前回は、リチウムが地上に存在する核種の中で最も軽い「究極の軽金属」で、これを適切に利用できれば素晴らしく高エネルギー密度の電池が作れること、

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 しかし、リチウムを含むアルカリ金属は反応性に富み、不安定で爆発などを起こしやすいこと、

 そのような発火や爆発を防いで、どのようにして安全、軽量、小型でサステナブルな「反復利用可能な蓄電池」2次電池が実現可能か、

 という問題設定の確認に1回分の連載を充てました。理由は簡単で、中学高校生に興味を持ってほしいからです。

 一般のメディアはよくも悪しくも大人対象に「儲かる」みたいな話と、子供向けには「ろうそくの化学」が愛読書みたいなお話が大半になる傾向があります。

 そのどちらもカバーしていないのが「サイエンスの本質をこれから未来を担う中学高校生に教える」部分と思います。今回はやや禁じ手を含めて書いてみようと思います。

 私が育ててもらった私立M中学校高等学校という教育機関は、まさにそういう教育を徹底するところで、その基本は「原体験」と「ほったらかし」にありました。

アルカリ金属」は危険と100回言うより、危ない現場を見せた方が早い。読者の中には高校の化学で金属ナトリウムを見せてもらったことがある方もいると思います。

 こんな動画(https://www.youtube.com/watch?v=TtPUIVsIGu4)がありました。

 金属ナトリウムは大変危険です。金属リチウムは、もっと「やばい」のです。それを制御したのが今回のノーベル賞になりますが、ここは教育的に、順番に進めましょう。

 古いチーズみたいに見える金属ナトリウムは灯油の中に保存され、カッターで切れるほど柔らかく、切り口には金属光沢がありますが、すぐに表面は酸化して鈍い色になってしまう。

 上の動画では、金属ナトリウムの小片を湿ったろ紙の上に落とすと、爪の先ほどのかけらが火を噴いて燃え上がるところを見せています。

 私が母校M学園で高校時代、同じものを見せてもらった時はもう少しおっかなく、高木さんという化学の先生はスポイトで水を滴下して、ナトリウムを爆発させて見せました。

 母校はそういう意味で「危ない」ところで、クラス全員の中学生に手をつながせて電気を通したり、決定的な原体験をたくさんさせるので、創立以来100年、非常に高率で科学者を生み出し続けています。

 後2つ特徴があり、原体験の後はほったらかしにして、効率的な受験勉強などは決して教えません。

 そのため自分で調べて考え、科学の本道の問題意識を早期から自分のものにすることができ、自分の足で進んで行くことができます。

 最後の特徴としてOB会組織が非常に弱い。

 仲間内で結束する排他的なスクラムを嫌うという、およそ利益確保的には最悪の伝統=コスモポリタンとして優れたものを万人と共有するのをよしとする、おかしな理想像を掲げているので、世界のあちこちに人が出て行きます。

 ということで、このコラムも小さな規模ですがその考えで、あらゆる中学高校生諸君向けに、小さなつまらない学閥など無関係に、優れたものを惜しみなくという発想で書いています。

 15年前、国連「世界物理年」というもので教育プロジェクトの責任を持たされたとき、中高生が普通に理解できるノーベル賞解説が大事、とノーベル賞の選考委員諸氏(とりわけ楊振寧、ジェロームフリードマントールステン・ヴィ―ゼルの3氏)から強調されたことが、動機になっています。

 以下もそのようにご理解いただければ幸いです。

 電気分解と2次電池

 中学高校生の化学では「電気分解」という現象を学びます。あるいは「金属のイオン化傾向」といった話、酸化還元も本質は同じ電気化学になります。

 例えば、水を電気分解すると(動画:http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005301361_00000&p=box)、つまり電流を流してエネルギーを投入してやると、前回も類似した式を書きましたが

2H2O + 投下したエネルギー → 2H2 + O2 

 のようにして、水素ガスと酸素ガスが出てきます。これらのガスは化学的にエネルギーをため込んだ高エネルギー状態、別の言い方をすれば「不安定な状態」にあるので、水素ガスを酸素と混ぜると、前回も記したように

