昨今のインディーズゲームにおけるレトロブームの勢いはめざましく、その表現の潮流は2Dドットのみならず、3Dにまで波及している。1990年代の3D黎明期──プレイステーションセガサターンNINTENDO64といったハードで主流になった、少ないポリゴンや粗いテクスチャーによる3D表現は、もはや「レトロ」の領分に入ろうとしているのだ。

 実際、NINTENDO64用の3Dアクションゲームを彷彿とさせるA Hat in Timeをはじめとした、いわゆる“ローポリ”(ローポリゴン)の雰囲気を再現するゲームも実際に登場している。

(画像はSteam『A Hat in Time』より)

 2Dのドット絵がレトロなグラフィックという枠を超え、「ピクセルアート」として市民権を得たように、黎明期のローポリ3Dもまた独自の表現手法となるのではないか?
 1990年代のローポリ・低解像度の3D表現は、技術の進化の過程で生まれた、たんなる未完成な表現にすぎなかったのだろうか?──いや、そうではない。

 そう考えるのは、初代サイレントヒルバイオハザードのようなグラフィックと手触りを再現したアクションアドベンチャーゲーム『Back in 1995』の作者、一條貴彰氏だ。

『Back in 1995』

 一條氏は1990年代特有の3D表現を「レトロポリゴンと呼び、その魅力を広めるために『Back in 1995』を2016年にリリース。2019年にはPS4Nintendo Switchなどのコンシューマ機でも発売された。
 ポリゴンを回転させるとスムーズに動かずにガタガタする」、「急な角度から見るとポリゴンの絵が歪む」といった初代プレイステーションのハードの特性による仕様をあえて再現するなど、そのレトロポリゴン表現へのこだわりには目をみはるものがある。

 また、一條氏はゲーム開発者向けのツール技術者へ紹介する業務を行う会社の経営者でもあり、「ゲーム作家兼B2B企業の経営者」という異色の経歴をもつ人物でもある。
 お話を伺ってみると、氏のレトロポリゴンという表現手法への想いのみならず、個人がゲームを作ることの希望や問題点までもが見えてきた。しかもそこに横たわる問題を解消することが、氏の経営する業務の活動目的のひとつでもあるという。

 その人の作りたいものが突き詰められた、いい意味で「狂ったゲーム」を作るクリエイターがもっと生まれやすい世の中にしたい──。

 そう語る一條氏は自らインディーゲームを作るだけでなく、日本のインディーゲームクリエイターを支えることを目指している。
 氏が見るインディーゲームの世界はどのような景色なのだろうか。その足跡をたどってみることにした。

聞き手/RonなかJ
文/Ron
撮影/増田雄介
編集/実存


一條 貴彰氏

32bit世代機のローポリゴンは美しい

──『Back in 1995』の開発は、昔良く遊んでいたプレイステーション用のゲームをやり直していたときに、この時代のポリゴンゲームが好きだと気づいたことがきっかけなのだとか。その時は何のゲームをプレイされていたんですか?

一條貴彰氏(以下、一條氏):
 コナミサイレントヒルアクワイア『天誅』を触っていました。そのときは次に作るゲームのテーマを探している時期で、インスピレーションを求めて中学・高校生の頃に遊んでいたゲームをやり直していましたね。ほかにもメタルギアソリッドをはじめとしたアクションゲームやアドベンチャーゲームを触っていました。

──アクションとアドベンチャーゲームがお好きだったんですね。

一條氏:
 激しいアクションよりも、『天誅』のようなステルスアクションやアクションアドベンチャーが好きなんですよ。
 そういうゲームを遊ぶ中で、プレイステーションセガサターンなどの「32Bit世代のローポリゴン」や「粗いテクスチャー」を題材にしたレトロ表現は、2014年当時のインディーゲームにはないことを発見しました。それに気がついてから実験を始めたんですね。

(画像はACQUIRE_『天誅』公式サイトより)

──実験ですか。

一條氏:
 当時私はUnityを触り始めて小さなタイトルを出したばかりの頃で、Unityでこのレトロ表現がどこまで実現できるかをまず探りました。
 その結果、どうやらプレイステーション風のグラフィックは、描画をいろいろと改造すれば再現できそうだとわかり、『Back in 1995』の着想に至りました。

『Back in 1995』

──Unityを使ってあえてグラフィックの水準を32bit世代のゲーム機並に落としているということですね。

一條氏:
 そのためのテクニックはいくつかあります。たとえば初代プレイステーションだとグラフィックの解像度以外にも、独特の絵の歪みというか…ガタガタした感じがあるんですね。

──歪みというのはポリゴンの形ですか?

