(人事・戦略コンサルタント:松本利明)

JBpressですべての写真や図表を見る

 こんにちは、人事戦略コンサルタントの松本利明です。PwC、マーサー、アクセンチュアなどの外資系大手のコンサルティング会社などで24年以上、人事と働き方の改革を行ってくる中で「おやっ!?」と思えることが実は多く発生してきました。

 実は、世間で言われる「セオリー」の9割が間違っているのです。思ったような効果が出ないのは、計算ミスより計算式そのものが間違っているのです。うすうす、あなたも気づいているのではないでしょうか?

誰にだってあり得るのに想像したくない「親の介護」

「あなたのお母さまが倒れました。これから緊急手術になりますが、成功しても右半身には麻痺が残り、介護が必要になるかもしれません。覚悟をお願いします」

――こんな言葉を医師から告げられる可能性は誰にでもあります。

 介護は重い課題です。仕事ができる、できないに関係なく、ある日突然訪れるものです。そしてその介護は、働き方改革で生み出した時間くらいで何とかなるものではありません。

 出世コースにも乗り、大きな仕事を抱えている、まさにそのタイミングで介護の必要に迫られることだってあります。そして、その時どう対応するかで、それからの人生が大きく変わります。仕事も介護含めた家庭も充実させた人もいれば、肉体も精神もボロボロになり、仕事も家庭もうまくいかなくなってしまった人もいます。

 しかし、その対応の違いは実にシンプルなものなのです。それは、介護を親子の「愛」ではなく、「情報」に頼りプロに任せる勇気があったかどうか、なのです。

 子どもは親にはいつまでも昔のように元気でいて欲しいと思うものですし、親は子どもに迷惑かけたくないと思うのが普通です。そうやってお互いに相手を想うがゆえに、ギリギリの状態になるまで現実から目を逸らし続け、結局は取り返しのつかない事態を招いてしまうことが少なくありません。

 介護は育児とは違います。育児は子どもの成長というポジティブなゴールがありますが、介護の最後は死です。元気だった親が月日を重ねて衰えていく姿を見ることは、子どもとしてつらいものです。それゆえに介護の実態に蓋をして、表立って口に出したくない心理が働くことも介護の情報不足に拍車をかけてしまいます。

親子の「愛」が介護問題をややこしくする

 実は介護で一番厄介とも言うべき存在が「愛」です。親に介護が必要になった時、親を大切に思う気持ちから「介護のすべてをやってあげたい」と思う善人ほど、悲惨な介護に突入してしまいます。

 介護離職をしてしまうと、その後、再就職まで要する月日は平均で1年以上です。運よく新たな仕事を得られても、収入は男性で4割減、女性で5割減というデータもあります(『仕事と介護の両立に関する実態把握のための調査研究』三菱UFJリサーチ&コンサルティング 2013年3月)。

 また、介護目的で親と同居すると「介護離婚」のリスクも高まります。理由は以下のようなものです。

① お互い気遣いしギスギスする
② 食事、睡眠等、生活のリズムが親と合わず、イライラや喧嘩が増える
③ 家事等の生活援助系の介護サービスが受けられない
④ 特別養護老人ホームへの入所の優先順位が下げられる
⑤ 住み慣れない環境で親の心身の状態の悪化が加速する

 実際、私も介護に関わった経験があります。私の父方の祖父が70代後半の時に肺炎で倒れ、小学5年から、祖父が亡くなる中学2年まで自宅介護を続けていました。食事や排せつも一人ではできず、肺炎で話すこともできない祖父の姿を他人に見せるのは「家の恥」と祖母と父は言い、自宅の隅の日が当たらない部屋に祖父を寝かせ、身の回りの面倒は、パートを辞めた母がつきっきりで3年以上みていました。

 私と妹は母の介護のお手伝いをしましたが、父は昔の人なので母がすべて介護するのは当然と考えて、自ら手を動かすことはしませんでした。祖母は、祖父と同じ年だったこともあり、衰えていく祖父を見ても「私が大丈夫なんだから、あなたもしっかりしなさい!」と言いたかったのかも知れませんが、怒鳴り声とともにピシッ、ピシッと祖父を叩き続ける音が、隣の私と妹の子ども部屋に鳴り響いていたことを今でも覚えています。

「どうしたの?」と祖父母の部屋のふすまを開けると「何でもない。聞き間違いだ」と追い出され、5分くらいするとまたピシッ、ピシッと再開。痰(たん)が絡みすぎて呼吸もできない状態になり、「入院させて」とお願いしても、「大丈夫だ」と全然祖父を入院させず、入院した時は既に手遅れでした。

