(→前回までの「オジスタグラム」


先週、台風が来た。

一週間くらい前から、来る来るとは聞いていたが平和ボケした僕は、週末の秋華賞の馬場の事と、ドラクエウォークの雨の日に出やすい「つむりんママ」の大量発生の事しか考えてなかった。

台風が近づいて来るにつれて、僕は事の重大さに気付き始める。

台風は僕の土曜日の仕事を飛ばし、テレビに映る天気図は、僕の頭の中から秋華賞とつむりんママを吹き飛ばした。

あ、これ、やばい
天気図など読めない僕なんかにも、今回の台風が異常な事は一目でわかった。

どうでもいい疑問
前日の金曜日。
東京の街からは養生テープと食べ物や水が消え、SEIYUのレジには生きようとする列が出来ていた。

皆様が生きようとするのは分かるが、大量の緑茶の入った自分のかごを見て、まだこんなにも生きようとしてる自分に笑ってしまった。
ゾンビなのに病院に来ちゃった。みたいな事なのだろう。

そして一夜明けた、台風当日。

給料日前で全財産を緑茶に使った僕は、夕方に目を覚ます。
外は雨こそ降っているが、まだ覚悟していた程ではない。

全財産が2桁の素数になった僕は、残された唯一の財産「緑茶」を冷蔵庫から大切に取り出し、テレビをつける。
テレビ画面には激ヤバおじさんが映っている。

おそらく毎回違うおじさんなのだろうが、僕は作業着を着た偉い人の事を激ヤバおじさんと名付けている。
偉い人がスーツを着てる時に言う事は余り信用してないが、偉い人が作業着を着て出てくる時は大概本当にヤバい時だからだ。

外の雨風が徐々に強くなってくるのが分かる。

不要不急の外出は避け、窓から離れて…」

テレビからアナウンサーの声が聞こえる。
ふと緊張が解けた際に、どうでもいい疑問が頭に浮かぶ。

パチンコ屋で今打ってるおじさんはいるのか?

僕の探求心が疼く。

謎のジャーナリズム
まだ外は出られない程ではない。

しかし、すぐに考え直す。

いや、ダメだ。
いる訳ないし、いたらなんなんだ。

畑見に行ってみたいなパターンはたまに聞くけど、パチンコ屋見に行って死ぬは酷すぎる。
いや、でもこうゆう時こそ命の値段の安い僕みたいな人間が見に行かないと。
糞みたいなワンルームのアパートで糞みたいな葛藤を繰り返す。

アナウンサーは繰り返す。
不要不急の外出は避け、窓から離れて…」

ええい! ままよ!

もう僕の中で走り出した謎のジャーナリズムは止められなかった。
捨ててもいい服と捨ててもいいサンダルで家を飛び出す。

外に出てみるとなかなかの風雨だ。
しかも、パチンコ屋に向かう途中も凄い速度で台風が近づいてきているのがわかる。

事態は一刻を争う。
パチンコ屋にいるおじさん達が心配だ。
人間、異常な環境の中に置かれると判断能力が低下すると言われている。
後で考えればすぐわかる事だが、やっとの思いで着いたパチンコ屋は閉まっていた。

時刻は土曜日の夕方の17時30分くらいである。
普段は老若男女で賑わっている街はゴーストタウンと化していた。


年中無休。いつ行っても、軍手からスルメまで揃うで有名なセブンイレブンが閉まってる。
こうゆう時こそ店の個性が出る。

土嚢で店を守るタイプの店。

植物で店を守るタイプの店。

物件の量をいつもより増やす事で店を守るタイプの店。

絶対にお店を守るんだとゆう強い気持ち故に、台風の後みたいになってるタイプの店。

外で焼き鳥を焼く店。

ん?
はぁ!?

僕は産まれてから一番自然に二度見した。
いつも通り外でおじさんが焼き鳥を焼いてる。

テレビないのか? 激ヤバおじさんが映ってるのに!

それとも店オバケか?
店ごと僕だけにしか見えてない店オバケか!?
いや、お客さんもいる!