一條氏:
 そうです。初代プレイステーションポリゴンの描画演算を固定小数点で計算をしていて、これは精度を代償にして速度を出すための策だったと聞いています。このせいで、ポリゴンを回転させた時にスムーズには動かず、ガタガタするんですよ。これはセガサターンとは違うところですね。

 そしてこの表示はNINTENDO64とも違います。ほかにも、ポリゴンの表面にテクスチャー(絵)を貼り付けて急な角度から見ると歪む。
 これは当時のハード性能の限界で、そういうハードウェアだから表示がそうなっているんですね。
 つまり、当時のポリゴンを再現するならば、こうしたハードウェアならではの特徴も盛り込んだほうが味になって面白いんじゃないかと考えました。

──あえてポリゴンに歪みが発生するようにしたと。

一條氏:
 そうですね。当時はそんな実験をしながら、PC版『Back in 1995』の制作発表をしました。そのすぐ後に、Unity Japanのチームにその実験内容を見ていただく機会があったのですが、「ポリゴンの歪みまで再現するなんて狂気を感じる」と言われましたね(笑)。

──最新の開発環境を使ってわざわざ昔のハードのクセを再現しているということですよね。

一條氏:
 はい。どういう風に実現したかについては、私のブログで公開しています。Unityを使っている方だったら、これを見れば誰でも再現できると思いますよ。

──『サイレントヒル』とか『天誅』をやって改めてこういう表現のゲームが好きなことに気づいたということなんですけれど、ゲームの内容や演出だとどこが好きなんですか?

一條氏:
 『サイレントヒル』はホラーですから、独特の不気味さとか想像力を掻き立てるようなところですね。個人的には、ゲームが3Dになって、映画とかドラマのようなカットシーンが出てきたことに一番衝撃を受けました。
 ゲームをプレイしていた当時から私は映画少年でしたし、映画やドラマのような演出がゲームでも可能になったと。ゲームというメディアでそういう技法を使っている点に感動したんですよね。

(画像はSILENT HILL | KONAMI コナミ製品・サービス情報サイトより)

──では、ゲームの内容はどこから着想を得たのでしょうか?

一條氏:
 ゲームシステムについては、最初からアクションアドベンチャーにしたいと思っていました。内容的にはメタフィクションのシナリオが好きなので、プレイステーションの表現にその要素を組み合わせると変なストーリーができるんじゃないか、と思ってテーマを決めていきました。
 内容を固めていく段階では、自動生成のダンジョンにしよう…などと夢は広がっていたんですけれど、当時は小さなゲームも含めて2つしか作ったことがなく、仕様をどんどん削って、最終的に2~3時間ぐらいで遊べる内容に落とし込みました。

──このゲームは非日常の世界にポンと放り込まれる不気味さがあるじゃないですか。どこか現実とは違う世界に見えるのは、主人公が脳外科医の先生に診てもらっていることと何か関係があるのかとか、この世界を地獄だと言っている人は実は比喩表現ではないのではないかとか、最初から不安を煽る要素だらけで世界観に引き込まれますよね。

一條氏:
 そう感じていただけたらとても嬉しいです。プレイステーションが出てきた頃は、それまでゲームを作っていなかった会社が続々と参入したものの、ノウハウがあまりないせいか、勢いで作っているようなゲームが結構あった気がしています。
 そんなにやりこんでないんですけれど、OverBloodというゲームもそんな勢いのあるゲームで、序盤はわけの分からない展開をするんですよ(笑)。その辺の勢いを真似しつつ、主人公の置かれている状況を少しづつ解き明かしていく内容にしたかったんです。

(画像はOverBlood | ソフトウェアカタログ | プレイステーション® オフィシャルサイトより)

──散りばめられている情報からいろいろと想像はできるんだけれども、なかなか確証を得られないですよね。もしかしたら主人公がおかしい人なのかもしれないという疑念があるし、とある研究者の研究内容から世界の仕組みの一端に触れられるけれど、それも本当かどうかわからないと。

