IOC(世界オリンピック委員会)から、来年の五輪、マラソンは札幌で行うとの「決定」が世界に発表されています。

JBpressですべての写真や図表を見る

 確かに猛暑が懸念されます。それには疑問の挟みようもありません。ただ、気になることもあります。つまり、気温だけが理由であれば、一部報道されるように「深夜開催」など、別の選択肢もあり得るはずです。

 しかし、そういう話は何もなく、いきなり「東京から800キロ離れ、メインランドジャパンではなくHokkaido islandSapporoに変更決定」とグローバルにアナウンスされてしまいました。

 明らかに飛躍があり、またIOCの決意は固い、といった消息も聞こえてきます。いったいこれは、なぜなのか?

 憮然とした関係者から出た北方領土その他の論外なコメントについてはここでは触れません。

 日本国内では「寝耳に水」とか「不本意」ばかりを強調する様子ですが、「すでに10月初旬から水面下の折衝が行われていたのでは?」との観測も流れています。

 実際にIOCがどのような議論を経て、このような「強い意志」決定を下したか、その詳細は分かりません。しかし背景にはいくつかの周知の事実があります。

 欧州で耳にした、関連する議論を整理してみます。

「案」ではなく「計画」始動

 まず、札幌移動「案」といいう日本語を目にしますが、IOCはすでにマラソンと競歩を札幌に以下のような公式を発表をしています。

マラソンと競歩を札幌に「移動計画」を発表(International Olympic Committee announces plans to move Olympic marathon and race walking to Sapporo

https://www.olympic.org/news/international-olympic-committee-announces-plans-to-move-olympic-marathon-and-race-walking-to-sapporo

 翻って日本の報道機関の訳語には国内向けの「配慮」を感じます。実際、各国報道も次のようになっています。

東京五輪マラソン、800キロ遠方の涼しい札幌に移動」(Tokyo Olympics marathons moved 800km to Sapporo for cooler climate)

https://www.theguardian.com/sport/2019/oct/16/tokyo-olympics-marathon-switched-north-sapporo-cooler-climate-athletics

マラソンと競歩、猛暑を怖れて札幌移動に着手」(Tokyo 2020: Olympic marathon and race walks set to move to Sapporo over heat fears)

https://www.bbc.com/sport/olympics/50069413

「案」が出た、ではなく「移動が着々と進められている」と報じているのです。ペーター・ハントケのセルヴィアではありませんが、内外報道にニュアンスの違いを感じます。

 こうしたIOCの、かなり強力な「指導」には、強い「意思」が働いていると伝えられますが、果たして日本国内にはどのように報道されているでしょうか?

ラグビー・洪水・追い出し・放射性ゴミ

 本稿は出先のパリで記していますが、水害以降、仕事で会う欧州の関係者、ほぼ全員から

「日本は大丈夫ですか? ご家族は無事ですか?」と、心配して声をかけていただきます。みんな日本を考えてくれている。ありがたいことです。

 欧州での日常会話に、日本に関連する話題はいろいろ出てきますが、先週以来ではほぼあらゆる場所で「ラグビー、おめでとう」「洪水、大丈夫?」と言われます。

 同時に「避難民の追い出しは本当か?」「放射性ゴミが流れているらしいが、どうなっているのか?」などのポイントを問われます。

 ちなみに私が仕事でご一緒するのは各国大学の責任あるポジションの教授職や芸術のキーマンたちで、良識ある知識層の人々です。

 彼らから実際に問われるのは

TaitoというTokyoの1エリアで、現地に在住していない人(ホームレスの方ですが)が避難所を訪れたのに追い出された、さらに地域住民・納税者でないものはシェルターに入れないと役所のスポークスマンが正式に表明したらしいが、本当か?」

 あるいは「Fukushima近くの放射性のゴミがTyphoonで川に流れて回収できなくなってしまったらしい・・・とみたけれど、これは本当のことなのか?」といった質問で、その都度できるだけ正確に説明するよう努力します。

 逆に言うと、およそ正確には報じられず、理解もされていません。

 みんな日本を考えてくれている、という側面もありますが、フクシマ放射性ゴミ流失に関しては、ドイツドイツなり、フランスフランスなりに他人事ではないという意識が、とりわけ知識層にはありますから、まじめな質問があるわけです。

 まず気づかされることは、福島の水系と東京都に流れ込む洪水の水系が別であることなど、普通誰も知らないということ。

 フランスでもドイツでも、最高度のインテリが日本の水系の地理など知りません。私もドイツフランスの川の流れを知りませんし、当たり前なのですが、盲点でした。

 これがより一般の新聞読者となれば、使用済み核燃料のような廃棄物が、そのまま洪水で都内に流失、くらいに勘違いされても、ちっともおかしくない。「風評被害」以前の足元を確認する思いを持ちました。