2H2 + O2 → 2H2O + エネルギーを放出

 となって外部に仕事をすることができる。

 電池とは本質的にこれを緩やかに、安全に行う装置と考えることができ、上のH2が危険な「原・金属」であるのを、別のメタルに置き換えてやろうという話になります。

 もう一つ、ネットにあった「塩化銅の電気分解」の動画(https://www.youtube.com/watch?v=8KYE0c03mP0)がとても分かりやすかったので 教育的観点から引用させていただきました。

 ここでは、薄い青緑の塩化銅水溶液(10円玉に生えてくる緑青の類ですね)に直流の電気を流すと、プラス極からはガスが発生、マイナス極の表面には赤っぽい金属が析出するのが確認できます。上と同様に書くなら

CuCl2 + 投入したエネルギー → Cl2 + Cu

 みたいになりますが、あまり細かいことは気にしなくて構いません。これと逆のことができれば、電池ができるわけです。この原理的なプロセスには、実用的な電池を考えるうえで2つの問題があります。

 一つは、塩化銅の場合、陽極に有毒な塩素ガスが発生してしまうけれど、バッテリーでガスが出ると、仮に有毒でなかったとしても液漏れその他で使い物にならなくなります。

 もう一つは、塩化銅の場合、陰極に金属銅が析出するけれど、仮にリチウムナトリウムなどのアルカリ金属を用いて、それらが陰極に析出してしまうと、燃えたり爆発したりしてしまう。

 そういう動画がありました(https://www.youtube.com/watch?v=bcVxKF75hUA)。目視で確認できるように、金属ナトリウムが燃え上がっています。

(危険ですからこういう実験は中学高校生だけでしないように、指導者とともにトライしてみることには意味があると思います。くれぐれも安全第一

 これが、リチウムを用いた電池が実験室では可能でも、実用に供しない基本的な背景にほかなりません。

 1970年代オイルショック直後に、化石燃料を燃やすのではなく、反復的に充電できる2次電池として、リチウム利用が検討されたとき、開発の前に立ちはだかった最大の壁が、こうした危険性にありました。

「キムコ」のような解決法

 前回も記した通り、原発の水素爆発とか、バッテリーの過熱炎上、爆発といったネガティブな話題を避けて、「ノーベル賞おめでとう」ばかリ言うことは有害無益と思います。

 なぜと言って、そうした人類にとってネガティブな現実に対して、本質的な基礎科学の観点から、最も軽い金属であるリチウムを安全に充放電できる基礎システムを確立したのが、今回の化学賞のポイントだからにほかなりません。

 ここでの主要なポイントは、プラスマイナスの電極と、それらを結ぶ電気の道筋、電解質とよばれますが、これらの3者を適切に選んで、双方の極とも危険のない、安全でサステナブルな充放電システムを確立することにありました。

 ここで困るのは、プラスマイナスイオンが集まって純物質ができてしまうことです。

 例えば、金属イオンの集合体に電子を補充されて、素のままの「金属」ができてしまう。電極での金属の「析出」が問題でした。

 どうにか、金属を析出しないようにできないか?

 ここで注目されたのは「閏月」の方法と呼ばれる、特殊な方法でした。

 4年に1度、2月29日がありますね。1日余計な日が挿入されるわけですが、同じように、適切な電極物質を選ぶことで、電解質を析出させず、安全なまま「収納」「格納」することができないか・・・。

 実はウイッティンガムたちのグループが最初に実現した2次電池が、こうした「格納」の発想で成功していたのです。

 彼らはプラス極に硫化チタンという金属を用いました。この金属は、その構造の間に小さなリチウムをため込むことができたのです。

 ウィッティンガムたちのグループは、この「はさみこみ」法の成功をもとに、その拡大を検討し始め、全世界でそれを追いかける競争が始まりました。

挟み込み電極」、英語では「インターカレーション・エレクトロ―ド」と呼びます。

 さて、話は変わるようですが、冷蔵庫の脱臭材などとして、活性炭を用いたものが広く知られると思います。

 かつては「キムコ」という小林製薬の製品が大きなシェアを持っていました。活性炭が臭い物質を吸着して、冷蔵庫の中の悪臭が消えるという仕かけです。

 これと似たようなことができないか。つまり炭素を使った適切な構造を持つ電極で、金属リチウムが析出することなく、そのまま格納―放出されるような系を作れないか?