一條氏:
 そうそう! そういうふうに感じてもらえるようにしたんです。ストーリーラインはあいまいにしていて、想像の余地を残しつつ、昨今のメタフィクション流行りを茶化したかったんですね。残念ながらSteam版のプレイヤーさんのうち、そこまでシナリオを読みこめなかった方からお叱りをいただいたこともあります。それは僕のシナリオが下手くそだったからというのが大きな理由だったと思うんですけれど。
 でも、どちらかというとそういうメタフィクション系に普段から触れられている方のほうが、このシナリオの狙いをわかっていただけたかなと感じています。玄人向けにしすぎたというか(笑)

 『Back in 1995』はちょっと高尚な言い方をすると、“アートプロジェクト”の側面があると思っているんですよ。

『Back in 1995』

──アートプロジェクト?

一條氏:
 今やピクセルアートは市民権を得ていますよね。ピクセルアートの技法は、もう古いものでもレトロでもなくて、10歳台・20歳台の若いクリエイターもどんどん生まれています。
 そんな中で、「私が愛した32Bit世代機の少なめのポリゴンと粗いテクスチャーは、技術の進化の過程で生まれた未完成な表現で、それ自体が無意味だったのか?」というと、そうでもないと考えています。

──ポリゴン数の少なさやテクスチャーの粗さの問題はハードの性能が上がるだけで解消してしまうから、これが過渡期の限られた間だけの表現なのかどうかということですね?

一條氏:
 そういうことです。僕自身はその世代のゲームを夢中になって遊んできましたし、過渡期ならではの独特の表現がこのまま時代に押し流されて消えていくことへの反発もあります。32bit世代の表現を使ってゲームとしてまとめたのは、これも大きな動機だったのかもしれません。

──なるほど。過渡期に生まれたレトロポリゴンを広めるための試みだったわけですね。では、ゲームをサスペンスにしたのは何故ですか?

一條氏:
 自分の置かれている状況を解き明かす作品が好きだったので、理由としてはそれが大きいかもしれません。

──『サイレントヒル』はよっぽど影響が大きかったんでしょうね。

一條氏:
 大きいと思いますね。ただ逆に『サイレントヒル』の影響を受けた、いわゆる精神的続編のゲームはあるのかなと思ったら、あまり聞かないですよね。ああいうゲームシステムで不気味な精神世界系のアドベンチャーゲームってそんなに出ていない気がして、それをやりたかったという気持ちもあります。

──2015年に制作を発表した当時はレトロポリゴン表現の位置づけはどうでしたか?

一條氏:
 2015年4月にYouTubeで映像を初めて出した当時は、32bit世代のレトロポリゴン表現はインディーの中でもほぼ注目されていなかったですね。僕の知る限り誰もやっていませんでした

※2015年に初公開した『Back in 1995』映像

──当時はローポリゴンであることをレトロポリゴンの表現としては使っていなかったと。

一條氏:
 当時はドット絵の2Dゲームがインディーから沢山出ていました。ゲームの進化をなぞるなら、いずれ32bit世代の表現も出てくるだろうと僕は予想していたんですよ。それは自分にとって絶対に楽しいし、絶対にお金を突っ込んでやる! と思っていたら全然出てこなくて。
 そんななか、NINTENDO64のゲームをイメージして作ったという『A Hat in Time』というインディーゲームが出てきたんです。このタイトルを見て「自分のツボの世代が飛ばされた!」と感じまして。それを受けて、自分でも作ってみるかなという風に思ったのもきっかけです。

※『A Hat in Time』……NINTENDO64用『スーパーマリオ64』を彷彿とさせるような3Dアクションゲーム。シルクハットをかぶった少女を操作し、宇宙旅行中に付近の惑星に散らばってしまった燃料などのアイテムを回収するため、さまざまな惑星を探索する。Steamで販売中。
(画像はSteam:A Hat in Timeより)

──動画を公開したときの反応はいかがでしたか?

一條氏:
 「こんなもの見たことがない」というような良い反応はいただけたんです。映像も合計で5万回ぐらい再生されて、世の中にはこういう32bit表現のゲームを遊んでみたいと思う自分と同じ人間がざっくり1000〜3000人ぐらいはいるんじゃないかなと思いました。

──単純にローポリゴンというだけだったら、それこそスーパーファミコンスターフォックスぐらいのものもありますが、ポリゴン数が少なければいいというわけではないんですよね?