 実際、この種の情報は、理解の正確・不正確と別に広まっており、それらがおしなべて「東京/日本への疑問」につながっている。

 大変な被災状況が広範に報道されていますので、残念ながら、これはすでに動かないように思います。

五輪前提に海外から見ると・・・

 上の報道で、例えば「地域住民・納税者でなければ、災害があったときシェルターに入れない」という記事は、日本人の多くが考えない別の解釈をされかねません。

 つまり「仮に五輪観戦で東京を訪れたとき、大雨、洪水などの大災害があったとき、海外からの観光客はシェルターに入れてもらえない」と、ごく普通に理解/誤解されます。

「旅先で被災したら、現地住民以外は排除される」。誰が見てもそう読めます。

 日本では「お・も・て・な・し」 程度以上にこの種の議論や認識はないように思われますが、もっと真剣に検討する必要があると痛感させられました。

 ことほど左様にマラソン・競歩を巡るIOCでの議論がどのようなものであったかと別に、穏当な欧州知識層の目から見て、東京五輪にはいくつかの「黄色信号」が点灯しています。

 ポイントを整理してみましょう。

 本稿冒頭にも記した通り、IOCは大義名分としてはドーハでの猛暑を挙げ、アスリートに人生の大舞台で最良の結果を出させたい、棄権などはさせたくない、としてマラソン・競歩から「札幌移動」を「指示」しました。

 これは相談でも提案でもなくIOCとして着手、指示している、もっと露骨に言えば「命じている」といって過言でない、強い「意思」を表明しています。

 でも、本当に気温だけが問題なら、深夜開催など、別の方法も検討されうるはずです。そういう打診があった気配はなく、いきなり「東京から800キロ離れた、フクシマとも別の島」である北海道移転が、頭ごなしに決定された。

 この飛躍は何なのか?

 第1に穏便に察せられるのは、東京~日本は、夏季に甚大な風水害に見舞われる危険性が高いことを、全世界が確認、認識したことでしょう。

 Hokkaidoアイランドは、Typhoonに直撃されるリスクがメインランドジャパン(本州)より低い、より安全という判断が考えられます。

 逆にIOCの立場になって考えてみましょう。

 五輪の視点からは8月17日、予行演習で行われたトライアスロン競技は、大雨による「未処理水」放出で、お台場の海で糞便由来の大腸菌濃度が限界値をはるかにオーバーしてしまい、残念ながら「バイアスロン」に変更(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57383)となったばかりでした。

 と思っていたら、次は翌9月、今度は台風15号の被災です。千葉大停電など首都圏で莫大な被害が発生しました。

 東京の人は「房総半島は大変」と思いますが、海外の視線は「東京エリアで3週間に及ぶ大停電、都市機能不全」と見ます。

 東京という都市の周辺インフラストラクチャーが脆弱だと過不足なく理解されている。そして、3度目の正直、ではありませんが、8月バイアスロン、9月大停電に続いて、第3の情報として最大規模の台風19号被災が報じられた。

 その直後に「マラソン札幌変更、天下り決定」というわけです。実際、この原稿を記している10月19~20日時点でも、さらに台風20号と台風21号が揃って関東地方に進路を取って移動中との気象情報が報じられています。

 ここまで揃って、そのうえで仮にIOCが「東京はリスキー」と考えないとしたら、むしろその方がどうかしている。そういう当たり前の観点に気づく必要があると思います。

 この状況でIOCが何も手を打たず、結果的に2020年夏に何か起きてしまったら、「昨秋時点であれだけ見えていたのに、IOCは何をしていたか!?」と問われないわけがないでしょう。必然的にリスク対策が検討されて当たり前です。

もう一つの懸念と混乱:
放射性廃棄物が日本の川へ+本州大洪水

 さらに追い打ちをかけるようにもう一つ、国際社会がよく理解していないまま認識する点として

タイフーン・ハギビスがフクシマの放射性廃棄物を川に流失」(https://www.foxnews.com/world/typhoon-hagibis-fukushima-nuclear-decontamination-waste-bags-river)というニュースが報じられている。

 ドイツエコロジカルな意識が高いので日本以上にリアクションがあります。全世界の、日本列島の地理その他を知らない人が見ると

「少なくとも60人が死亡し、2ダースの人々行方不明、東京はもとよりジャパン・メインアイランド全体で壊滅的被害、全国で川が溢れピークでは700万人が避難」

「警官やソルジャー(兵士)も派遣され懸命のレスキューに駆り出され、特に首都東京はダイレクトヒット、東京は東アジア有数の治水技術をもち都内は洪水を免れたが周辺部は大打撃を受け・・・」という台風19号大被害の一部として

福島県田村市で土曜日夜9時20分頃、除染作業による放射性物質を含むゴミが古道川に流失しているのを作業員が発見」

(Workers discovered around 9:20 p.m. on Saturday that a number of bags had been swept into the Furumichi River after the facility was flooded by the typhoon's heavy rains.)

