JBpressは日本のメジャーメディアで唯一、自然科学系のノーベル賞に関して時差なくまともな科学的解説を載せるメディアとなっています。それは小谷太郎氏など現役のサイエンティストが筆者として寄稿するからにほかなりません。

JBpressですべての写真や図表を見る

 ただし先週から今週にかけての国難というべき台風で、物理も化学も解説が遅れていました。小谷太郎氏によるレビューが多くの読者に読まれ、何よりと思っています。

 これが1~2か月もすると物理学会誌などの専門誌、また「日経サイエンス」のような媒体も良心的な解説を出し、とても良いと思うのですが、良くも悪しくも広がりに限界があり、何より時宜を逸している場合があります。

 社会が一番興味を持っているタイミングで、まともな解説を出すことは重要です。

 親しくご指導いただく先輩である東京工業大学の河合誠之さんから「JBpressリチウムはやらないの?」とリクエストをいただきました。

 小谷君(私とは東京大学理学部物理学科の1学年後輩で一緒にゼミを開いていた仲間)には、どうやら逃げられてしまったようです。

 私は化学の専攻では全くありませんが、小谷君は「伊東さんは物性出身だから」という。そこで河合さんともお話しし、今回は私が記すことになりました。

 元素の著書がある小谷君には「Li」に特化した原稿をリクエストすることにして、今回は私が、リチウム電池周辺の基礎科学について、いま広く知ってほしいと思うポイントを物質の本質ならびに「発火事故」にも言及しつつ記してみたいと思います。

開発競争を制したから偉いのではない

 国内で目にするノーベル賞報道が最低なのは「日本が取った」みたいな、五輪まがいの競争根性で無内容な多幸症的ラッパを吹き散らかすことにあります。

 確かにノーベル財団の発表は「リチウムイオン2次電池の開発」に対して2019年ノーベル化学賞を与えたとしている。

 でも、そこに込められた基礎科学の本質から社会的な要請まで、一番大事なことはほとんど紙面に載りません。

 これは2000年の冬、白川英樹先生からご指摘を受けて以来、一貫して大事に考えてきたもので、2008年の南部陽一郎先生がノーベル賞を受賞して以降、こういう解説を記すようになりました。

 例えば、なぜ「リチウム」なのでしょうか?

 また、ノーベル賞のお祝い記事には、どうして発火事故や回収その他のネガティブな面を記さないのでしょうか?

 おそらく日本的忖度でしょう。そして、日本人受賞者であるはずの吉野彰さんの中心業績を「特定の結晶構造をもつ新炭素材料」などと、いい加減なブラックボックスでごまかしてしまうのでしょうか?

 これらは、この技術がノーベル賞を受けるに至った最も本質的なポイントと密接に関連しており、私たちの未来を考えるうえでも、広く平易な言葉で共有されるべきものと思います。それを記します。

 中学校高等学校で「化学」に相当する内容を学ぶとき「原子」とか「元素」という言葉が出てきます。高校の教程だろうと思いますが、メンデレーエフの周期律表というものが登場します。

 それを「すいへー りーべ ぼくのふね」と暗記させられる場合があるかもしれません。

「水兵」は海軍の兵卒 liebeはドイツ語の「love」で、活用変化がおかしいですが「水兵さんはぼくの船を愛している」といういみでしょうか。旧制高校生が作った「暗記法」だと思われます。

 これは、原子番号の順に

すい(水素 H)へー(ヘリウムHe)

りー(リチウムLi)ベー(Be)ぼ(B)く(C)の(N)(O)ふ(F)ね(ネオンNe)

 となっているのを記憶させようとするものです。

 リチウムは原子番号3、原子量7弱、つまり陽子がたった3つ、中性子が4つあるいは3つの原子核(圧倒的多数の安定同位体7Liにごく少量の6Liが混在して自然界には存在)からなる、非常に「軽い」元素です。

 もっというなら「最初の金属」であることを、最初に強調する必要があると思います。

 ちなみに不安定な同位体として存在する5Li、4Li、そして極めつけのトンデモない各種3Liなどの存在が確認されており、これらの振る舞いも別論としますが、興味尽きないものです。

 要するに宇宙創成の初めの数分間でできた「一番最初の金属」がリチウムで、これより軽い金属はありません・・・とは言いません。「アルカリ金属」という親戚にはもう一つ祖先があります。「水素」です。