一條氏:
 単純に私がプレイステーションセガサターンの世代だったという理由だけです。ローポリゴン自体はおそらく今でも好きな人がいて、それでゲームを作っている人は大勢いますよね。僕は“レトロポリゴン”という言い方をよくしているのですが、あの世代だとプレイステーションならポリゴンの独特の歪み、NINTENDO64カートリッジ容量が小さいのでテクスチャーがぼやけているとか、それぞれに違いがあって意外と豊かなんですよ。

──なるほど。どういうところに惹かれているのかがだんだん分かってきました。

一條氏:
 世代によって通じる人と通じない人がいて、最初にレトロポリゴンの再現を打ち出したときは結構たたかれたこともありました(笑)。僕はレトロポリゴンにも価値があることを世の中に証明する使命感があったんです。そこが重要なポイントですね。

 実はピクセルアートにも流派があって、原理主義者は絵全体でドットバイドットを求めるし、ハードの制約を考えて使える色数を抑えたりする。かと思えば、もっと自由に横2000〜3000ピクセルぐらいある巨大な絵を描く人もいます。
 それは表現する人それぞれですね。いずれローポリゴンもそういうステージにいけるといいなと思っています。

──細かい話なんですけれど、背景も含めてポリゴンで表現できるほうがいいですか?

一條氏:
 僕はそうです。最初の『バイオハザード』のように3Dのプリレンダの背景の上にポリゴンキャラクターを乗せる方法もありますよね。けれど、映画的なシーンとかカメラワークを含めて好きなので。

──アローン・イン・ザ・ダーク』のような表現はあまり好まれない感じですね。

(画像はSteam:Alone in the Dark 1より)

一條氏:
 『アローン・イン・ザ・ダーク』も確か背景は一枚絵でしたね。一応意識はしているんですが。ゲームシステムを『サイレントヒル』寄りにしているのは、やはり「全部3Dポリゴンだ」というところが大きいですね。

──やっと分かりました、なるほど。

一條氏:
 逆に『バイオハザード』のようにプリレンダの背景とポリゴンキャラクターでこれからゲームを作る人がいても全然いいと思うんですよね。

レトロポリゴン世代のゲームを再現するために

──レトロポリゴンのゲームを作るにあたり、どういう方法で古さを演出しましたか?

一條氏:
 いくつかポイントがあって。まずは見た目とサウンドですね。見た目は先ほどご紹介したとおりです。サウンドではプレイステーションだとCD-DAですから高品質な部分もあるんですけれど、記憶の中にある汚い印象を表現するために、品質を抑え目にしているんです。僕はこれを“逆思い出補正”という言い方で表しています。あとはゲームシステムの理不尽さやゲームストーリーの不可解さもあるといいですね。

──確かに不可解なゲームはけっこうありましたよね。それが魅力になっている作品もありましたけれど。

一條氏:
 ありましたね。それからカメラワークについてはフリーカメラだと開発が大変なので、今回は固定カメラにしました。自分が技術的にやれることから仕様を決めていった結果、難しいと判断しました。
 システム部分の開発は全部1人でやっているのですが、ビジュアル関係については途中から入ったメンバーが半分ぐらい作っています。

──今までのお話を聞いていると、固定カメラと同様にラジコン方式の操作方法を採用したのもその流れなのかなと。

一條氏:
 3DS版はラジコン操作のみを受け付けていますね。Switch版はグローバル展開がありましたから一応スティックでも操作はできるんです。個人的に推奨しているのはやっぱり3DS版ですね。十字キーでグリグリ楽しんでいただくのが一番かなと思います。

Newニンテンドー3DS版画像

──ブラウン管の走査線でも映像の滲みまで再現しているこだわりぶりには笑ってしまいました。

一條氏:
 あの表現に関しては、インディーゲームではすでにメジャーになってきていますね。3DS版では網がかかっているような見た目なんですけれど、SwitchPS Vita版ではブラウン管の丸みで歪むところや滲みが出るところはUnity拡張機能を使っています。そういうところにこだわるとやっぱり喜んでいただけるので。

