8月27日から9月1日まで、モスクワで「MAKS2019」という航空ショーが開催された。MAKSはパリやファーンボローに比べると知名度は劣るが、ボーイングエアバスなど海外からも多数の企業が参加する国際的な航空ショーである。

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 今回は、ロシアからミサイルを買ったため、米国からステルス戦闘機F-35」の調達ができなくなったトルコからエルドアン大統領が招待された。

 そして、ロシアウラジーミル・プーチン大統領が直々にロシア製ステルス戦闘機Su-57」の商談を行った。ついでながら、なぜか一緒にアイスを食べたことが話題になったりもした。

MAKSはロシア航空産業への入り口

 航空ショーは、マニアが戦闘機やアクロバットチームが飛び回るのを見物に来るイベントである一方、航空産業の展示会という側面もある。

 MAKSロシアの航空産業とのビジネスの機会を、海外の企業にも提供してきた。その中には少数ながら日本企業も含まれる。

 これまで、ロシアで新機種のプロジェクトが立ち上がるたびに海外のサプライヤーからの売り込みが行われてきた。実際、ロシア旅客機は「スホーイスーパージェット」も「MC-21」も海外のサプライヤーの製品を広く採用してきた。

 例えば、米国の航空用機器大手のハネウェルはAPU(補助エンジン)や電子機器を提供し、航空機用自動生産設備で知られるドイツのブローチェスホーイスーパージェット、MC-21双方に設備を納入している。

 日本企業の商売の対象は民間機に限られるが、欧米企業はロシア軍相手の商売も行ってきた。

 例えば、フランスの大手大手航空・防衛メーカー、タレスロシア戦闘機ヘッドアップディスプレイを納入していた。MAKS出展の欧米の企業は、制裁で軍需ができなくなったとボヤいていたほどだ。

 海外のサプライヤーにとって、ロシアの航空産業は普通の市場であったのだ。そしてMAKSはそのための場所を提供していた。

制裁は民間機生産にも影響

 制裁後も、民間機である限りロシアの航空産業とのビジネスは普通に継続できる。これが、欧米の航空関連サプライヤーの共通認識だった。

 しかし、昨年(2018年)、ロシアの新型旅客機MC-21のサプライヤーが米国の制裁の対象になったことから、雲行きが怪しくなってきた。

 MC-21は、最先端の製法で作る炭素繊維複合材製主翼を胴体の広さとともに売り物にしていた。

 ところが、その炭素繊維複合材製部材を製造するアエロコンポジットとテフノロギヤが制裁の対象になり、米国製だった炭素繊維複合材の素材を調達できなくなったのだ。

 テフノロギヤは別として、主翼の生産を担っていたアエロコンポジットは純粋に民間機の仕事しかしていない会社であり、「軍事系プロジェクトに参加した」という罪状で制裁対象となったのは全くの不当な話だ。

 制裁が不当だとしても、材料が手に入らないという事実からは逃れられない。MC-21の開発は制裁のあおりで大幅遅延が強要されることになった。

 MC-21は誰がどう見ても民間機の開発プロジェクトであったにもかかわらず制裁を受けた。ロシアにとってはたまったものではない。

 しかし、これはロシア側だけではなく、MC-21に参加していた欧米のサプライヤーにとっても同じ話だ。

 禁輸になった企業はこれまでの営業努力、開発努力が無にされるし、そうでなくても量産が遅れれば売り上げの発生が遅くなる。

 欧米の航空サプライヤーにとっても、民間機の開発に参加することですら、こうした憂き目に遭うリスクが発生しているのである。

 ロシア側には影響を最小化するため、なるべく国産化するモチベーションも働く。

 その他の産業分野と違い、航空産業はロシアが比較的得意な分野なので、やろうと思えば成立するものは多々ある。

 海外サプライヤーがロシアの航空産業に何かを売り込むことはリスクが高く、難易度も増したのだ。

 MAKS2019を見る限り、海外サプライヤーはロシアの航空産業のビジネスをあきらめてはいない。MC-21に続く新機種として、ロシアは中国と共同で大型機「CR929」の開発を進めている。

 フランスの航空機器大手サフランはMAKSでCR929に売り込むランディングギアの模型を展示していた。

 これは、新機種の部品や素材の選定が行われているだけではなく、欧米企業がロシアとのビジネスをあきらめていない証拠でもある。フランスドイツと同様に集団で出展している。