 こうした問いにブレークスルーを与えたのが、2000年ノーベル化学賞を得た白川英樹・筑波大学名誉教授の「導電性プラスチック」ポリアセチレンを陰極として利用できないか、という今回ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんの試みでした。

 無定形に炭素が並んだグラファイト(炭素電極)では、塩化銅などの電気分解同様、金属が析出してしまいます。

 しかし、ポリアセチレンのような導電性の構造を持つ炭素鎖があれば、リチウムを析出させることなく陰極に収納できる可能性がある。

 このような流れでポリアセチレン~グラファイト・インターカレーション電極を最初に実用化したのが、吉野彰さんの仕事にほかなりません。

 余談ですが筆者が物理学生だった1980年代東京大学理学部の物性科学研究の一大トピックスは有機導体とインターカレーションで、壽榮松宏仁さんというグラファイトインターカレーション物質の専門家がおられました。

 のちに理学部長なども務められますが、このどぎつい関西弁の先生に私たちはX線解析を習い、グラファイトインターカレーションについて「キムコってあるやろ? あれの気の利いたようなもんや」と教わった記憶でいま本稿を書いています。

 キムコ、つまりグラファイトと違ってどこが「気が利い」ているかと言えば、金属を析出せず、かつ充放電が可能な構造、のちのち炭素まわりのナノテクノロジーを開花させる原典となる基礎科学研究がここにあったことになるかと思います。

 専門家諸先生には、瑕疵がありましたらどうか編集部までご指摘いただけましたら幸いです。

プラス極の行方
ノーベル賞を超えた水島公一氏

 さて、いまマイナス極についてお話しましたが、電池が作動するにはプラスの方の極もきちんとしなければなりません。

 これに決定的な貢献をしたのが、多様な基礎物質科学に膨大な貢献がある英オックスフォード大学無機化学研究所のグッドイナフ研究室でした。

 決定的だったのはコバルトリチウムの発見です。

 この名称は実は誤っており、「コバルト酸」なるものがあるわけではなく、正確な組成はLiCoO2「酸化リチウムコバルト」つまりコバルトという金属が媒介して、リチウムをしっかり格納できる「インターカレーション電極」になる物質を見つけたわけです。

 実はその発見者は、グッドイナフ研究室で研究していた東京大学理学部物理学科の水島公一助手にほかなりません。この技術の確立は何人もの日本人の決定的な貢献が支えているのです。

 水島さんは理学部物理学科、同大学院に学ばれ、学園紛争で入試がなかった1969年物理学科助手に就任され、1977-79年にかけてオックスフォード大学グッドイナフ研に招聘されました。

 遷移金属化合物の新しい物性と可能性という非常に広範な基礎科学の観点から、ただ単に「酸化リチウムコバルト」一つを見つけるというのではなく、関連するインターカレーション電極物質全体の基礎物性に絶大な貢献を果たされました。

 グッドイナフ教授は当時すでに還暦に近い年齢(97歳でノーベル化学賞受賞)で、関連の基礎科学に莫大な貢献がある碩学のもとで、壮年の水島博士が網羅的なお仕事をされています。

 これは率直に記し、また関係者もみなお認めになると思いますが、今回ノーベル化学賞を受けられた吉野さんは京都大学工学系研究科、化学工学の修士を出て旭化成に入社され、現場での膨大な試行錯誤を含む努力の結果、実際に動くシステムを企業の立場で、チームの協力のもと完成された担当者~責任者と思います。

 当時30歳を回ったところで、それは立派なお仕事です。

 しかし、水島公一さんがグッドイナフ教授のもとで取り組まれたのは、すでに40歳近い年齢、つまり博士を取得して10年近くプロとして経験を積んだ脂の乗り切った「個人の仕事」の成果で、かつ関連の物質探求、物質開発に莫大な可能性を開きました。