 水素イオンは、物質中で様々な「原・金属的な振る舞い」をしますが、一般的な意味での金属結晶を常温常圧で取ることはありません。

 量子力学が開発された直後の1935年、ユージン・ウィグナーが理論的に予言した「金属水素」は、いまもってその存在を確認されたとは言い難いですが、もし実現すれば間違いなく毎年出るノーベル賞数個分の業績になります。

 地球上の常識を完全に超えた宇宙空間や天体の中には、私たちの常識を超えた物質の相があると考えられ、木星や土星の内部には大量の金属水素が存在する可能性も指摘されています。

 さて、その「水素」ですが、水素ガスが極めて点火しやすいことは、ご存じの方も多いと思います。

 そんなことは今年のノーベル賞と関係ないと思わないでください。実は最も本質的なポイントが以下にあります。

「水素ガスは爆発する」。皆さんはそれを2011年3月にご覧になったはずです。

福島第一原発事故と水素爆発

 あの当時、ほとんど全国民が目にしたと思いますが、あれが「水素爆発」です。原子力発電所でどうして水素が出てくるかは別論としましょう。ともかく水素ガスが発生するとまずいことがある。

 水素は「水の素」と書くわけで、簡単に空気中の酸素と結びついて

2H2+O2→ 2H2O+エネルギー

 となって爆発してしまうんですね。危険です。

 エネルギーの具体的な値は水素1モルあたり284キロジュールで、結構な熱量です。あのとき発生した水素ガスも、原発の建屋を吹き飛ばす程度の威力は十分に持っていた。

 水素ガスはまた、風船を浮かばせることにも利用可能です。ただし危険ですから現在は用いられません。かつて飛行船というテクノロジーがありました。これが水素ガスを詰めて飛んでいた。

 1937年、超大型飛行船「ヒンデンブルク号」の水素ガスが大爆発するとともに、時局は戦争に突入し、軍事技術としては利用不可能な、実に平和で弱っちい、のどか飛行船技術は収束してしまいました。

 今日でもアドバルーン的なものは目にしますが、グローバルなトランスポートの中核はおよそ担っていない。

 水素は「原金属」で、反応すると大爆発してしまう。また水素はたった1個の陽子を原子核とする、最も簡単な元素、つまり最軽量の物質でもある。だから飛行船も浮かぶ・・・。

 軽いのに高エネルギー、この観点から考えるとき、その次に軽い「究極の軽金属」がリチウムにほかなりません。

 こういうことを、もっとこの機会にPRして、物質科学に興味を持つ中学高校生が増えることを念頭に、今回はこの前半部に紙幅を割いて2回に連載を分けています。

 中学生高校生が習うサイエンス、また新聞で目にする事故のすぐ隣に、ノーベル賞を受ける本質的なヒントが常に潜んでいる。このことを強調せねばメディアではありません。

 今年のノーベル物理学賞はビッグバンの直接的な観測的証拠である「宇宙背景輻射」を理論づけたジェームズ・ピーブルス教授(プリンストン大学名誉教授)に2分の1の評価で授与されました。

 この「ビッグバン」で生まれたのがリチウム3という「最初の金属」でした。

 リチウムは究極に軽い物質で、それより軽いのは「水素」と「ヘリウム」しかありません。水素は原発事故でも見た通り、高反応性を持ち、場合によると危険です。

 ヘリウムは逆に極めて安定な「不活性ガス」の中で最も軽量ですが、化学反応してくれません。

 これ以上軽いものがない金属で、かつ高いエネルギーを取り出すことができる、究極の電池素材としてリチウムが社会的注目を浴びたきっかけを前半の最後に記します。

 1970年代初頭の「オイルショック」にほかなりません。

エコシステムの原点としての蓄電池

 リチウムイオン2次電池は、 携帯電話スマートフォンノートブックパソコン(この原稿もノートパソコンで、パリの宿で書いています)の電源として、圧倒的な市場シェアを占めるに至りました。

(いま現在も電源につないでおらず、満充電で部屋を出て朝食のテーブル上、電池駆動で校正しています)

 ノーベル財団が今回の化学賞を決定した社会的な背景の本質は「2次電池」にあります。充電可能ということです。

 自転車ランプは、私たちがペダルを漕ぐことで点灯させることができます。電気エネルギー自体はコイルの中で磁石を回転させれば作れる。お湯を沸かしてタービンを回せば発電機になる。

