「自分に自信が持てません」

成功体験って、人生にはある程度必要なものかもしれない。頑張って何か結果を手にしたらシンプルに嬉しいし、自分に自信もつく。ただ自信を持つには、いくつかの成功を収める必要がある。少なくとも僕はそう思っている。(文:松本ミゾレ)

先日、キャリコネニュース編集部に30代の男性からある悩みについての投稿があった。こちらでその内容文を紹介したい。つらい日々を送っていそうな文言である。

「自分に自信が持てません 原因はいままで成功体験が少ないからです。馬鹿にされたりする経験がありトラウマになっています。相談しても精神論ばかりで解決法になっていません。もっと幸せな人生を送れるように努力していますが上手くいかず負のスパイラルです」

「あなたの努力はいつか必ず報われる」みたいなことを言う奴は100%綺麗事

成功体験が自分の自信に直結するとは冒頭で書いたとおりだけど、この男性の場合は成功体験が乏しいことで、自信を喪失している様子だ。これまでにも誰かにこの手の悩みを相談したようだが、精神論や根性論で諭されてスッキリもしていない。

これは個人的にも思い当たるところで、「あなたの努力はいつか必ず報われる」とか「その努力、誰かがきっと見てる。あとは根性だよ」みたいなことを言う奴は100%綺麗事しか言ってない。

世の中、誰であっても自分が一番可愛い。そして多くの人々は、他人の苦悩には耳障りのよろしい定型文でごまかそうとする。この男性も、そういう定型文に辟易しているのではないだろうか。

その上で言いたいんだけど、この相談の無意味さに、この方だってさすがに気づいているんじゃないだろうか? なんたって精神論ばかり押し出されて解決に至ってないと書いてある。

もっと自分が達成しやすい成功体験を設定して、自分を甘やかしたほうがい

他人に相談したってしょせんこの程度。全く参考にならんのだ。なのにどうして、彼はまた顔も知らない他人に相談をするのだろうか。ちょっと書き口が悪くなるんだけど、この方は本当にこれまで、成功体験をどん欲に求めたことがあるのだろうか。ちょっと疑問である。

成功体験を持たない人間は少なくない。そしてそういう人たちは、自分が成功できないのは「努力をしていないからだ」といずれ認識する。あるいは努力の方向性が違うことを自覚していくものだ。

そもそも、"成功体験"という概念自体が本来あやふやで、自分でいくらでも目前にゴールを設定できる。毎朝ちゃんと起きれるかどうか、毎月しっかり貯蓄できるか、など。こういう些細なものでも、立派な成功体験なのである。

女にモテたいとか、立派な肩書が欲しいとか、そういう成功体験を欲するなら、さすがに相当な努力が必須となる。だけど些細な成功体験は日常に山ほどある。「成功体験が少ない」と嘆くことによって目先が見えなくなり、目の前のちょっとした成功をこの方は逃しまくっているんじゃないだろうか。

もっと自分が達成しやすい成功体験を設定して、自分を甘やかしたほうがいい。この相談者の男性以外にもそう言いたい。他人が聞けば失笑するレベルの成功でもいいから、まずはその体験を積み重ねるべきだ。どうせ他人はあくまで他人なんだし。

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