エレファントカシマシ1988年デビュー以来、紆余曲折の30年以上を変わらぬ4人のメンバーで活動している。宮本と石森敏行(G)と冨永義之(Dr)は中学1年のクラスメート。高緑成治(B)と冨永は高校の同級生マニアには熱烈に支持されたものの97年「今宵の月のように」でブレイクするまでセールスは伸び悩み、その後も順風満帆とはいかず現在のレコード会社は4社目だ。だからこそデビュー30周年ツアーバンド史上最高の観客動員数を記録したこと、そして紅白歌合戦に初出場を果たしたことは大きく報道された。音楽性だけでなくバンドの歴史や一貫した姿勢も含めて、4人のエレファントカシマシを心の支えにする人はファンだけではない。そんな中で宮本がソロ活動を開始したインパクトは大きかった。

【写真】「この曲で青春を取り戻せた」と語る宮本浩次

エレファントカシマシのことだけを考えて生きてきた30年

宮本浩次】「これまでずっと、寝ても覚めてもエレファントカシマシのことだけを考えて生きてきた。それこそ高校の時に修学旅行に行かなかったのも、週に3回やっているエレファントカシマシの練習ができなくなるからだった。ローリング・ストーンズのような、RCサクセションのようなロックバンドをこの世で作り上げるんだ!と思って、ポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)にもソニーのSDオーディションにも出た。デビューしてからもエレファントカシマシがすべての前提で中心で、このバンドで絶対に成功する!ってなかば意地になってやってきました」

「94年に最初のレコード会社との契約が切れてみんながやめそうになっている時も引きとめて、『エレファントカシマシでやるべきだ』って言っちゃった手前もあって、『売れるまでは!』って思ってやってきた。その一つの目標が紅白歌合戦で、30周年で初めて出ることができた。ずっとやりたかった47都道府県ツアーも30周年で実現した。本当はもうひとつ、『絶対ナンバー1をとる』ってみんなにも言ってあったから、ナンバー1ヒットも出したかった。まあ、強引に言うならばデイリー1位というのは30周年のベスト盤(『All Time Best Album THE FIGHTING MAN』17年)でとったけど。俺がとりたかったのは週間1位なんだけどね」

■ ソロ活動は、昨日今日の話ではなく90年代から考えていた

世間のイメージ宮本浩次エレファントカシマシ。例えば約20年前に本人が綴った、ファンにはよく知られる文章の中にはこうある。【孤高にして普遍的。過激にして包容力有り。最新にして懐かしい。そして、最強のロックスピリッツ! それが、エレファントカシマシ。すなわち俺だ。】

宮本浩次】「それは『ガストロンジャー』(99年)という曲を、バンドではなく全部自分で打ち込みで作ったから、『俺がやったんだ』と自己主張したかったんだと思う。衒気(げんき)というか。まだ30代前半で若かったしね。でも、バンドと自分を一心同体だとは思っていなかった。4人で必死に一つのものを追いかけてきたというのは事実で、私に限らずトミも石くんも成ちゃんも、すべてをエレファントカシマシのためにと思ってやってきたのは間違いない。でも一方で、子供の頃から歌が好きで、歌謡曲に親しんで、ジュリー(沢田研二)の歌や演歌を学校や道で歌ってきた自分もいるわけでさ」

小学生の時にNHKの合唱団(現NHK東京児童合唱団)に、この飽きっぽい男が、アルバイトだって3日でクビになっちゃう男が3年間も通い続けたっていうのは、とにかく歌うことが好きだからだと思うんですよ。合唱団というのは、昔からの童謡とか、誰かが創作した曲を歌うわけ。バンドマンの宮本ではない、そういう歌手としての自分はじゃあどこに行くんだ?って考えた時に、ソロでシンガーとしてやりたいっていう思いは常にあった。24歳で『生活』(90年)というアルバムを出した時にも、『東京の空』(94年)を作ってる時にも、ソロになるべきなんじゃないかって真剣に悩んだし、昨日今日いきなり言い出したことじゃないんです。メンバーには30周年の1年前から、30周年ツアーを絶対に成功させて、自分はソロをやるって前もって言ってあったし」

宮本浩次が赤裸の心で歌を歌うために

一つのことを続けてきた働く50代の転身は珍しいことではない。まして人生100年時代、ある程度の年齢を過ぎれば誰もが“リスタート”に思いをはせるだろう。「Do you remember?」の歌詞にある、「赤裸(あかはだか)の心で」生きるという感覚が、今の自分の現実だと宮本は言う。

宮本浩次】「もし50代で転身する人が多いとするならば、その気持ちはすごく分かる。でも人によって、30代で思い切って仕事を変える人もいるだろうし、70代になって自分の夢を実現したいって行動する人もいるだろうから、それぞれの転機みたいなものがあるということだと思う。自分の場合は、若い時はいろんなものに憧れていた。永井荷風や森鴎外太宰治葛飾北斎や、レッド・ツェッペリンローリング・ストーンズに。あるものないもの全部ひっくるめて、偉大な『男像』みたいなものに向かって邁進するのが古今東西の男の人の性質だとするならば、時間を経て、大人になって、いつしか現実を受け入れるようになっていく。受け入れた後は、素っ裸の自分が、『赤裸の心で』生きていくわけなんですよ」

