弓道男子団体で、インターハイ初優勝を果たした岡山県立岡山工業高校。「必ずしも強いチームが勝てるわけではない」という弓道で、“負けない試合”に徹した彼らの強さはどのように磨かれてきたのでしょうか。主将の奥沢航くん(3年)と、顧問の仲西寿夫先生にお話を伺いました。

負けない試合を重ね、優勝への道をひらいた

【選手インタビュー】

―― 優勝した感想をお聞かせください。

実は、優勝したことをいまだに実感できていないんです。弓道は礼を重んじる競技で、普段の練習でも大きな大会でも、感情を表には出しません。気持ち一つで矢にぶれが生じるので、練習のときから感情をコントロールできるように鍛錬しています。勝っても負けても、試合が終わったあとは相手選手と挨拶をして静かに控室に戻ります。優勝が決まったときも、喜びがあふれたということはありませんでした。


―― 優勝できた一番の要因は何だと思いますか?

「負けない試合」ができたことだと思います。自分たちは強いチームではありません。圧勝できることはほとんどありませんし、いつもギリギリで勝ってきました。だけど最後まで「絶対に負けない」と、一直線の感情を持ち続けて全力で戦いぬくことで、優勝することができたんです。

サッカーPK戦と似たルールを持つ”競射”まで持ち込んで勝つことも少なくありませんでしたが、競射になれば5人全員が当てられるくらいの実力をつけてきました。

”正射必中”を意識し、基礎練習を徹底

―― 一番苦しかった試合はありますか?

準決勝ですね。自分は一番手で弓を引いたのですが、準決勝で初めて外してしまったんです。続く二番手の選手も外したので、「悪い流れを作ったかもしれない」と苦しくなりました。ただ、三番手の選手が流れを断ち切ってくれたので、そこから決勝まではいい流れで戦えたと思います。


―― 勝利のために一番努力したことは何ですか?

基礎基本の練習を徹底してきました。岡山県には中学校で弓道を経験している選手が少なく、自分も含め、多くの選手が高校から始めています。だから部の練習では特に、基礎を大切にしているんです。

的を射る練習は極力少なくして、「素引き」で筋力をつけることや、きれいな形を作ることを重視してきました。ずっと的に向けて弓を引いていると、試合でも的に当てることばかり考えるようになってしまいます。“正射必中(正しい射は必ず当たる)”を意識し、技術面だけでなく形の美しさを徹底しました。


―― 今回のインターハイ全体に対する感想を教えてください。

今回は公式練習が台風の影響で中止になってしまい、試合会場に慣れる余裕もなく本番を迎えました。練習会場でも的中率が上がらず、自分たちの射ができずにいたんです。

けれど試合が終わるたびに、控室に戻って射の講評やたわいもない話をして気持ちを切り替え、一歩外に出たら集中するというルーチンを自分たちで作りました。どんな場所でも気持ちを切り替えられたことが、勝ちにつながったと感じています。

生徒の自主性を重視し、本番に強い選手を育てた

【仲西寿夫先生インタビュー】

―― 優勝後、選手にどのような言葉をかけられましたか?

非常に大きなプレッシャーと緊張感の中で戦ってきたので、「よくやったな、お疲れ様」という安堵の言葉をかけたように思います。弓道は決められた所作以外の動きができませんので、優勝した瞬間も大きく喜びを表現することはなく、ただ目の前の試合をやりきったという思いでした。


―― 日頃の練習ではどのようなことに注意して指導されていましたか?

練習ではつねに、生徒の自主性を育てたいと思いながら指導しています。私自身は本校での顧問歴が10年目になり、活動の形態や基礎的なルーチンは出来上がってきました。

練習は生徒たちだけである程度進められるようになったので、私は生徒が練習と試合に集中できる環境を整えることに徹しています。自主性が育っていれば、本番のいざという場面でも冷静な気持ちを保てるのではないかと思いますね。


―― 一言で表現するなら、どのようなチームだと思われますか?

全国制覇しましたが、彼らは強いというより「負けないチーム」なんです。今回の試合では比較的先手を取っていけたのですが、押されても同点になっても、自然と負ける気はしませんでした。

見ているとそれが選手たちの表情にもあらわれていました。日ごろから練習熱心でしたし、自分に厳しく練習に取り組んだ結果だと思います。リーダーシップが強いキャプテンにみんながついていく、まとまりのいいチームでしたね。


―― 今後、優勝した経験をどのように生かしてほしいと思われますか?

弓道は相手がいるようでいない競技です。どこまでいっても自分が招いた結果を引き受けるしかありません。今回彼らは、苦しくても逃げずに自分と向き合ってきた結果、優勝を手にしました。社会に出ても自分と向き合いながら、さまざまな課題を乗り越えていってほしいと思います。



岡山工業高校の強さは、「自分たちは強くない」ことに真正面から向き合ったところにありました。危ない場面でも自分とチームメートを信じる気持ちを支えたのは、仲西先生が育てた自主性と、基礎を徹底した日ごろの練習。試合を振り返る奥沢選手のまなざしからは、信念の強さがうかがえました。


profile岡山県立岡山工業高等学校 弓道部
顧問 仲西寿夫先生
主将 奥沢航(3年)