Nintendo Switch版画像

PlayStation Vita版画像

──オプションでエフェクトをOFFにすると映像が綺麗すぎて何か物足りなくなります(笑)。

一條氏:
 あとはメニューを開くために、△ボタンや×ボタンを使うのもこだわりなんですよ。今どきのゲームでメニュー用にこのへんのボタンを割り振ることなんてほぼないじゃないですか。
 プレイステーション□、〇、△、×の4つあるボタンのうちの1個を贅沢に使ってメニューを出すみたいな。そういうボタンが増えた新世代機を存分に使いこなせていない感」がすごく好きだったんですよ(笑)。

──(笑)。そういえば、銃を手に入れた後のアバウトな照準も笑っちゃいました。これで当たるのかという(笑)。

一條氏:
 そうなんです、すごいざっくりなんですよ(笑)。一応最初のバージョンでは、照準すらなくて自分でエイムする仕様だったのですが、あまりにも難しすぎてオートエイムを入れたんです。そこのバランスを取りに行くのが難しかったんですよね。

 発売前に展示会に出した時に「すぐ死ぬんで、めちゃめちゃ難しいです」と言われて難易度を下げてリリースしたんです。そうしたらSteamで「これは簡単すぎる」とめちゃくちゃたたかれて、また戻したみたいな(笑)。
 展示会にいらっしゃる方とSteamで買ってくださるハードコアなプレイヤーの方って、やっぱり求めるものが違うんだなと学べました。

ユーザーの意見を聞くところと聞かないところ

──ローポリゴンだからこそできる表現はあると思いますか?

一條氏:
 ローポリゴンだからというのはあまり無い気がしますね。ただ、粗めのテクスチャーも含む見た目の美しさが好きというだけなんですよ。でも、このゲームのテーマはこの見た目じゃないとあんまり伝わらないかもしれませんね。

──個人的にはローポリゴンって“味”があっていいなと思っているんです。ゲーム機はどの世代でもそうですけれど、開発がこなれてくる後期のソフトは、初期のソフトと比べて表現力に大きな差が出ますよね。
 たとえばプレイステーションだと初代リッジレーサー『R4』ではまるで違う。あのハードの限界に迫る感じが好きなんです。

一條氏:
 わかります。スクエニさんのベイグラントストーリーなんて顔に貼るテクスチャーが32×32ピクセルしかないのに、モニターで見るとめちゃめちゃ映えるみたいな。ゲーム業界に入ってから、このタイトルのテクスチャツールを作っていた人と知り合いになってテクスチャーを見る機会があったんですけれど、本当にすごい職人芸でした。
 実は『Back in 1995』の脳内設定としては、プレイステーションの開発は比較的安くできると知ったシステム系の会社が勢いで参入し、急遽立ち上がったゲーム開発部署から発売された第1弾ソフトみたいなイメージです(笑)。

(画像はベイグラントストーリー | SQUARE ENIXより)

──あぁ、分かりやすいですね(笑)。情熱とブームの波に乗る勢いで参入している。

一條氏:
 最初の3/4ぐらいはそういう脳内設定で作っています(笑)。

──その設定は面白いです(笑)。

一條氏:
 この話をしたのはたぶん初めてですよ。ただ後期プレイステーション作品にはそれはそれですごく美しいというかすごく突き詰められた感じがあるので、逆に後期PS1のテーマで作るゲームも今後現れて欲しいですね。

──さきほどピクセルアートが世間に認知されているなかで、ローポリゴンの表現というのを一度世に問うてみたいと仰っていたんですけれど、当時と今では状況が変わったと思いますか?

一條氏:
 これは変わりましたね。世界全体のインディーゲームで言うと、今は大体10〜20タイトルぐらいレトロポリゴンがテーマのゲームが発表されています。実際にSwitch向けの『デッドハウス 再生』というスペイン発のゲームがあります。これは『Back in 1995』のSwitch版よりも先に出されたので、めちゃめちゃ焦ったんですけどね(笑)。そのほかにもローポリゴンの表現をテーマにしたゲームがたくさんあります。

(画像はNintendo Switch公式サイト『デッドハウス 再生』より)

 なので、僕の実験というか取り組みで、世界のゲームクリエイターに対してレトロローポリゴンにも価値があることを証明できたかなと思っています。僕個人の希望としては、この先も日本からそういうゲームが出てきて欲しいと思っているんですよ。
 そういう人がいたら僕も支援をしたい(笑)。