 しかし、ロシアの航空産業とのビジネスがやりにくくなっていることは事実であり、いつの間にかいなくなっている企業もぽつぽつ見られる。

欧米の代わりに中国が台頭

 では、MAKSが閑散としていたのかというと、決してそうではなかった。むしろ、前回の「MAKS2017」よりも盛り上がっていた。新機種はあるし、これまで以上の話題を提供した参加国もあったからだ。

 前述のMC-21は制裁による開発への影響が懸念されるが、これまで製造された3機が揃って会場に姿を現し、人気を博していた。

 また、トルコへのステルス戦闘機の売り込みも多いに話題になった。しかし、最大の変化は中国の存在感の急拡大である。

 これまでも、中国はMAKSに参加し、飛行機を飛ばしたり開発中の飛行機のモックアップを持ち込んだりしてきた。

 とは言え、「A350」や「A380」といった大型旅客機を毎回持ち込むエアバスや、以前、米空軍が大挙して参加してきた時のような存在感はなかった。決して、主役ではなかった。

 ところが、今回のMAKS2019では、中国企業専用の大きいパビリオンが建ち、その隣には中国とロシアが共同開発する大型旅客機CR929のモックアップの入ったもう一つの建物が建った。

 さらに、屋外に中国製無人機まで展示していた。

 ビジネスがやりにくくなっている欧米企業を横目に、中国がMAKSの主役に躍り出た感がある。

 ビジネス上のメインテーマは新機種のサプライヤー選定であるが、今回はちょうどCR929がその最中である。

 CR929も半分は中国が作るのだから、中国関連と言ってもいい。

 中国パビリオンの中のCR929の中国側開発主体であるCOMACブースには、すでに就航している「ARJ21」、初飛行に成功した「C919」、そして開発中のCR929の模型が展示してあった。

 ARJ-21はリージョナルジェットサイズであるが、C919はボーイング「737」やエアバスA320」と同規模の旅客機で最も売れるサイズの機種である。さらに大きいCR929はエアバスA350やボーイング777」と同規模の大型機となる。

YS-11」の生産中止から何十年も経って、ようやくリージョナル機サイズの三菱スペースジェットに着手できた日本の航空産業から見ると、うらやましい開発機会の多さである。

 ARJ21は設計が古いとか、トラブルが多いとかいろいろ言われ、20機も飛んでいない。CR929もロシアの技術力を当てにしている部分は大きいはずだ。

 しかし、ARJ-21やその他機種の開発でトラブルが多発しているとしても、そうしたトラブルを苦しみながら解決することで、技術力が得られる。

 多くの開発機会を作り、開発に膨大な資金と人員をつぎ込める中国の技術力が向上していくのは確かなのではないか。

 会場を見ると、中国企業が作った炭素繊維複合材部品の試作品があった。

 作ったメーカーは、ボーイング「787」に使用されている炭素繊維よりも強度の強い東レ「T1000G」と同レベルの炭素繊維を製造できるという。

 もちろん、それをそのまま額面通りに受け取れるかは分からないし、コストや品質で東レと同じレベルでできているかは要検証だろう。

 実際、日本市場に進出して日本の炭素繊維メーカーと競争できるかについては、自信がなさそうであった。

 COMAC(中国商用飛行機)にしても、中国の炭素繊維メーカーにしても、ボーイングや東レのような世界のトッププレーヤーのレベルに追いついたかというと、まだなのであろう。

 しかし、その差がかつてほどではないことは間違いない。

協力関係は冷戦時代に逆戻り?

 過去20年ほど、ロシアの航空産業は欧米の航空産業との交流を深めてきたが、民間機まで制裁の影響を受けるようになり、その先行きは不透明になってきた。

 一方で、大型旅客機の共同開発を進め、MAKSで存在感を急拡大させる中国との関係の深化が見て取れる。

 これは、一見すると、中ソ対立前の冷戦初期にソ連が中国の航空産業を育てていた時代を彷彿させる。

 とは言え、当時は明らかにソ連が技術力も経済力も上で、ソ連が中国を援助していた。中国の経済力がロシアを超えた現在とは全く状況は異なる。

 航空機の技術力は、まだロシアの方が上ではないかと思われる。しかし、開発機会の多さや膨大な資源を開発に投入できることを見れば、中国は技術力を上げていくだろう。

 現在の中国とロシアの関係は、対等か場合によっては中国優位である。

 これはロシアと中国の関係だけではないのではないか。炭素繊維のような日本が強い分野でも中国の開発努力が垣間見える。

 日本が得意な分野でも中国の躍進とどう向き合っていくかを考えなければいけない日は近いかもしれない。

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