと、13日(日)の運転再開はおおむね昼以降、安全の確認が取れ次第になると、かなりの余裕をもった表現で発表されました。

13日が日曜日で通勤・通学への影響が限定的だったという事情は差し引いても、実際の各路線の運転再開は、早い路線では予告を前倒して7時ごろ、遅い路線では夕方に延長になり、一部は終日運転見合わせという結果になりましたが、大きな混乱や批判が起きなかったというのは、鉄道事業者にとっては少々意外な結果だったのではないでしょうか。

それ以上に驚かされたのは、さらなる「速断」を求める世論です。これまでにない早いタイミングで計画運休の実施可能性を発表した10日(木)の時点で「計画運休をやることは分かっているから、詳細を早く公表してほしい」という声が多くみられました。すでに計画運休は、認知や是非を問う段階を飛び越えて、社会に組み込まれつつあると言っても過言ではありません。

今後の課題はさらなる信頼の醸成です。首都圏計画運休を実施した過去3回の台風は、すべて実際に大きな被害を出しており、幸か不幸か「空振り」はありませんでした。しかし今回の関西がそうであったように、いずれ空振りが発生することは避けられません。それでも、備えておいてよかったと利用者が受け止められるように、鉄道事業者は実施手法と情報提供の改善を続けていく必要があるでしょう。

翌日の計画運休を告げる張り紙(2019年10月11日、乗りものニュース編集部撮影)。