PanAsiaNews:大塚智彦)

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 シリア北部にトルコ軍が侵攻し、現地クルド人勢力と戦闘状態になっている影響で、これまでシリア国内の収容所に拘束されていた中東のテロ組織「イスラム国(IS)」のメンバーらが「大量脱走」している。このニュースが大きく伝えられ、現地の治安情勢は予断を許さない状況となっている。

 さらに、こうした現地シリアの状況に深い関心を寄せて事態の推移を見守っているのが、東南アジアイスラム国マレーシアと、世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシア両国の治安当局だ。

 というのも拘束されていたISメンバーやその家族の中に多くのマレーシア人、インドネシア人が含まれているためで、自国のテロリストが第三国に移動したり、インドネシアマレーシアなど自国に帰還したりして、新たなテロ活動に乗り出すことへの懸念を強めているからだ。

看守を脅迫し正面ゲートを開けさせ脱走

 インドネシアの国家警察対テロ専門組織「デンスス88」の関係者が地元メディアなどに明らかにしたところによると、シリア北部などの収容所で身柄を拘束されていたインドネシア人のISメンバーは34人で、ISメンバーの妻となったインドネシア人女性やその子供などを加えると拘束されているインドネシア人の総数や約700人に上るという。

 米紙「ウォールストリートジャーナル」などが現地からの情報として10月13日に伝えたところによると、シリア北東部にある「アイン・エイサ」収容所でトルコ軍侵攻の機に乗じて収容者が施設の管理権を奪い、看守を脅迫して正面ゲート開けさせて大量に脱走、これまでにISメンバーやその家族など785人が逃げ出したという。この中にインドネシア人、マレーシア人が何人含まれているか正確な数字は明らかになっていない。

脱走IS関係者に新たな対応が急務

 これまでインドネシアでは、ISの事実上の崩壊を受けて、イラクシリアで身柄を拘束されたインドネシア人ISメンバーや外国人ISメンバーの妻やその子供などのインドネシア帰還について対応策を検討してきた。その結果「無条件で受け入れるのではなく、再教育や国家への忠誠を誓うことなど一定の条件を科すのは当然」(7月9日、リャミザード・リャクード国防相)などとしていた。

 ところがここにきてISメンバーなどの大量脱走という新たな事態を受けて、インドネシア治安当局も「重大な関心をもってシリアの状況を見守り、情報収集をしている」(デンスス88のディディック・ノビ・ラフマント司令官)として、インドネシア人IS関係者のインドネシアへの流入阻止に向けた警戒態勢を強めている。

 要は、シリアイラクなどで身柄を拘束されていたインドネシア人の政府間による身柄送還、引き受けという手順を踏んだ帰還ではなく、脱走インドネシア人の不正規の帰国あるいは密入国という別の次元の対応が緊急に求められるようになっているのだ。

 インドネシア国家テロ対策庁(BNPT)によるとシリア北東部の3カ所の収容所にISに関係したインドネシア人100から200人が分散収容されているとの情報があり、その大半はISメンバーの妻となった女性たちとしている。

「こうしたインドネシア人を簡単に帰国させる訳にはいかない。彼らの過激なテロ思想がインドネシア国内で国民に悪影響を与える懸念があるのからだ」(BNPTのスハルディ・アリウス主任)として密入国などに対する監視を強化する方針を示している。

マレーシアも懸命の情報収集

 一方のマレーシアの警察対テロ部隊関係者によると、シリア北部の「アル・ハサカ刑務所」にマレーシア人ISメンバーが11人収容されており、他の収容所に40人が拘束されているという。

 マレーシアからはこれまでに少なくとも65人がISに加わる目的で中東方面に渡航したことがわかっている。「アル・ハサカ刑務所」は現地からの報道では収容者多数が脱走したといわれており、マレーシア当局はマレーシア人IS関係者の動向に関して懸命の情報収集をしている。

 特にマレーシアはこれまでも中東やパキスタンバングラデシュなどから流れてくるIS関係者やシンパ、地元テロ組織関係者さらに中東に渡航しようとして阻止されたり、断念したりしたようなテロ組織メンバーがフィリピンインドネシアへ渡航を企図する際の拠点となっているといわれている。

 このためボルネオ島(インドネシア名・カリマンタン島)から海路でフィリピン南部やインドネシア領に渡航、マレー半島からマラッカ海峡を越えてインドネシアスマトラ島に密入国しようとするテロリストに対する海や空からの厳重な監視体制による警戒を余儀なくされている。

テロ対策でジョコ大統領就任式は厳戒態勢へ

 10月12日の記事でもお伝えしたように、インドネシアでは10月10日午前11時半過ぎにジョコ・ウィドド内閣の重要閣僚であるウィラント調整相(政治・法務・治安担当)がナイフを持った暴漢に襲われ重傷を負う事件が起きた。

参考記事:白昼に閣僚を刃物で襲撃、インドネシアで特異テロ
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57915

 警察や国家情報庁(BIN)は実行犯の男女2人を現場で逮捕するとともに、事件の背後にISに忠誠を誓ったインドネシアのテロ組織「ジェマ・アンシャルット・ダウラ(JAD)」の地元メンバーが関与しているとの見方を強めてテロ組織壊滅に本格的に乗り出している。さらに、閣僚襲撃が「テロ事件」だったことから、10月20日に予定されるジョコ・ウィドド大統領の2期目の大統領就任式は厳戒態勢の中で行われることになり、次第に緊張が高まっている。

 事件への関与が疑われているJADは、2016年1月にジャカルタ中心部で実行犯4人を含む8人が死亡する爆弾テロを起こしているほか、2018年5月には第2の都市スラバヤで3か所のキリスト教会や地元警察署に対する連続爆弾テロ(実行犯含め24人死亡)に関与するなど、最も過激なテロ集団として治安当局が厳しくマークしていた。

 今回の閣僚襲撃という「テロ」も、3カ月前に実行犯の男性の名前が別のテロ事件に関連して浮上、監視対象になっていたなどと国家情報庁(IS)は公表している。その監視網をかいくぐった今回のテロ実行に治安当局のミスを指摘する声もでている。

 それだけに20日の大統領就任に向けて、これまで監視対象やマークしていたテロ容疑者の一斉逮捕や家宅捜査がすでに始まっており、10日以降、すでに34人が逮捕されているほか、さらに数名の容疑者の行方を追っているという。

 テロ容疑者の逮捕はスマトラ島のジャンビ、ランプン、ジャワ島のジョグジャカルタ、ソロ、ジャカルタ、バンテンさらに中部スラウェシ州や北スラウェシ州、バリ島で広範囲にわたっており、JADの活動が全国にまたがっていることが改めて確認された。

 また逮捕によってジョグジャカルタとソロでは地元警察や宗教施設などへの自爆攻撃計画も明らかになったとしており、JADの爆弾テロが実行直前であったとの見方を示し、さらなる捜査と警戒が続いている。

 そうした国内の治安状況の最中に伝えられたISメンバーらのシリアイラクなどの収容施設からの脱走事件。治安当局は国内テロ対策に加えて、海外から流入する可能性の高いテロリストへの厳重な警戒まで求められる事態となり、マレーシアインドネシアは難しい対テロ作戦に直面せざるを得ない状況となっている。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  白昼に閣僚を刃物で襲撃、インドネシアで特異テロ

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