台風19号による大雨で、茨城県などを流れる那珂川が10月13日に氾濫しましたが、国土交通省関東地方整備局は、氾濫を知らせる「氾濫発生情報」を出していませんでした。理由について同省調査官は、同じく茨城県などを流れる久慈川でも氾濫が起きていたとして「現場が混乱していた」と釈明しています。

 行政がこうした災害情報を事前に発信しなかったことで被害を受けた場合、国や自治体に損害賠償を請求することはできるのでしょうか。グラディアトル法律事務所の井上圭章弁護士に聞きました。

国家賠償法」の規定とは?

Q.「氾濫発生情報」が出ていないということで避難しなかった人がその後、住宅の浸水被害などに遭い、死亡やけがをした場合、国や自治体は責任を問われることはあるのでしょうか。

井上さん「国や自治体が責任を問われる事例としては、公務員の違法行為によって損害が生じた場合や、公共施設の設置・管理に問題があったことによって損害が生じた場合が考えられます。これは『国家賠償法』という法律で規定されています。

例えば、市立中学校の教師が水泳の授業中、危険な飛び込み方法だと分かっていながら十分な指導をすることなく、生徒に飛び込みをさせたことでけがをさせた場合や、国道に穴が開いており、通過する自動車がその穴に転落するなどの事故が起きる可能性が明らかだったのに、道路管理者が放置して事故が起きた場合などが対象です。

今回は国の事例ですが、このように、国や自治体が『氾濫発生情報』を出さなかったために住宅が浸水し、住人がお亡くなりになったりけがをされたりした場合、国や自治体が損害賠償責任を問われる可能性があります。

ただし、直ちに責任を問われるわけではありません。先述のように、公務員に違法行為があったり公共施設の設置や管理に問題があったりしたことが必要となります。今回の事例は『氾濫発生情報』を出さなかったことが『違法』といえるものなのかどうかで、責任を問えるかどうか変わってきます。

例えば、被害が命や身体の安全、健康に関するもので、『氾濫発生情報』を出さなければ住宅が浸水し、住人の命や身体に危険が生じることが予見でき、反対に『氾濫発生情報』を出しさえすれば、その住人を助けることが簡単にできたといえるケースです。

また、国や自治体が適切に『氾濫発生情報』を出し、住人に避難の呼びかけなどをすることを住人側が国や自治体に期待し、そうすると信頼していたといえるような場合、国や自治体が『氾濫発生情報』を出すなどの措置を取らなかったことが違法と判断され、責任を問えると考えられます。なお、国や自治体が住民からの賠償請求に応じなければならないかは、最終的には裁判所の判断に委ねられるでしょう」

Q.台風などの災害時、自治体は警戒レベルを発表しています。例えば、本来であれば「全員避難」(レベル4)と情報を出すべき状況でも情報を出さない、あるいは、情報を出すのに大幅な時間がかかったなど、ミスにより被害が拡大した場合、自治体側は責任を問われるのでしょうか。

井上さん「自治体が情報を出す義務があるにもかかわらず、それを怠った、あるいは情報を出す時間がかかったことが『違法』といえる場合、生じた損害について自治体側が責任を問われる可能性があります。

ただ、自然災害に関するものですので、自然災害や警戒情報などについて判断する人の専門的な判断がより尊重されることになります。そのため、結果的に情報を出すべきであったのに出さなかったり、時間がかかったりしたとしても、直ちに違法とはいえないでしょう」

Q.話は変わりますが、台風19号上陸の際、自治体で指定された避難所に行ったところ、定員がいっぱいで別の避難所に行くよう指示されたケースもあったようです。別の避難所へ移動中に災害に巻き込まれた場合、自治体が賠償を請求される可能性はありますか。

井上さん「自治体の指示が違法といえ、それにより損害が生じた場合、自治体にその賠償を求めることができる可能性があります。別の避難場所へ移動すると命の危険があることが明らかであるにもかかわらず、別の避難所に行くよう指示を出したような場合、その指示に従ったことによって生じた損害について賠償を国や自治体に求めることができると考えられます。

なお、国や自治体のホームページなどで事前に避難所が定員オーバーであることを伝えていた場合、国や自治体は、避難所の安全や非難した人の安全を確保するために適正な措置を取っていたと考えることができるので、別の避難所へ行くよう指示することは違法とまではいえないでしょう」

Q.災害時の国、自治体の対応に不備があった場合の、刑事責任や損害賠償に関する事例、判例はありますか。

井上さん「1974年の豪雨によって多摩川が増水し、家屋などが流されたため、被災者が国を相手取り損害賠償請求をした事例があります。国に多摩川の護岸工事に問題があったとして、一部損害賠償請求が認められました(1992年12月17日東京高等裁判所(差し戻し審))」

オトナンサー編集部

那珂川の氾濫発生情報を出さなかったことについて国交相が謝罪(2019年10月、時事)