 と続けて目にし、「本州アイランド」は全域で川が溢れていると書いてありますから、廃棄物がどこに行ったかよく分からない報道になっている。

 実際には水系が違うので、あり得ないことですが、フクシマの放射性廃棄物も東京大洪水に流入と懸念されて、全く不思議ではありません。

 そして、そういう水が襲ってきたとき、地域納税者以外は避難所に入れてもらえない可能性がある・・・。

 台東区の係官がおよそ想像だにしなかったであろう過剰な誤解、あたかも「核シェルター」からの締め出しのように捉える人が、実際に私が会話した中にありました。

 彼は日本に好感を持っている人で、正味で心配してくれています。そんな彼にして、このような誤解を生んでいようとは、事前に微塵も考えていませんでしたので、私自身「ううむ」と唸らざるを得ませんでした。

 実際には「古道川」は太平洋に注いでおり、利根川多摩川など東京都お台場の水とは切り離されています。

 しかし、そんなことは報道されていないし、世界の人は普通誰も知りません。同様の誤解をIOC関係者が抱いてもおかしくない。そういう前提で物事を慎重に議論する必要があります。

「トーキョーから800キロ離れた別の島ホッカイドーに変更」の背景は大方の日本人が考える以上に深い可能性があり得るのです。

 すでに8月の大雨で下水の溢出と大腸菌規制値オーバーがあっただけで、IOCには十分「メインランドジャパンはリスキー、少なくともフラジャイル(危機脆弱)」と捉えられていた。そこに、「台風続襲」そして「放射性ゴミ」です。

 議論が動いて何ら不思議ではありません。

「800キロ離れたTokyoともFukushimaとも別の島Hokkaido」の札幌の代替地指定は、極めて妥当な「リスク回避」と考えられる・・・。

 ご存じのようにフランスは原発が電力を支えています。決して「反原発」ではないパリでこの問題が遡上に上がったとき、ソルボンヌ大学などでしかるべきポジションにある人たちの、落ち着いた議論として

「リスクがあったら大きく回避するのが当然」が、落としどころとなりました。

今後の推移に注目すべき

「東京~日本は天災のリスクがある」

「すでに予行演習時点、大雨~大腸菌でトライアスロンバイアスロンに差し替え」

「都内中心部は洪水を免れたが周辺部は壊滅的打撃」

「福島では放射性廃棄物が川に流失」(その流域は明示されず)そして、さらに

「避難を求めた人が、居住納税者ではないという理由で受け入れ拒否」

 上記はすべて特段偏った内容ではなく、また広く国際的に報道されている日本に関する最近の情報にすぎません。

 ただし正確に理解されるかどうかは、また別問題です。つまり、少しでも理解が不足すれば

 トーキョーでタイフーンに遭遇すると選手も観客もラディオアクティブ(放射性物質を含む)な洪水に襲われてもシェルターに入れてもらえないくらいの誤解を普通に招きかねない。

 そういう念頭で、当該外交の場に臨む必要があると認識すべきと思います。日本国内で「晴天の霹靂」を言うとすれば、それは島国の了見であって、国際社会のごく穏健な常識に照らす余裕が不可欠です。

 この「変更」はマラソン/競歩だけにとどまるものなのか?

 それとも、トライアスロンなど含めた、ほかの競技の「東京離れ」に続くものなのか?

 現時点では何も言うことができませんが、国際社会の認識、また台風20号以降の挙動なども含め、推移を見守り続ける必要があるでしょう。

 NHKは森喜朗組織委会長の「我々がダメだと言えますか?」というコメントを報道(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191017/k10012136831000.html)していましたが、内容もさりながら、かなり疲労の色が隠せないように見える森氏の表情が印象に残りました。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  墜落してもF-35が名機となる理由

[関連記事]

原発「爆発」から考えるリチウムイオン2次電池

ものすごく「臭かった」多摩川氾濫

台風19号による甚大な被害を受けた長野県長野市(写真:高橋智裕/アフロ)