(姫田 小夏:ジャーナリスト)

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 ベトナムで工場用地の“奪い合い”が起きている。昨年(2018年)から今年にかけて、中国や日本を含む外資が大挙して進出してきたためだ。それに伴い、工場価格や人件費が上昇の一途をたどっている。

 台湾系企業も脱中国を加速させ、ベトナムの工場用地の争奪戦に加わっている。もちろんすべての企業が用地を取得できるわけではない。争奪戦に敗れた台湾系企業は、さらに南下を進めている。

 その行先の1つがタイだ。タイはアジアの物流ハブともいわれ、陸海ともに抜群のロケーションを誇る。アジア各都市に1時間半程度でアクセスできるのが大きな強みだ。

台湾系工場が中国からタイに大移動

 バンコクに拠点を持つ日系不動産会社、GDM社の高尾博紀社長は最近の変化をこう語る。

「台湾系工場が中国からタイに向けて大移動を始めています。台湾企業の中には、8万平米の工場用地を探しているところもあります。8万平米といえば東京ドーム2個分の大きさに匹敵し、3年で7000人の新規雇用が可能な規模です」

 中小企業はもちろん、中国で数十の子会社を展開する電子機器メーカーや、有名医療機器メーカーなどもタイへの移転を目指しているという。

 タイの首都バンコクでは、台湾政府の経済部(日本の経済産業省に相当)が中心となり、大陸からタイに工場移転を進める企業に法律相談やコンサルティングサービスを提供するなどの支援を行っている。

 台湾企業にとって、大陸の生産ラインを減らしてタイへの移転を進めることは、米中貿易戦争のリスク回避になるだけでなく、収益回復にもなる。タイの外銀レポートによると、台湾企業の製造立地の比率はそれまで『大陸(=中国)8割、タイ2割』だったが、今後は『タイ7割』に引き上がるとの予測があるという。

台湾が描く「アジアのシリコンバレー計画」

 台湾政府も、企業の“脱中国”を後押ししている。台湾政府には、中国に進出した高付加価値産業を台湾に回帰させ、同時に労働集約型の産業を南下させてネットワーク化させようという構想がある。それが「台湾回帰政策」であり「新南向政策」だ。

 台湾回帰政策は今年の1月からスタートした。同政策のもと、大陸から台湾に回帰した台湾企業は7月末で102社に達し、投資金額は5000億台湾ドル(約1兆7250億円)を突破した。

 世界に冠たる技術を誇る企業も続々と台湾に回帰している。台湾回帰を表明した企業には、鴻海(ホンハイ)科技集団(一部工場が回帰)、水晶デバイスで世界首位の台湾晶技術(TXC)、リニアガイドの生産量で世界屈指の上銀科技(ハイウィンテクノロジーズ)、半導体のイオン注入装置大手の翔名科技(フィードバックテック)などがある。

 台湾回帰を打ち出した高付加価値産業の企業は、台湾で土地を調達し、自動化されたスマート工場を立ち上げる準備に入っている。「長らく空洞化してきた国内産業が活気を取り戻すだろう」(台湾高雄市在住の経営者)と大きな期待が寄せられている。

 一方、南下を進める労働集約型企業は、台湾が描く「アジア・シリコンバレー計画」という国家計画もとで統合される。台湾は、“デジタルアイランド”として台湾と米シリコンバレーを結び、さらに東南アジアを経由してインドに至るサプライチェーンの構築を目指している。

 インドメディアの「The mobile indian」によれば、8月、鴻海がインドのチェンナイ工場でiPhoneXシリーズの生産ラインを正式に稼働させたという。これまで最新モデルはすべて中国で生産し、インドでの生産は旧モデルにとどまっていたが、チェンナイ工場の稼働はその慣例を破るものとなりそうだ。今後「メイド・イン・インディア」のiPhoneが世界に供給されれば、台湾勢が構築するサプライチェーンは一層拡充する可能性がある。

中国企業も“脱中国”

 “脱中国”を進めるのは台湾企業だけではない。実は中国企業も猛スピードで中国からの移転を進めている。

 前出の高尾氏は、最近まとめた中国・蘇州の企業との取引を次のように振り返る。

「5万平米の土地購入というケースでしたが、1回目の当社訪問の時点で現地見学に赴き、面積と価格を確かめた後、数週間後の2回目の打ち合わせで契約に至りました」

 ちなみに、これが日系企業だと「半年はかかります」という。

 中国メディアは、タイ最大規模の工業団地専門のデベロッパーであるWHA社の「2018年の土地売買契約のうち中国企業が占める割合は12%だったが、2019年には50%に達するだろう」というコメントを伝えている。ベトナムがそうだったように、タイでもあっという間に地価が上がり、労働者の確保が難しくなるかもしれない。

 10月5日日本経済新聞が日本企業の中国担当1000人を対象にしたアンケート結果を公表した。それによると、中国事業を縮小すべきだと答えたビジネスパーソンが約4分の1を占める。一方、「現状維持で様子見」も約6割を占めており、多くの会社が対応を決めきれていない様子だ。

 振り返れば、2012年の反日デモの際も、在中の日系企業の多くが他社の動きを探ることに終始していた。激変する世界情勢、再構築が始まるサプライチェーン、さらに中国でのコスト高騰を思えば、日本企業だけが“泰然自若”を貫けるとはとても思えないのだが。

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