(舛添 要一:国際政治学者)

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 イギリスでは、EUからの離脱(Brexit)をめぐって、ジョンソン首相と議会との綱引きが終わらず、先行きの見えない状況が続いている。

 10月中旬以降の動きについて振り返ってみると、17日にジョンソン首相はEU側と離脱案について合意している。北アイルランドイギリスの関税を適用する、つまりEUの関税同盟から完全に抜けるという内容で、これはアイルランドの国境問題解決まで関税同盟にとどまるとしたメイ前首相案よりは、離脱方針をさらに進めたものとなっている。ただ、北アイルランド国境の通関手続きの煩雑さは回避する内容となっている。

 ジョンソン首相は、19日にこの案を採決して一気にBrexitを実現しようとしたが、保守党を去ったレトウィン議員ら超党派の議員が、合意内容が国内法として整備されるまでは,議会は承認を決めないという動議を緊急上程した。この動議は、322対306で可決された。

 離脱協定案が10月19日までに下院で承認されない場合、政府は離脱期限を来年の1月31日まで延期するようEUに要請することが、離脱延期法(9月に成立)で義務づけられている。そこで、イギリス政府は、EUのトゥスク大統領に延期を要請したのである。しかし、ジョンソン首相は「離脱延期は双方の利益を損なう」とする個人的書簡も送っている。前者に署名はなく、後者にはあるのも変則的であった。

 19日の動議を受けて英政府は、24日の期限までに議会の承認を得るべく、大急ぎで法案を整備した。22日の下院では、関連法案の骨格については、329299の賛成多数で承認された。政府案が了承されるのは初めてであり、そのことは評価してよいであろう。与野党を問わず、「合意なき離脱」を危惧する議員が多く、30票もの差で承認されたのである。

 しかし、審議日程に関する動議については、重要法案をわずか3日間の審議で採決するのは困難だとして、305対322で否決された。この結果を受けて、ジョンソン首相は、関連法案の審議を中断した。

トランプとジョンソン、馬が合う理由

 EUがどのような対応をとるのかが注目される。トゥスク大統領は、イギリスの延期要請を受け入れるように加盟国に勧告したが、各国の対応は様々である。フランスはこれ以上の延期を嫌っており、ドイツは2〜3週間の延期なら容認することを明らかにしている。もし、三度目の延期が拒否されれば、その時点で「合意なき離脱」となる。

 延期が認められた場合でも、下院の審議次第で合意内容が変更される可能性は残る。24日、ジョンソン首相は、議会に対して、総選挙の前倒しを求める動議を28日に提出すると明言した。11月6日下院を解散し、EUによって1月末までの延期が認められれば、12月12日総選挙を行うという。

 ただ、解散総選挙には下院定数の3分の2の賛成が必要であり、そのためには野党の賛成が必要である。ジョンソン首相が労働党のコービン党首と解散総選挙について同意できるかどうかがポイントである。

 解散総選挙によって保守党の単独過半数を勝ち取り、自らがまとめた離脱協定案を承認させるというのがジョンソン首相の戦略である。

 ジョンソン首相としては、何が何でも10月末までにEUから離脱すると公約していたのであるが、その公約が実現できなかったこと自体が大きな失敗と言わざるをえない。

 今後の展開はまだ、不明であるが、EUとしては、イギリスの決められない国会に付き合わされてきて、「イギリス疲れ」が起こっている。世界の企業もそうであり、イギリスから撤退する企業も続出している。

 イギリスが、「いいとこ取り」をして、Brexitの代償を払わずに済むことは世界が許さない。EUの単一市場から離脱しても、個別に各国と自由貿易協定を結べば実害はないと考えるのは、TPPから離脱したトランプ大統領と同じ発想である。

 自由貿易グローバル化とは、ヒト、モノ、カネ、情報が自由に国境を越えることを意味する。保護主義はモノやカネの流通を阻害し、移民排斥はヒトの移動を阻害する。

 23日、ロンドン郊外でトラックのコンテナから39人の遺体が発見された。このトラックはブルガリアを出発しており、不法移民の疑いがある。北アイルランドの25歳の運転者が逮捕された。

 東西冷戦が終わり、東欧諸国がEUに加盟すると、東欧諸国から英国への移民が急増し、英国人の職を奪っていった。現在のイギリス移民のトップはポーランド人である。

 このような状況が、イギリスのEU離脱論の背景にある。EUから離脱すれば、東欧のEU加盟国からの移民を締め出せるというわけである。しかし、これは都合の悪い分野はグローバリズムを認めないという自国中心主義の主張である。これもトランプと同じであり、英米首脳の馬が合う理由である。

EU離脱で加速するイギリスの凋落

 Brexit実現後の三つの問題を指摘しておきたい。

 第一は経済である。もし「合意なき離脱」となれば、IMFの見積もりでは、イギリスのGDPは3.5%、EUは0.5%低下する。

 一定の合意の下でBrexitが実現しても、イギリス経済が今以上に繁栄するのは容易ではあるまい。パリでは、イギリスから脱出する企業の進出で、不動産価格や賃貸料が高騰し、フランス人は悲鳴を上げている。

 ロンドンのザ・シティー(The City)が世界の金融の中心地として栄えたのは、世界中の最新情報が集中するからである。「そこにいれば世界が見える」という国際的地位が失われれば、7つの海を支配した大英帝国以来の遺産が維持できるかどうかは不明である。

 第二に、イギリスとヨーロッパ大陸との関係である。近代の戦争は、普仏戦争、第一次世界大戦第二次世界大戦と、フランスドイツの戦争であった。イギリスは、一歩高い立場から、欧州諸国の調整者として振る舞ってきた。第二次大戦後、二度と戦争のない世界を作るために欧州統合が行われたが、その共同体から離脱したイギリスが、昔日のバランサーとしての役割を果たすことは不可能である。

 その意味でも、イギリスの影響力の凋落は免れない。

「連合王国」から分離・独立の動きも

 第三に、イギリス国家の一体性までもが問われることになる。

 日本で開催されているラグビーW杯には、本場のイギリスからイングランド、ウエールズ、スコットランド、またアイルランドも参加している。イギリスイングランドスコットランド、ウエールズ、北アイルランドからなる連合王国であるが、2014年9月18日にはスコットランドの独立を問う住民投票が行われた。この住民投票では独立が否定されたが、スコットランドはEU残留が多数派であり、独立への動きが再活性化する可能性がある。

 また、北アイルランがイギリスから離脱し、アイルランド統一ということも想定されないわけではない。まさに、連合王国そのものの存立すら危うくなるかもしれないのである。

 以上のように、期待よりも危惧のほうが大きいBrexitであり、イギリスにとっては大きな試練が待っている。国民投票という直接民主主義の下した結論が、国家の繁栄を阻害するとすれば、民主制そのものに対する懐疑の念は深まらざるをえない。

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