思わず声をかける。

「お、おじさん! まじすか!?」
「なに!?」

暴風が会話を遮る。

「台風が!!」
「かわ?たれ?」
「た・い・ふ・う!!」
「か・わ?」

こんな日に皮を買いに行く程、僕はイカれていない。

「台風ですよ!」
「あぁ、もう閉めるよ!この辺は年寄り多いから遠くまで行けないだろ?誰も来ないけど、一応ギリギリまで開けとこうと思って!」
「…お、おじさん」
「気をつけて帰るんだよ」

一瞬でもライバル店が閉める事を利用した守銭奴の店だと思った自分を殺したい。
帰ってびちょびちょの服を捨て、水風呂に入りながら思う。

人間捨てたものじゃないなと。
後、そろそろ水風呂はきついなと。

短時間しか話せなかったおじさん
今回は趣向を変えてショートオジスタグラムをひとつ。

オジスタグラムでは、いつも飲みに行ったおじさんを書かせて貰ってるが、勿論全員が全員飲みに行ってくれる訳ではない。

断られる事の方が断然多いし、途中まで凄く良かったけど急に帰らなきゃみたいなおじさんもいる。
Bまでいったおじさんとでも言おうか。
デートで手までは繋げたけど、みたいなやつだ。

今日はそんなめちゃくちゃ興味深かったけど、短時間しか話せなかったおじさんを一人。
10月の最初の寒い日の夕方の事だった。
僕がおじさんの三大生息地のひとつ「公園」にいた時の事だ。

毎度の登場申し訳ないが、僕はドラクエウォークをやり出してから公園に行く事が増えた。
いつものようにベンチに座り、でっかいモンスターを倒していると目の前を一人のおじさんランナーが走り抜ける。

公園でおじさんが走っている。

こう書くと普通なのだが、僕の目に映るおじさんは明らかに変だった。
目の前を走っているのは、絶対に走らないタイプの見た目のおじさんなのだ。
作業着みたいな服を着ているのだ。
しかも、ランニングをするようなでかい公園でもない。
恐らく一周するのに200メートルもないだろう公園をおじさんがグルグルしてる。
明らかにスポーツよりも、酢醤油が好きなタイプのおじさんが公園を一生懸命グルグルしてる。
キレもなければ規則性もない。たまにシャトルランみたいなものが始まったり、反復横跳びみたいなものが始まる。

僕は一体何を見せられてるのだろうか。
これは悪夢なのか?

うまそうに飲みますね!
ももあげのような運動を終えた、おじさんは大袈裟に肩で息をしながら向こうのベンチに座る。

最初は地面を見つめながら、ぜぇぜぇおえおえ言いながら肩で息をしていたおじさんの息も整い、おじさんは頭を垂れたまま動かなくなる。

え?ちょっと何これ? 新手の自殺?
長い静止の後、おじさんが顔をあげる。

良かったぁ、生きてた。
そして、おじさんはあらかじめベンチに置いてあった500mlの発泡酒を旨そうに喉に流し込む。

「ぷはぁ~!」

なるほど、あの運動は全てこの為だったのか。
でっかいモンスターを倒した僕は、おじさんの元に駆け寄る。

「うまそうに飲みますね!」
「あぁ」
「外で飲むには寒くなってきましたね?」
「そうなんだよ。夏は良かったよ」
「ビールうまいですもんね!」
「そうだよ、黙ってても汗かくんだから。酒のあてに困らねぇ。これからの時期は大変よ汗かくの」
「え?」

次の瞬間、僕は今年一番びっくりした。
そう言うとおじさんは、発泡酒ゴクリと飲み、ベロンと御自身の腕をお舐めになったのだ。

「酒のあてはこれが一番よ。昔の人はこうやって飲んでたんだぞ!」
「ま、まじすか!」
「さぁ、酒のあても作ったし帰るわ。じゃあな」

帰り際の背中は実に粋だった。
調理器具も皿も箸も使わずに、酒のあてを作る腕あておじさん…また会いたい

(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)

タイフウキライ!ギンナンスキ!