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今回紹介する配信作品は、ネットフリックスで配信中の『ホワイト・ヘルメット シリアの民間防衛隊』である。内戦が始まって8年ほどが経過するシリアで、比較的早い時期から活動しているボランティア救助隊を追ったドキュメンタリーだ。

爆撃直後の現場に突っ込んでいくシリアの民間救助隊、ホワイト・ヘルメット
米軍の撤退が開始されたタイミングでトルコによる侵攻も始まり、クルド人勢力がシリア政府軍と結びついたことでロシアが何もしてないのに得をするという、なんだかまたしてもよくわからないことになってきた最近のシリア。しかし、紛争が始まったのは2011年からの話である。さらに『ホワイトヘルメット』は2016年に制作されたドキュメンタリーであり、ちょっと前の内容であることに留意して見る必要がある。とはいえ、映像の中身が凄まじいのは間違いない。ちなみに、第89回アカデミー賞の短編ドキュメンタリー映画賞を受賞した作品でもある。

ホワイトヘルメットの名前で知られる人々は、正式には「シリア民間防衛隊」という。2013年に発足した組織で、2016年の時点では120のセンター(要は詰所である)に2900人が活動していたことが劇中で説明される。勤務しているのは元金属加工業者や縫製業者といった、以前は普通の仕事をしていた人々。名前の通りの白いヘルメットをかぶり、紛争での救助活動に精を出す姿が撮影される。

シリアでは、基本的にはシリア政府軍ならびにロシア軍が、反政府勢力に対して航空機を使った攻撃を行っている。彼らに対して敵の戦闘機が反撃してきたりすることはないから、爆撃といっても白昼堂々、1機だけで飛んできて目標の建物に爆弾を落とすことになる。「空襲」と言われて思い浮かべるような、大型の爆撃機がたくさん飛んできて次々に爆弾を落としていくようなことはない。真昼間に高速で轟音を立てながらジェット機が飛んできて、飛んできたからには必ず地表付近で爆弾を落としてくる。要するに、これから爆撃される地点がはっきりしていて、それが遠くからでもよく見えるのだ。

そういう状況なので、普通は爆撃されそうな地点から全力で逃げることを考える。しかし、ホワイトヘルメットのメンバーは車に乗り、爆撃されそうな地点にグイグイ突っ込んでいくのだ。ドキュメンタリーの中で爆撃されるのは市街地のど真ん中であり、なにかあったときにすぐに逃げられるような場所でもなさそう。とんでもない度胸である。

作品内でも説明されるが、現に救助中のホワイトヘルメットが何人も亡くなっており(シリア紛争では一回爆撃したところにもう一度爆弾を落とす「追い爆撃」みたいな攻撃方法がよく使われており、救助中の人間が被害にあうことが多い)、普通のレスキュー活動よりもグッと危険な仕事なのは間違いない。

シリアの現実はなかなかつらいけど、この人たちは生きててほしい……
作品の後半では、救助活動未経験なホワイトヘルメット隊員たちがトルコで研修を受ける様子が映される。揃いの制服を着て外国人の教官から訓練を受け、なんだかレスキュー隊っぽくなってくるホワイトヘルメット。だが、彼らが普通のレスキュー隊とちょっと違うのは、彼らの母国が研修中もバリバリ戦争をやっているという点だ。

そんな状況なので、隊員の身内が訓練中に亡くなったり、家の近所が爆撃されたりする。なんせトルコで訓練を受けているので、すぐに家まで飛んで帰るわけにもいかない。苦悶の表情を浮かべつつ、携帯で身内と連絡を取るしかない隊員たち。これはつらい……。それでも彼らは訓練をやりとげ、教わったことを母国の人々に伝えるべくシリアに帰っていく。

ホワイトヘルメットは「とにかく、相手が何者であろうと被害にあった人間を助ける」という目標を掲げており、劇中に登場する隊員たちも「相手は家族だと思って救助してる」「息子とよその子供との間に違いはない」と淡々と語る。それどころか、めちゃくちゃな紛争のど真ん中にいるにも関わらず、「明日は今日よりよくなると思っている」と楽観的な考えを口にする。

それは多分、この状況に嫌になっちゃったら、それが原因で最悪死んでしまうからだろう。命がけで爆撃の現場に突っ込んでいって人命救助をするのだ。無理矢理にでも未来に希望がなければやってられないだろうと思う。

ドキュメンタリーの中では説明されないが、彼らはいわゆるネット上でのフェイクニュースの槍玉に挙げられがちな組織である。特定の地域で活動するためにテロ組織と結託している、爆撃被害者の救出写真を捏造しているなどなど、ちょっと検索すればいくらでも真偽不明の陰謀論めいた話が湧いて出てくる。シリア政府とロシア政府はホワイトヘルメットをテロ組織とみなしているというのも、ネット上での情報のややこしさに拍車をかけている。

さらに、2018年の時点では西側諸国はホワイトヘルメットの構成員とその家族をシリア国外に脱出させ、各国が引取る為の協議を始めたという話もあった。シリア紛争の状況を鑑みての協議だが、これについても「そもそもシリアでの人命救助を目的に活動しているのに、そのシリアから逃げ出すのか」という意見が見られる。ホワイトヘルメットをめぐる議論は、かなり複雑で、また虚実が入り混じっている。それはすなわち、シリア内戦の複雑さとつながっているように思う。

しかし、このドキュメンタリーに映っている爆撃と、その後のホワイトヘルメットによる救助の様子はおそらく本物だ。2016年時点の映画なので、その後の状況の変化を現実によってネタバレされたような印象もあるけれど、ド根性と開き直りのような楽天主義で爆撃のど真ん中に突っ込んでいく男たちの姿はやっぱり凄まじい。この映画に出てきた人たちが、なんとか今も生き延びているといいなとしみじみ思う。

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)
どうもみなさまこんにちは。細々とライターなどやっております、しげるでございます。配信中毒14回。ここではネットフリックスやアマゾンプライムビデオなど、各種配信サービスにて見られるドキュメンタリーを中心に、ちょっと変わった見どころなんかを紹介できればと思っております。みなさま何卒よろしくどうぞ