「赤裸の心になってしまうと、自分はもちろん森鴎外でもないし、レッド・ツェッペリンでもないと分かって、宮本浩次であるということを認めざるを得ない。『Do you remember?』でも♪宝探しはもう終わりさ、って言ってるじゃない? 夢の夢を語っていた青年が、本当の老年になったということだと思う。今は、自分にふさわしい自分の未来、赤裸の心で到達できる未来を、自分なりに形にできるチャンスなんじゃないかっていうふうに思ってます。エレファントカシマシを通して歌を表現するだけじゃなくて、宮本浩次が赤裸の心で歌を歌えたらいいなって思ってソロをやっている。バンドマンじゃなくて、シンガーソングライターでもなくて、純粋に歌い手でありたい」

「いい歌って、いっぱいあるじゃないですか。例えば『野ばら』という歌、小学校クラシック全集みたいなものに載っていて、私すごく好きだったんですよ。ゲーテの詩で、シューベルトの作曲とヴェルナーの作曲とあるんだけど。演歌でも『おやじの海』なんてすごく好きだったし。いろんな好きな歌がいっぱいある。そういう歌を『歌ってみたい!』っていうのってあるじゃない? 自分のノドをみんなに聞いてほしいっていう。そしてパフォーマーとしてもね、椎名林檎さんとやった『獣ゆく細道』(椎名林檎宮本浩次/18年)や、東京スカパラダイスオーケストラの『明日以外すべて燃やせ feat.宮本浩次』(18年)や、『The Covers』(NHK BSプレミアム)という番組でカバー曲を歌ったりすることも大好きなんですよ。もともと子供の頃にNHKの合唱団の先生に、『アンタ合唱団じゃなくて劇団にいらっしゃい!』みたいに言われてたぐらい、暴れるのが好きっていうか、人前に立つのが好きなんです」

「作詞家、作曲家は優れた人がいっぱいいるし、まあ歌い手だって上手い人はいっぱいいるけど、宮本浩次個人になった時にはね、いろんな歌を歌いたい。今はまだ混沌としていて、宮本浩次というシンガーがどういうものか分からないぐしゃぐしゃな中で、曲も自分で作ってやっている。その面白みがソロアルバムや来年3月から始まるソロツアーに出てくると思うけど、さらにその次に、純粋にシンガー歌い手としてだけ存在する宮本浩次のチャレンジはしてみたいです」

■ みんなの前で、死ぬまで歌っていられたら、それが一番幸せ

続いていく人生。年齢を重ねることも、新しいチャレンジステージととらえれば捨てたものではない?

宮本浩次】「どうなんだろう。でもやっぱり、青春時代の、『夢の夢』を語った記憶みたいなものっていうのは、鮮烈で美しいよね。その記憶を繰り返し、死ぬまでの間に追体験して、楽しんでいくものなんだと思うよ。青春を取り戻せる人たちが、長く生きても楽しいんじゃないかとは思います。ただ、そもそも健康じゃないと追体験だ青春だなんて言ってられないし、健康でいることだけでも難しい。だからもちろん健康にも食事にも気をつけているし、それはバンドメンバーも同じ。エレファントカシマシも長く続けたいからこそ……これまで大変だっただろうメンバーが、このソロ活動ですごく休めてると思っています。ペースは少しのんびりだけど、もちろんエレファントカシマシもしっかりやっていきたい」

長年の日課は読書。国内外の古典を愛読する筋金入りの読書家だが、最近は森茉莉に惹かれるという。

「新しいものはどうせ読みきれないし、時間がもったいないから、どうしても古典ばっかりになってしまう。まあ古典も、夢の夢時代にさあ、若い時に見栄張って難しい本をいっぱい買っちゃって、いまだに読んでない本もたくさんあるけど。『あとで読もう』なんて思っても読むモンじゃないね。でもやっぱり、ロマンチックなものが好きです。もともと森鴎外が大好きなんだけど、娘の森茉莉も大好き。森茉莉っていう人は究極の森鴎外なんじゃないかって俺は思う。森鴎外が実は憧れていた生き方を、体現していると思う。アパートで一人暮らしで、84歳くらいで亡くなったんだけど、ずっと好きなものを書いて、その姿がほんっとにロマンチックに思えちゃったりするのね」

ロマンチックっていうのは……俺すごく分かるんだけど、家ん中がさあ……自分の好きなものに囲まれてるっていう錯覚のまま生きてるんだよね。俺もね、昔、急須が好きで、高い急須じゃなくても安モンでも、自分にとっては宝物だったから、それに囲まれていれば全然成立しちゃうこともできるのね。一人ぼっちで、好きなものに囲まれて、好きな小説を誰にも煩わされることなく書き続けていた森茉莉っていうのは、幸せだと思うし、夢を持って生き続けたと思うし、すてきだって思う。自分のやりたいことをできてる人ってのは、やっぱりすてきですよね。俺もできることなら、80歳になっても90歳になっても、歌う気力があるならば歌い続けたい。いろいろ捨てなきゃいけないものはあるんだろうけど。歌をみんなの前で、死ぬまで歌っていられたら、それが一番幸せですよね」

撮影=下林彩子 取材・文=滝本志野

プロフィール宮本浩次(みやもとひろじ)●1966年6月12日生まれ、東京都出身。エレファントカシマシボーカルギター。88年デビュー2018年椎名林檎東京スカパラダイスオーケストラとのコラボレーションを皮切りに、2019年よりソロ活動を開始。10/23(水)にCD「Do you remember?」のほか、Live Blu-rayDVDエレファントカシマシ 日比谷野外大音楽堂2019 7月6日,7日」も発売。2020年3/13(金)千葉・市川市文化会館を皮切りに、全国13会場14公演のソロツアーが決定。(東京ウォーカー(全国版)・滝本志野)

宮本浩次。映画『宮本から君へ』の主題歌「Do you remember?」を10月23日(水)に発売