 母は数年間に及んだ介護を一手に引き受け、愚痴も文句も言わなかったことがかえって恐怖でした。

 一番つらかったのは祖父の認知症が進んだことです。だんだん、祖父が私のこともわからなくなっていくのは耐えがたい経験でした。祖父は地元で市議会などのまとめ役をし、変革推進派だったと聞いていました。周りからも慕われていたようです。ゆえに祖母も両親も、若かりし日の祖父の姿を想い浮かべ、介護が必要な現状を受け入れられなかったのでしょう。祖父も何があっても文句は言わず、ずっと黙っていました。ある意味、お互いの「愛」の姿かもしれませんが、この「愛」は、介護される本人だけでなく介護する家族の肉体、精神までボロボロにしてしまうものです。この経験は、私が介護を考える上で、非常に大きな出来事となりました。

プロは介護される側の「生きがい」を引き出してくれることも

 このような介護の仕方は家族を幸せにはしません。介護では、「愛」よりも「正しい情報」を優先しましょう。そこでなすべきことは、まずは「介護のプロ」に相談し、任せる所は任せること。そうやって、親も自分も周りもハッピーになる道を選ぶことです。

 介護のプロの価値は下の世話など、物理的な身の回りの生活補助だけではありません。なんらかの障害を抱えた人であっても「生きていてよかった」と思える瞬間を生み出させることが可能です。

 親は子どもに遠慮してしまうこともあります。そこで頼みづらいことは我慢してしまうことがあります。しかし、介護のプロは他人なので、なんでも堂々とお願いすることが可能です。

 介護のプロに相談するもう1つのメリットは、早い段階で対応できれば、症状の進行を遅らせられる可能性が高まるということです。

 現在、介護が必要になる理由のトップは認知症です。早い段階で気づき対応できれば、進行を遅らせることができます。ところが実際には、親自身のほうに、子どもに心配かけたくないという思いと、「まだまだ大丈夫だ」と自分で思いたい心理が重なるので、発見が遅くなることが多くなります。

 ですから子のほうは、「最近どうもうっかり、転ぶことが多くなった」などといった親の小さな現象も見逃してはいけません。そして、赤ちゃんが夜中に急に熱を出した時に相談できるママ友のように、介護のプロをあらかじめ捕まえておきましょう。

「介護のプロ」選びの基準は「家族のケア」ができる知見と相性で

 介護のプロの探し方ですが、まずは親が暮らしている地域の「地域包括支援センター」に相談するなど、公的なサービスを、きちんと活用していくことが重要です。しかし、このような公的なサービスは複雑で、とても理解しにくいのも事実です。地元の先輩や同期の介護経験者から生の情報を仕入れて選択肢を蓄えておくのが基本です。

 見極めるポイントは2つ。1つは相性。実際にお会いするなど、肌感覚でつかむこと。もう1つは、家族のケアまでを意識し、手助けするノウハウがあるかどうかです。家族のケアについて質問すれば、ノウハウがあるかどうか一発で見抜けます。

 地域にいい相談先がない場合は、ベストセラー作家で、海外や日本の上場企業で活躍された酒井穣さんが設立した、KAIGOLAB(https://kaigolab.com/)などの専門サイトで情報収集や相談メールをしてみるのがいいでしょう。

 私が接してきた6500名の選抜されたリーダーの中でも、その後もしっかり昇り詰める人は、仕事と介護の両立ができています。仕事同様に家族の豊かな人生にコミットしているのです。彼らは、仕事でチームメンバーやあらゆる専門家の手を借りることと同様に、介護もプロの知見や手を借り、活用するのです。

 時計の針を巻き戻すことはできません。親の元気だった頃の姿を大事にするのであれば、年老いてきた親が今できることの中で、生きがいや喜びを最大限見出せるよう尽力することが、子から親に対する本当の愛であり、最高の介護と言えるのではないでしょうか。ひいてはそれが親の尊厳を守ることになるのではないかと思うのです。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  あなたの趣味を「おいしい副業」に転換させる方法

[関連記事]

自分の力だけでピンチを乗り切ろうとすると失敗する

やる気失った「中高年」をピカピカの戦力に変える法

親の介護と自分の仕事をともに充実させられる人もいれば、介護疲れで仕事も家庭もボロボロになってしまう人もいる。その違いは・・・。