(北村 淳:軍事社会学者)

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 韓国海軍が内部にタスクフォースを設置し、原子力潜水艦建造を実現させる努力をしている──。韓国海軍当局が公に認めたことが、10月10日明らかになった。

 海軍に対して実施された国政監査に対して、沈勝燮(シム・スンソプ)大韓民国海軍参謀総長は、韓国国防にとって原子力潜水艦保有は有用かつ必要であり、海軍は攻撃原潜を手に入れるべく準備を進めている旨を認めた。

 ただし、原子力潜水艦の取得は国家政策に基づき決定される事項であり、国防部ならびに合同参謀本部と連携して推進していかねばならないとも述べている。

以前より存在していた原潜開発の動き

 韓国海軍は、1990年代より原子力潜水艦を手に入れようとしてきた。94年には、ロシアの原子炉メーカー「OKBM」から潜水艦用小型原子炉設計製造技術を購入し(100万ドルと言われている)、潜水艦用原子炉の開発に着手した。

 ただし国際原子力機関の承認をクリアする問題などがあったため、潜水艦用小型原子炉としての開発はできなかった。そこで民生用小型原子炉としての開発を進めたが、2000年ごろには潜水艦用小型原子炉の開発に成功したといわれている。

 2003年には、盧武鉉大統領が、原子力潜水艦建造にゴーサイン(ただし非公式に)を出したという。ところが、当時の韓国造船技術陣は潜水艦そのものの建造能力が低く、少なくとも3000トン以上の大きさの中型原子力潜水艦を独自に造り出すレベルには達していなかった。

 その上、「米韓原子力協定」によって、ウラン濃縮の上限が20%に制限されていた。そのため、潜水艦用小型原子炉製造技術を手にしていても、原子力潜水艦の建造に取りかかることはできなかった。

いよいよ原潜開発が始動

 韓国造艦技術陣は、原子力潜水艦建造構想が誕生した90年代より、ドイツから輸入した通常動力潜水艦209潜水艦214潜水艦。それぞれ張保皐級潜水艦KSS-I)、張保皐-II級潜水艦KSS-II)と呼ばれている)のメンテナンスライセンス生産などを続けてきたことによって、国産潜水艦を建造するノウハウを手にした。

 そして、昨年(2018年)9月には純国産の「島山安昌浩」(KSS-III batch-1)潜水艦を進水させた(基準排水3358トン、水中排水量3705トン。海上自衛隊そうりゅう」型潜水艦は基準排水量2950トン、水中排水量4200トンである。ちなみに安昌浩は戦前の著名な日本からの独立運動家で、島山は安昌浩の号である)。

 KSS-III batch-1は3隻建造された。引き続いて、最新のリチウムイオンバッテリー搭載型のKSS-III batch-2も、3隻建造される予定となっている。

 そして、それら島山安昌浩級潜水艦に引き続いて、韓国海軍は原子力潜水艦を手にするのではないか、という噂が流れていた。

 以上のような、これまで確認されたり、噂として浮上していた韓国における原子力潜水艦開発構想は、いずれも非公式のものであった。ところが今回、海軍参謀総長という韓国海軍のトップ自らが攻撃原潜取得を海軍が組織として推進していることを公式に明らかにしたのである。

北朝鮮のSLBM試射がタイムリーな口実に

 韓国海軍当局は、先頃、北朝鮮が成功させた潜水艦発射型弾道ミサイルSLBM)への対抗手段として、原子力潜水艦が有用である点を強調している。すなわち、原子力潜水艦は長期間の潜航が可能でかつ潜航スピードも高速であるため、「北朝鮮SLBM搭載潜水艦を発見し追尾するためには最適かつ最強の兵器である」というわけである。

 このような文脈からは、韓国海軍が手にしようとしているのは敵潜水艦を発見、追尾そして撃破することを主たる任務とする攻撃型原子力潜水艦(SSN:攻撃原潜)ということになる。

 ただし、北朝鮮が開発しているSLBM搭載の潜水艦は、原子力潜水艦(SSBN:弾道ミサイル搭載戦略原潜)ではなく通常動力潜水艦である。そのため優秀な通常動力潜水艦SSK)、たとえば韓国海軍が開発中の新鋭島山安昌浩級SSKなどによって発見・追尾することは可能である。

 また、原子力潜水艦建造構想は、北朝鮮によるSLBM搭載潜水艦取得が現実味を帯びてから誕生したアイデアではなく、すでに1990年代から存在していた。

 したがって、北朝鮮によるSLBM試射成功は、韓国海軍の原潜取得が幅広い支持を獲得するためのタイムリーな口実と考えることができる。

海自は原子力潜水艦を保有していない

 韓国海軍に限らずいかなる海軍においても、海軍としてのプライドを高めるために、たとえ有用性や必要性を超えていても、より大型の軍艦を持ちたい、潜水艦を持ちたい、航空母艦を持ちたい、原子力潜水艦を持ちたいと思うのは自然の感情といえよう。

 現在、数多く存在する海軍の中で、原子力潜水艦を保有しているのは、国連安保理常任理事国であるアメリカロシア、中国、イギリスフランスの5カ国、ならびにインド(運用しているのはロシアからリース中、国産SSNとSSBNは建造中)とブラジル(国産SSNを建造中)の合計7カ国にすぎない(下の表)。したがって、韓国海軍が原子力潜水艦を手にすれば、数少ない原潜保有国の仲間入りをすることができる。

 そして何よりも、保有艦艇の質・量ともに、韓国海軍が総合的に後塵を拝している海上自衛隊原子力潜水艦を保有していない。このような事情は、個々の軍艦の軍事的価値や目的を知らない政治家や韓国国民がナショナルプライドを高めるために、何よりの説得材料となる。

西太平洋の海中から対日攻撃が可能に

 以前の本コラム(2019年9月5日「韓国が海軍大増強へ、一体どこと戦うつもりなのか」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57511)で指摘したように、韓国海軍が長距離巡航ミサイル弾道ミサイル核弾頭ではない通常弾頭が装着されたミサイルといえども)を搭載した潜水艦を手にすると、日本海の海中を潜航する韓国海軍潜水艦は日本を攻撃する能力を手にすることになる。

 すでに建造が予定されているKSS-III batch-2は通常動力潜水艦であるため、南西諸島ラインをすり抜け太平洋側に進出して西太平洋海中から対日長射程ミサイル攻撃を実施することは不可能である。しかし原子力潜水艦ならば、そのような作戦を敢行することが可能(理論的には、ということであるが)になるのである(下の地図)。

 このように近い将来には、韓国海軍は日本海海中のKSS-III batch-2と西太平洋海中の攻撃原潜から、日本全土に長距離巡航ミサイル弾道ミサイルを撃ち込む能力を手にすることになるのだ(ただし、攻撃能力を手にするからといって、それが直ちに脅威になるとは言えない。アメリカは日本全域を灰にする攻撃能力を持っているし、イギリスフランスも日本に核弾道ミサイルを撃ち込む原潜を持っているが、それらの「攻撃能力」は、現在のところ、脅威ではない)。

 もちろん、韓国海軍が原子力潜水艦を手にする、あるいは航空母艦を手にする、というのは韓国の国防戦略・政策の事情によるものである。とはいうものの、日本の国防にとっては関心を抱かざるを得ない動きであることもまた事実だ。

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