今回は名取宏さんのブログ『NATROMのブログ』からご寄稿いただきました。

「謎水装置」から学ぶニセ医学の手口 (NATROMのブログ)

「謎水装置」は血中酸化ストレスを減少させると主張されている

「株式会社日本システム企画」が製造販売する、配管内の赤錆を黒錆に変えて赤水を解消する効果があると称する「NMRパイプテクター」という商品がある。福岡市営地下鉄に広告が出ているのを見たことがある。さて、私も寄稿した『RikaTan(理科の探検)』 2019年4月号*1 において、京都女子大学名誉教授(理学博士)である小波秀雄氏によるNMRパイプテクターに対する批判が掲載された。現時点(2019年9月18日)では以下のリンク先で読める。

*1:「RikaTan(理科の探検) 2019年4月号 [雑誌] Rikatan(理科の探検) Kindle版」『amazon.co.jp』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07Q27KPHS/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B07Q27KPHS&linkCode=as2&tag=igakukei-22&linkId=3196906c3c5dce8970734a68ec008ef5

 
「「謎水装置」NMRパイプテクターに翻弄される人々」『RikaTan 理科の探検』
http://www.rikatan.com/NMR.pdf

「物理的には何の意味もないガラクタでしかない」とバッサリだ。私は医学系の人間であるので、赤水解消効果についてではなく、生物学・医学関連の考察を試みたい。すでに医学的な考察は以下にリンクする「五本木クリニック | 院長ブログ」で行われているが、私は違った角度から。

 
「NMRパイプテクターの原理を応用した謎の「血液還元装置」を買ったエステサロン・鍼灸院の方、その後のご様子はいかがでしょうか?(五本木クリニック | 院長ブログ)」2019年09月06日『五本木クリニック 美容皮膚科』
https://www.gohongi-beauty.jp/blog/28817/

この「謎水装置」は、赤水を解消するだけではなく、「金魚を育てると大きくなる」※1「カイワレの発芽率が高くなる」※2といった効果が主張されている。そのうちの一つ、「血中酸化ストレスが減少する」という効果を検証してみよう。

「血中酸化ストレスが減少する」と主張する根拠として、日本システム企画のウェブサイトには「Yubi-MR による特殊電磁波の指への照射と帯電した水からの電子の作用による血中の酸化ストレスの減少効果」とするPDFがある※3。「NMRパイプテクターと同じ装置」であるYubi-MRという装置は「特殊な電磁波を指に照射すること」によって血中の酸化ストレスを抑制するのだそうだ。「特殊な電磁波」が具体的に何かはPDFには記載されていないし、エネルギー源もよくわからないが、まあそれはよしとしよう。メカニズムが不明であっても、臨床的に効果が証明されていれば、それは医学的に有用である。しかしながら以下に述べる理由によって、「謎水装置」は臨床的に効果は証明されていない。

「謎水装置」が血中酸化ストレスを減少させるとは言えない理由

PDFで提示されている実験では、9人の被験者に対し、d-ROMという指標を用いて測定された酸化ストレスを装置が減少させたと主張されている。しかしながら、この実験だけでは装置が「血中酸化ストレスを減少させる」というには不十分で、ましてや「疾病の治療の効果が期待できる」とは言えない。第一のポイントは前後比較という点である。装置がまったく血中酸化ストレスに影響しないとしても、時間経過だけで検査値が変わることはありうる。たとえば、場に慣れて緊張が緩んだことが影響したのかもしれない。検体を採取してから測定するまでの時間が影響したのかもしれない。

時間経過の影響をコントロールするわかりやすい方法の一つが並行群間での比較だ。被験者をランダムに二群に分けて、介入群には「特殊な電磁波を指に照射」し、対照群は照射せずにおいて、その変化を比べるのだ。できれば対照群ではダミーの装置で被験者には「照射されたつもり」になってもらうのが望ましいし(単盲検)、試験者も本物かダミーか知らない状態で検査をするのがなおよい(二重盲検)。

採血が3回になってしまうが、クロスオーバー試験を行うと検出力が上がる。A群は採血→実装置→採血→ダミー装置→採血、B群は採血→ダミー装置→採血→実装置→採血という手順を取る。いずれにせよ、非盲検の前後比較だけでは「血中酸化ストレスを減少させる」とは言えない。

「疾病の治療の効果が期待できる」なら臨床試験で効果を示すべき

第二のポイントは、Yubi-MRなる装置がd-ROMという指標を用いて測定された酸化ストレスを減少させるのがよしんば事実だとして、それが健康に寄与するかどうかは別問題だということだ。短時間だけわずかな酸化ストレスの減少があったとしても臨床的には意味がないかもしれない。「酸化ストレスが原因の疾病の治療の効果が期待できる」のなら、実際に酸化ストレスが原因の疾病の患者さんを対象とした臨床試験を行うべきだ。