 そのお湯を、石炭で沸かそうと石油で沸かそうと、あるいは原子力で沸かそうと、電気そのものには大した差は発生しません。天と地ほどの違いは別のところに生まれます。

 1970年代初頭の「オイルショック」は、化石燃料を燃やしてエネルギー源とすることに本質的な疑義を呈しました。

 排出される二酸化炭素など、温室効果、地球温暖化、気候変動という、今週日本を襲っている災害に直結する問題意識がここにあります。

 化石燃料を燃やす発電も大問題ながら、電池もまた大問題で、使い捨ての1次電池だけで今後50年100年の人類社会を支えていけるのか、が問われました。

 今の日本ほど「停電」が今日の文化的な生活、人類の社会経済生活をストップさせ、場合により修復困難なほど破壊することをストレートに伝えられるタイミングはないと思います。

 電気が来ないことで断水し、ポンプが動かなくなり、トイレが使えず、汚水が溢れて衛生状態が悪化する・・・。

 こういう赤裸々な現実を考えのないエコマニアにはよく考えてもらう必要があります。基幹動力源は決定的に大事です。端的に言えば電気です。

 私たちが高い移動性をもって、電気文明の恩恵を受け続けるうえで、最も決定的な意味を持つのは「バッテリー」、つまり2次電池にほかなりません。車のバッテリーも2次電池ですが、あれは手で持って歩くことはできません。

 生命維持装置や電動車いすのようなものを含め、どのようにすれば、地球環境を含めて環境持続的に、何度も繰り返し使える電池を実現することができるか?

 オイルショックという現実を突きつけられたとき、究極の金属であるリチウムを使って、最初に「繰り返し利用できる充電可能な電池」2次電池の開発に成功したのが、今回ノーベル化学賞を受賞したスタンリー・ウィッティンガムらの初期の取り組みにほかなりません。

 しかし、水素ガスが爆発しやすいのと同様、金属リチウムにも爆発その他の危険性が伴います。

 今回吉野彰さんがノーベル化学賞を受けたのはリチウムイオン2次電池の実用化に向けてのいくつかの決定的な工夫の実装によるものです。

 これを「社会的ニーズや会社の方針であれこれやってみて開発競争に成功したね。良かったね」的な浅い観点で見ることに、私は徹頭徹尾反対します。

 すでに報道されている通り、吉野さんの初期の取り組みには、白川英樹先生の導電性プラスティック、ポリアセチレンつまり「電気を通す炭素化合物」の電子物性への本質的な検討がありました。

 また2010年代に入ってから幾度か回収騒ぎが起きた「リチウムイオン電池過熱・発火」などの問題も、こうした「有機導体」あるいは「有機電解質」が直接の原因になっています。

 初期には、発火などの危険がある金属リチウムを電極に用いたため実用化しなかった「リチウム2次電池」が、「リチウムイオン」をやり取りする画期的な電池になるには、インターカレーションという全く別の、本質的な物性が決定的な役割を果たしています。

「特定の結晶構造をもつ炭素材料」みたいな何も言わない表現でごまかすのは、極めて残念なことです。

 さらに、今回最年長の受賞者、ジョン・グッドイナフ教授(1922-、テキサス大学、97歳)は「2次電池の材料の発見者」に留まる人物ではなく、固体物理学者・無機化学者として莫大な業績を残しています。

 なかでも最も知られる一つに、大阪大学総長も務められた固体物理学者で惜しくも先年亡くなられた金森順次郎先生との「超交換相互作用におけるグッドイナフ=金森の法則」 など、本質的な基礎科学業績があります。

 英オックスフォード大学無機化学研究所時代の留学生の一人、水島公一さんの業績が、リチウムイオン2次電池の実用化に決定的に寄与していることも報道されているかと思います。

 重要なのは自然の振る舞いのコアにどこまでどのようにアプローチできるか、であって、その虚心坦懐、謙虚なアプローチの結果として、吉野さんの実用化も成就したものと理解する必要があると思います。

 その内容については、続編に記したいと思います。

(つづく)

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ものすごく「臭かった」多摩川氾濫

[関連記事]

2019年ノーベル物理学賞、宇宙の姿を変えた発見とは

ノーベル医学生理学賞:がん細胞が転移にも利用

10月9日、ノーベル化学賞受賞を受けて開かれた記者会見でリチウムイオン電池の構造を説明する旭化成の吉野彰名誉フェロー(写真:ロイター/アフロ)。