「私、失敗しちゃった」
主演の松雪泰子が毎回こんな決めゼリフを口にするのが、先ごろNHKのドラマ10(総合テレビ金曜よる10時)で始まった「ミス・ジコチョー〜天才・天ノ教授の調査ファイル〜」だ。まるで「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」(この10月から新シリーズが始まっている)の天才外科医・大門(米倉涼子)の決めゼリフ私、失敗しないので」に当てつけるかのようである。ついでにいえば、「ミス・ジコチョー」の冒頭のナレーション「一切の偽りなく、忖度なく、見返りなし。すべてのしがらみとは無縁の第三者による真実の究明。それが事故調査委員会、ジコチョーの使命である」もまた、「ドクターX」の「群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけが彼女の武器だ」というおなじみのナレーションを思い起こさせる。

ただし、大門がフリーランスの外科医なのに対し、「ミス・ジコチョー」で松雪の演じる工学者・天ノ真奈子は、名門大学(東京第一大学)の工学部教授というれっきとした肩書きと社会的地位を持つ。真奈子の本業である新型カメラやロボットスーツの研究開発は、彼女が本気で取り組めさえすれば、企業からの多額の投資も望めた。しかし真奈子はむしろ、ほとんどカネにならない事故調査のほうにのめり込み、「失敗学」なる学問を提唱して、さまざまな失敗をめぐるデータ収集に余念がない。「ミス・ジコチョー」の「ミス」とは、単に女性の敬称というだけでなく、失敗のミスでもあるというわけだ。真奈子はまた身勝手な性格から「ジコチョー」ならぬ「ジコチュー」と周囲の人からひそかにあだ名されている。本作ではそんな彼女が毎回事故が起こるたび、助手の野津田燈(堀井新太)を従えながら、その究明にあたるさまが描かれる。

第1回、ガスボンベが空を飛んだ!?
真奈子が初めて顔を出したのは、この爆発事故の調査委員会の席上、勤務する大学の助手の野津田(堀井新太)が用意したタブレットの画面上だった。別の場所からビデオ通話で委員会に参加したわけだが、彼女がいたのはほかでもない、事故の起こった現場だった。

第1回で真奈子が調査にあたったのは、とある化学プラントのタンク爆発事故。嵐の夜、落雷によりプラントのある一帯が停電、プラントの非常用電源も落ちて、タンクの冷却装置が動かなくなる。このままではタンク内で化学反応が止まらず温度が上昇し、爆発してしまう。そこで最終手段として一酸化炭素を注入して反応を止め、温度を下げようとした。しかし温度は下がらず、急遽、水上(斎藤嘉樹)という従業員が雨のなか、一酸化炭素タンクに送る配管を確認するべく表に出る。爆発は、水上が現場に着いて上司の増渕(升毅)に電話で報告していたときに起こった。水上は事故で死亡したが、爆発の瞬間、「白い鳥が……」という謎のメッセージを残していた。

事故調査委員会は当初、水上が日頃からミスが多かったため、この事故も彼のミスが原因として処理しようとした。しかし真奈子はそれに疑問を覚え、調査を進める。そこで着目したのが、化学プラントに隣接する資材会社が扱う産業用ガスボンベだ。彼女は、倉庫に保管されていたガスボンベが強風にあおられて倒れ、バルブが破損、一気にガスを噴き出し、窓ガラスを突き破って外に飛び出すと、そのままタンクに衝突し、爆発を引き起こしたという仮説を立てた。従業員が「白い鳥」と言ったのは、ボンベが飛び出す際、倉庫内に干してあった作業服を引っかけて飛んで行ったからではないか。