──一條さんの場合は最初に自分で作ってしまったところがすごいですね。

一條氏:
 小さい規模ながらゲームを作っていましたから、ゼロから始めるよりはやりやすかったと思います。といっても僕のキャパシティを超えたチャレンジではあったので、ボリュームや完成度の面では上手くいかないこともありました。でも今はやって良かったと思っています。
 Steam版は結構賛否両論があって評価は半々でしたが……。賛否両論になった理由は2つあると思っているんです。1つはステージや謎解きの少なさ。これはほぼ1人で作っているということで勘弁してください(笑)。

──1人でこなせる量にも限界がありますから。

一條氏:
 例えばゲームを10人で作って価格が3000円でいいならば、もうちょっと頑張れる。もし2015年にこういうゲームを作りますといって、投資が付いてチームを組んで自由に作っていたなら、十分な内容のものができたと思います。こういう言い方はあれですけれど、予算と工数にあったボリュームでまとめた感じですね。

──もう1つの理由は?

一條氏:
 ゲームで表現したかったテーマが伝わっていなかったことです。これは、たとえばグラフィックを「クソグラじゃん!」と言われたことは自分のお客さんじゃなかった、ということで別にいいんですが(笑)。
 ただ、内容を複雑なテーマにしていますから、ちゃんと最後までテキストを読まないと真相が分からないと思うんですよ。そこを飛ばして読んでしまうと、まるで作者にバカにされたと思われてしまったのかなと。そういうテーマは嫌いな方もいらっしゃいますし。

──テーマを書くと強烈なネタバレになりますよね(笑)。

一條氏:
 結果からいうと、テーマも含めて人を選ぶような要素を複数ゲームに盛り込んでしまったのは最悪だったなと。インディーのゲームらしいといえばらしいのですが、これは自己弁護ですね。

──それでもSteam版のときはアップデートをされました。

一條氏:
 Steam版のパブリッシャーさんからの要望もありましたし、コンシューマ版の展開はどうですかと任天堂さんからお声がかかっていましたので、それならと新しいロケーションや敵キャラを増やしてみたんです。

 ところがPC版のアップデートと同時に3DS版用に下画面の新規開発をやっていたら、移植に2年ぐらいかかっちゃったんですね。2016年4月にSteam版をリリースして、その後2018年にNewニンテンドー3DS版を出したものの、評価が芳しくなく鬱っぽくなっちゃったりして(笑)。
 今では結構、心の整理がついているんですけど。

──それは大変でしたね……。ちなみにアップデートの内容は、どこまでがユーザーの要望なんですか?

一條氏:
 難易度とボリューム調整など、ほとんどがユーザーの意見という気がしますね。個人的にもちょっと短すぎるなと思っていたところはあったので、ユーザーの意見プラス自分の意向です。

──個人開発者にユーザーから改善の要望が寄せられても、すべては応えられないですよね。資金も必要だし手間もかかる。そういう限界があるなかで、どうやって応えようとされていますか?

一條氏:
 自分でも言われてみて「そりゃそうだ」と思う要望には応えます。一方でコンセプトに沿っていないものはやらない。今朝もちょうど公式サイト宛に英語で「こうした方がいいぜ」という長文メールが来たんですよ。「ダッシュ操作を入れて欲しい」とよく言われるんです。「壁に向かってぶつかったままダッシュしたい」という人がいて(笑)。

 ただ、気持ちはわかるんだけれど、ダッシュを入れるとゲーム内のほぼすべての要素に再調整が必要になる。そして、今作はノロノロしたプレイヤーがノロノロした敵と対峙して焦るのが体験のコアになる部分ですから、「ダッシュは入れないです」とお断りしました。

──ダッシュを入れると避け易くなっちゃいそうですよね。

一條氏:
 そうなんですよ。敵のからあげの攻撃とかですね。あ、「からあげ」というのはユーザーが使っている茶色い敵の呼び名です(笑)。

──殴る間合いも「このぐらいかな?」と目測で恐る恐る試すのがいいんですよね。

一條氏:
 その通りです。自分のコンセプトが伝わっていて嬉しいです。そこがやっぱり一筋縄ではいかない、おもてなしはしないぞ」という感じですね。3体出てきたら結構ハメ殺しにされることもありますし、オートセーブも入れないですから。
 なので自分のコンセプトに合っていて、かつ自分のやれる範囲だったら要望に応えます。もちろん資金的に開発が無理という要素は入れません。