(私はこの装置は生体にほとんど何も影響を与えないと考えているが、私の予想とは異なり)有意な酸化ストレス減少をもたらすとすると、何か健康上の悪影響が起きるかもしれない。「酸化ストレスが減少するなら健康に悪影響があるわけない」とお考えの方もいるかもしれないが大きな誤りだ。人体における抗酸化作用は複雑で、抗酸化作用のあるベータカロテンのサプリメントが、期待に反して、肺がんを増やしたという研究もあるぐらいだ※4。

それにd-ROMで評価した酸化ストレスはあくまで代理指標だ。検査値(代理指標)と、症状が改善したり死亡を減らしたりすること(患者中心のアウトカム)は別である。有名な事例として、心血管リスクの高い糖尿病患者に対して、より厳密な血糖コントロールを目指した方が、標準的な治療と比べて、死亡率が高かったという研究(ACCORD試験)がある※5。代理指標は改善したが患者中心のアウトカムが悪化したという事例だ。

こうした教訓を踏まえると、「酸化抑制効果」が事実であったとしても、Yubi-MRなる装置が健康に寄与するとは必ずしも言えないし、害がある可能性もある。健康にプラスの作用だけあって「副作用の心配がない」※6といった都合のよいものは存在しない。より多くの人を対象に臨床試験を行い、代理指標だけでなく患者中心のアウトカムを測定するまでは、臨床的に有用かどうかわからない。また、副作用がないというためには、対照群と比べて有害事象の頻度が変わらないことを示す必要がある※7。

「謎水装置」の臨床試験は行われていない

むろん、いきなりそういう臨床試験をやれと言っているのではない。まずはコストの安い、小規模・非盲検の前後比較試験を行うのは合理的だ。ただ、装置に真に効果があると日本システム企画が信じているのであれば、さらなる研究を行って効果を証明する努力を行うはずだ。一方で、装置さえ売れればいい、金儲けがしたいだけならば、追加の研究はしないほうがいい。追試で効果が否定されればヤブヘビだからだ。小規模の予備的な実験だけでエビデンスが不在のまま「商品化を本格的に推進」し、「市場浸透を急ぐ」※8であろう。学会発表だけは行って論文は書かない。

小規模な実験で有意差を出すのはそれほど難しくない。装置にまったく効果がなくても、何度も実験を繰り返せばそのうちに偶然に有意差が出る。一回の実験で多くの指標を測定すればなお有意差が出やすい。有意差が出なかった指標は報告しなければいいだけだ。こうしたズルを防ぐために臨床試験登録システムがある。Yubi-MR、NMR-Pipetectorといったワードで検索してみたが登録されたものは発見できなかった(2019年9月18日時点)。

今後、「謎水装置」がなんらかの医学的な作用を示した、という研究が発表されるかもしれないが、そのときは事前に臨床試験登録がなされているかどうかを調べてみよう。未登録ならば、何度も実験を繰り返して都合のよい結果だけ発表したかもしれないと疑った方がいい。

ニセ医学の手口のおさらい

「証明が不十分のまま効果効能を謳い製品を販売する」「小規模で質の低く、事前登録されていない研究のみ」「代理指標しか測定していないのに患者中心のアウトカムの改善を謳う」「学会発表のみで論文を書かない」「動物実験の結果を安易にヒトに外挿する」※9「根拠なく副作用の心配がないと主張する」「臨床試験に消極的」というのはニセ医学の典型的な手口だ。古典的といってもいい。近年は、臨床試験登録を患者を信用させる手段に用いる、査読の緩い雑誌に論文を投稿する、といった巧妙な手段もあるが、まずは基本にたちかえりたい。

 
※1:URL:http://www.jspkk.co.jp/img/3-103_Kingyozikken2003128.pdf

※2:URL:http://www.jspkk.co.jp/img/3-92_KaowareZikken20031.pdf

※3:URL:http://www.jspkk.co.jp/img/attention/attention201809_004.pdf

※4:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8127329

※5:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18539917

※6:URL:http://www.jspkk.co.jp/news/pdf/fujisankeibusinessi101218.pdf

※7:厳密にはそれでも副作用がないとは言えない。副作用はないか、あっても検出できない程度には少ない、とまでしか言えない

※8:URL:http://www.jspkk.co.jp/news/pdf/fujisankeibusinessi101218.pdf

※9:「睡眠誘導に効果がある」と主張されているが根拠の提示はなく、強いて言えば「この装置からの特殊な電磁波の照射によって、マウスの活動時間の減少を確認することができた」ことぐらいしか、根拠らしきものは見当たらない

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執筆: この記事は名取宏さんのブログ『NATROMのブログ』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2019年10月12日時点のものです。

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