 ノーベル賞を超える科学者は結構な頻度で登場されますが、水島公一博士はその一人と思います。

 今から11年前、世の中では小林・益川(小林誠、益川敏英)両氏のノーベル物理学賞受賞をお祭り騒ぎで祝いました。

 その当時、私が最初に書いたノーベル賞解説は、小林・益川の仕事は重要だけれど、三田一郎先生の決定的な貢献がなければ絶対に実験検証されることはなかったというものでした。

 ノーベル賞受賞は逸されたけれど、三田先生のお仕事は毎年出るようなノーベル賞を超えた人類への偉大な貢献で、もし日本人がどうのというお祭りをしたいなら、そういう日本人、三田一郎博士の貢献をこそ祝うべきだと書いた記憶があります。

 今回のノーベル化学賞も同様であって、本当に役に立つ直接の貢献を網羅的な「完全なるプロの科学者」として成し遂げられたのは、水島公一先生、日本人物理学者にほかなりません。

 そういう人が生まれ、また育った、基礎科学を大切にする日本の研究教育土壌をこそ重視すべきだと思います。またそれを、守り育てていかねばなりません。

 水島先生の貢献で可能となった酸化リチウムコバルトを陽極に利用し、また炭素化合物を陰極に配置してシステムインテグレーションしたのが吉野さんであって、むしろ吉野さんは研究上は下流、開発の最前線で努力された。

 今回のノーベル化学賞は、その3人という人数制限のため、荒っぽく言えば

リチウムを利用した2次電池そのものの原点から:ウィッティンガム

●陽極側物質の開発とその源流に当たる基礎科学確立から:グッドイナフ

●陰極側物質の開発とシステムインテグレーションから:吉野

 の3氏が代表として選ばれているもので、水島公一博士の貢献はすでにノーベル賞を超えた領域にある、と正しく評価するべきと思います。

 再び記しますが、もし日本が本当に「誇る」ことができるものがあるとすれば、このような研究者を育て、物質科学の王道を築き上げてきた堆積そのものです。

ノーベル賞残念」などというマスコミの記事は、有害無益なものに過ぎません。

 長く残る価値とは仕事そのものであって、一過性の褒賞などではない。そんなものは毎年いくらでも出せる人為の技であって、サイエンスの本質は、自然に問いかけ、そこからどれだけ大きなものが得られるかにかかっています。

 物故者でいえばヨーゼフ・フォン・ノイマンクロードシャノンアラン・チューリング、あるいは古いですがオリヴァー・ヘヴィサイドニコラテスラ・・・。

 全く別の理由ですが社会科学に転向したマイケル・ポランニー(ポランニーはユージン・ウィグナーの指導教官でウィグナーやその義弟にあたるポール・ディラックなど、ど真ん中の物理屋諸氏後年の哲学への傾倒には明らかにポランニーの影響が見て取れます)、

 まるで対照的に見えて実はこの件と関連の深い、いまだ存命のフリーマン・ダイソン、あるいはアジア人女性であることでノーベル物理学賞を受けることがなかった呉健雄<ドクター・マダム・ウー>などなどなど。

 ノーベル賞を超えた科学者こそが、本当の意味でサイエンスを支えているのです。

 すでに毎年出るようなノーベル賞をとっくに超えたものとして、誰もが認める絶大な業績を残したこうした水準の業績と、それを生み出した地盤をこそを大切に考えるべきです。

 オフィシャルな宴会などはストックホルムがほっといてもやるでしょうから、どうでもよいと思います。

 三田一郎先生がその域にあることは、日本のまともな物理人で否定する人は誰もいないと思います。

 今回、水島公一博士は明らかにその領域に踏み込まれたと思います。具体的に言うなら、例えば国は、文化勲章以上のものをもって水島先生を遇するのがあるべき見識と思います。

 水島公一博士のご業績を何よりも多として、若い世代の物質科学への本質的な興味を期待したいと思います。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  原発「爆発」から考えるリチウムイオン2次電池

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ノーベル化学賞を受賞したジョン・グッドイナフ米テキサス大学教授(写真:AP/アフロ)