──『Back in 1995』のSwitch版などはスペインの会社が移植をされていますよね。この経緯を教えてください。

一條氏:
 それはかなり面白くてですね。まず先ほど申し上げたように、家庭用ゲーム機向けには自分でNewニンテンドー3DS版を移植して発売していました。これは日本のe-Shopだけで売っているんですけれど、ある日アイルランド任天堂ファンの人から「このゲームはヨーロッパで販売しないのか?」とTwitterの僕の英語アカウント宛にDMが来たんですよ。「市場規模的に無理です」と答えたら、「それならSwitch版を出せば?」と。

 で、私は「今は次のゲームを作っているし、開発は自分1人だけだから移植しないつもりです」と返したら、やれよ!みたいな勢いでDMの中で言い合いになったんですよ(笑)。これは困ったぞと思ったら、なぜか結局その相手が「そこまで言うなら俺が移植の会社を見つけてきてやるよ」と言って、本当に見つけてきたと(笑)。

──何者なんですかね?(笑)

一條氏:
 Barry Dunneさん(@ImpactGameStat)というブロガーで、ユーチューバーをやりつつゲームサイトの運営をやっている方のようです。ニンテンドーダイレクト風の自作動画をYouTubeにアップしています。
 その後も2日に1回ぐらいDMが来て、そのうち「スペインにあるRatalaika Gamesという開発会社は実績もあるぞ。会社に移植の話をしておいたからな」という段階まで発展していたんですよ。「うわっ、すげーな」と思って。

※Barry Dunneさんによる『Back in 1995』紹介動画

──エージェントみたいなことをやってくれたんですね。

一條氏:
 だからBarryさんには本当に感謝しているというか、ファンになってくれた方はそんなことまでするのかと驚きましたよ。

──紹介された会社は、実績から見てもベストマッチだったんですか?

一條氏:
 実績から言うとばっちり合っていました。実はこの会社は、先ほど申し上げた『デッドハウス 再生』の移植をやっていた会社だったんです。それなら頼もうと思ったんですけれど最初はやっぱり不安でした。スペインだから向こうも英語が母国語じゃないぶん、お互いにやり取りが大変で。
 しかも、プログラミングコードには日本語で「//ここは消すな、壊れる」みたいな注意書きがたくさんある状態なんです。それをそのまま渡して動かせるのかみたいな不安がありました(笑)。でも何も説明していないのに2か月ぐらいで最初のビルドが動いていて、この会社はすごいぞと。

──技術力があるんですね。

一條氏:
 技術力なのか謎のハンドリング力なのか…その両方なのか、いずれにしろできる会社です。踏み込んだ技術的な話をすると、このゲームはUnity 5.2.4という2015年当時でも古いバージョンを使っていて、Switchで出そうとすると、そこから3年ぐらい先のバージョンに進めないといけないんですよ。
 ところが、ゲームエンジンというものはバージョンを大きく上げると、どうしても絵が壊れたり昔のプログラムが使えなくなったりする。なので、自分では移植をやりたくなかったんです。それを彼らは軽く乗り越えたという点はすごい。

──いい会社を紹介していただきましたね。

一條氏:
 今回はそういうご縁があって海外の会社にお願いしましたけれど、日本国内でもそういうPC向けの同人ゲームなどをやPS4に移植する会社やフリーランスの開発者の方は結構いらっしゃるんです。
 とはいえ、この移植自体は元々計画に無かったことなので、ただただありがたいですね。Ratalaika Gamesさんは今度の東京ゲームショウで知り合いのインディーゲームコーナーのブースに出展されるらしいので、そこで初めて対面する予定です。(追記:その後、無事会えたそうです!)

Ratalaika GamesのAdrian Vegaさん(右)とのツーショット写真

──このやりとりを見ても世界にはレトロポリゴンの表現が好きな人はいるということですよね。

一條氏:
 ワールドワイドで好きな人が点在していて、全部かき集めると5000人とか1万人にはなるんじゃないかと今は思っています。レトロポリゴンをテーマにしたゲームが今後も現れると僕は少なくとも買いますし、そういう市場がもっとできるといいなとも思いますね。