『悪人』『怒り』などで知られる吉田修一の短編小説集「犯罪小説集」を原作に、『ヘヴンズ ストーリー』『64-ロクヨン- 』などで知られる瀬々敬久監督が映画化した『楽園』が現在公開中だ。

【写真を見る】「楽園」は12年前の失踪事件を軸に綾野剛、杉咲花、佐藤浩市演じる3人のキャラクターの運命を描く

本作では12年前に起こった少女失踪事件で容疑者として疑われる青年を綾野剛、事件により心に傷を負った少女を杉咲花限界集落で暮らす男を佐藤浩市が演じる。今回、脚本も務めた瀬々敬久監督にお話を伺った。

「犯罪小説集」の「青田Y字路(あおたのわいじろ)」「万屋善次郎(よろずやぜんじろう)」という2種類の短編を合わせることにより完成した今回の『楽園』。そのなかでも杉咲花演じる紡というキャラクターに象徴的な意味を持たせたかったと瀬々監督は語る。

紡は12年前に消息を絶った親友の愛華と直前まで一緒だった少女で、失踪後は心に傷を負い、それを抱えたまま生きる姿を杉咲が演じる。

原作では描かれていない事件後の紡の姿を瀬々監督は「この原作を映像化する際に“生き残った人”の話が多いと思ったんです」と話す。柄本明演じる愛華の祖父、佐藤浩市演じる妻に先立たれ田舎に帰ってくる善次郎、母親から見捨てられたと感じてしまう綾野剛演じる豪志を挙げて、そういう人々の喪失感を描きたいのだという。

瀬々監督は「最後はそういう人の立ち直る話にしたいと思ったところ、その象徴を12年前Y字路で別れて生き残った紡にしようと思いました」と話す。紡を演じた杉咲について瀬々監督は「線が細いんだけれども、どこか芯の強い一面が見えた」と語り、出演を依頼したのだと言う。

また綾野剛に関しては「昔から知っているが売れっ子の今でもインディーズ魂を忘れない人」と評価。綾野演じる豪志は12年前の事件の容疑者として村の人間から追い詰められていくという役柄となっている。

また、限界集落に住む佐藤浩市演じる善次郎もある出来事により段々と村から孤立を深めていくという人物を好演し、役者同士の演技にも目が離せない。瀬々監督作品の常連の佐藤に対しては「毎作こちらの予想を超えてくる」と話し、役者との信頼関係も完璧。劇中、善次郎が無念のあまり“土を食べる”シーンでも佐藤の提案で撮影が行われた。瀬々監督は「佐藤さんは映画として“魅せる”技術を持っているだけでなく、それ以上に想いを大切にしている方です。そこが佐藤さんの魅力で、あらかじめ台本を読んで緻密に考えていらっしゃるのだけれども、現場ではそれを超えようとするものを発見しようとする」と毎作ごとにその芝居に臨む姿勢に驚きと嬉しさがあると語る。

役者以外にも存在感のある田園の風景や、事件の現場となるY字路が登場する本作。瀬々監督は「ロケーションにはこだわりました」と話し、Y字路を探すのに3か月の期間を要したのだという。「Y字路なんて検索しても出てこないわけですから、GoogleマップY字路になっているところを見て実際に足を運んでみる。その繰り返しでした」と言い、おかげで田舎で起こる惨劇の空気感など象徴的なものになったのだという。

そんな田舎の限界集落で起こる現実とも向き合わなければならない本作。大分県出身で59歳の瀬々監督自身も切実に感じている問題なのだと言い「僕の地元の地域でも全校の生徒数が⒛人に満たないところもあるようで、そういったところが日本中にあるんですね。そういう悲しさ、侘しさも感じながらも生きなければならないと思うんです」と語る。そういったなか本作で描かれているような生まれ育った場所が消える寂しさと向き合いつつ生きていかないといけない現状をどこか『楽園』的な世界観と称する。

瀬々監督はその『楽園』というタイトルがなかなか出てこなかったと振り返る。「台本も完成して、俳優も決まったのにギリギリまで決まらなくて」。

「犯罪を犯す人もより良い社会にしたいと思ったはずなのにどこかでボタンを掛け違いで大変なことになってしまう。周りの人もより良きものにしたいと思っていたのにふとしたところで人を追い詰めてしまう。そういった連鎖がいまの社会にあるのでは」と皮肉めいた形で名付けたのだと話した。

また、犯罪映画を描くにあたって調べても犯人の人物像になかなか辿り着けないと語る瀬々監督。「犯罪者と言っても事件を起こす前は我々と変わらない普通の人なんです、それが、事件化すると初めてみんなが注目し、異質なものとして社会的な人間になる。その時に起こる化学反応に興味があるんです」と今作では犯罪に巻き込まれた周りの人物に焦点を当てているのだと言う。

瀬々監督の代表作として挙げられる『ヘヴンズ ストーリー』。2010年公開のこの映画と今回の『楽園』を比較して瀬々監督は時代の明らかな変化を感じるのだという。

「『ヘヴンズ ストーリー』を製作した10年前は自分の近しい人がいつ犯罪を犯したり、被害者になるかもしれないという“事件の当事者性”の時代だと思うんです。でもここ最近はSNSの時代になってどこか不寛容の時代なってしまった感じがするんです」と言う。「“犯罪を犯すのは我々と違うんだ”、“犯罪を犯すなんて人は信じられない”と自分から簡単にパージしてしまう。国と国同士も自国の利益優先でナショナリズムにより傾いてしまっているような感覚があるんです。

今回原作の吉田修一さんもそういうところを上手くすくい取っていて犯罪にまつわる話を書かれている」と犯罪に対する人びとの関わり方の変化に注目してほしいという。「『ヘヴンズ ストーリー』は完全な自主映画で今回とは時代も作品規模も違います。ですが『楽園』はそういったインディーズ精神を引き継いで共存できた、奇跡のような作品だと思います」と語った。(関西ウォーカー・桜井賢太郎)

『楽園』の瀬々敬久監督にインタビュー