ノーベル文学賞の発表で、毎回有力候補と予想されながらも惜しくも受賞を逃してきた村上春樹。“ハルキスト”たちが落胆する様子も、もはや恒例のものとなった。尋常ならざる熱量のファンも多い村上作品。10月19日より公開中の『ドリーミング村上春樹』は、そんな彼の世界観に魅了された人物に焦点を当てている。

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その人物とは、村上作品のデンマーク語訳を担当する翻訳家メッテ・ホルムだ。この映画は「ねじまき鳥クロニクル」「ノルウェイの森」「1Q84」「騎士団長殺し」など、デンマークで出版されたすべての村上春樹作品の翻訳を手掛けた彼女が、村上のデビュー作「風の歌を聴け」の完璧な翻訳を探求する様子を追ったドキュメンタリー。その異常とも思えてしまうような仕事ぶりを覗き見ることができる。

これまで世界50言語以上に訳されてきた村上作品は、そのほとんどが英語版から翻訳されているのだが、彼女はなんと日本語から直接翻訳している。“完璧な文章などというものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね”。「風の歌を聴け」の一文の“文章”という言葉一つを取っても、「“文学”という意味も含ませ、“テクスト”もしくは“センテンス”と訳すべきなのか?」と、世界中の村上作品の訳者たちとの議論や日本の友人の意見に耳を貸しながら、じっくりと時間をかけて悩みに悩み抜いていくのだ。このようなスタイルを取るため「1Q84」の翻訳には、2年近くもの時間を要したというから驚きだ。

さらに完璧な翻訳のため、メッテの執念はこれだけにとどまらない。はるばる来日し、小説に登場する場所や彼になじみのあるゆかりの地を巡っていく彼女。村上が十代を過ごした芦屋から、「風の歌を聴け」に登場するジェイズ・バーや深夜のデニーズ、「1973年のピンボール」に登場するピンボールの遊び方を学んだりと、作品の世界観を追体験し、理解を深めていくのだ。

村上作品に魅了され20年以上にわたり翻訳を務めてきた彼女の、尋常ではないこだわりが詰まった仕事ぶりの数々。入れ込みすぎではないかと思うほどの情熱とその姿勢には、驚きと共に新しい発見が待っていること間違いなしだ!(Movie Walker・文/トライワークス)

20年以上にわたり村上作品を翻訳しているメッテ・ホルムに密着したドキュメンタリー