真奈子はこの仮説を立証するべく、事故発生時の状況を可能なかぎり再現して、台風が上陸した南の島(テロップでもそのまま「南の島」と出ていた。おおざっぱすぎる!)でガスボンベを飛ばす実験を繰り返す(そこにそろったのはノーベル賞級の学者ばかりで、同行した野津田を驚愕させる)。しかし倉庫から事故の起こったタンクまでの距離は320メートルあるのに、実験でボンベを飛ばしてみるとせいぜい100〜200メートルぐらいしか飛ばない。実験は失敗に終わり、帰国の途に就こうとしたとき、真奈子は野津田がうっかり発した言葉から自分の仮説の誤りに気づく。そこで出たのが、例の「私、失敗しちゃった」というセリフだ。

ボンベが衝突したのは、タンクではなく一酸化炭素を送る配管だったのだ。ボンベとの衝突により配管が破損し、もともと冷却系を失って爆発寸前だったタンクは、最後の手段だった一酸化炭素が行かなくなったために爆発したのだ。倉庫から配管までは実験で出たとおり100メートルもあれば届くうえ、現場からは資材会社のボンベのものと思しき破片も見つかり、ほぼ立証される。

第2回、食中毒の原因はどこに?
第2回で調査対象となるのは、ある中学で起こった食中毒事件。事故調査委員会では、給食を扱う食品会社の仕入れ部長の片山(宅間孝行)が、食中毒の原因は、給食に使われていた高級ブランドハムに付着した黄色ブドウ球菌による可能性が高いと説明。だが、保存されたハムのサンプルや発症した生徒の便からは黄色ブドウ球菌は採取されなかった。また、食品会社の給食センターを視察してみたところ、工場長の江島(嶋田久作)の指導のもと徹底した衛生管理がなされ、とても食中毒など起きそうにない。

その後、真奈子が食中毒を引き起こしたハムを再検査してもらったところ、エンテロトキシンという毒素が検出された。エンテロトキシンは黄色ブドウ球菌がある一定量増えたときにつくられる毒素だ。黄色ブドウ球菌は熱に弱く、加熱処理すれば死滅するのに対し、エンテロトキシンは一度つくられるといくら加熱処理しても消えない。ここから真奈子は、問題のハムは給食センターに運び込まれ、加熱処理される前からすでにエンテロトキシンが付着していたと仮説を立てる。

仮説を立証するため、真奈子は野津田をともない、ハムの流通ルートをさかのぼってみる。ハム工房までさかのぼったものの決め手は見つからなかった。だが、ハム工房の会長(苅谷俊介)から取引記録を見せてもらうと、真奈子はこれまでの調査を省みた末に何かひらめいた。ここでまた「私、失敗しちゃった」のセリフが飛び出す。

真奈子と野津田は、再び食品会社を訪ねると、そこでは片山がほかの社員とともに、別の産地から仕入れた安いハムを、高級ブランドのラベルに貼り換えて偽装工作を行なっていた。真奈子は、ハム工房の取引記録では給食センターに納入されたハムが実際に必要な数の半分しかなかったのを不審に思い、食品会社を再訪したのだ。偽装工作に加え、食中毒が起こるのと前後して、ハムを保管する冷蔵庫が故障していたこともあきらかになる。ハムは偽装工作の際に素手で扱われていたうえ、冷蔵庫の故障で庫内の温度が室温と同じぐらいに上昇したため、黄色ブドウ球菌が付着。加熱処理してブドウ球菌は死滅したが、エンテロトキシンは残り、食中毒を引き起こしたのだった。

事故の根本的な原因は個人ではなくシステムにこそある
真奈子は事故原因を突き止めても、個人の責任を問うことには興味がない。化学プラントの爆発事故では、資材会社の社長(マキタスポーツ)が、ボンベの管理ミスの責任を社員たちに問おうとしたところ、真奈子は、管理ミスの裏には過重労働による社員の慢性的な疲労傾向があるとして、むしろ会社側の責任を指摘してみせた。この事故ではまた、事故以前より化学プラントの非常用電源には異常が見つかっていたにもかかわらず、本社から低下した収益の挽回を命じられていたため、点検・修理を先延ばししていたことが、最後の最後であかるみになる。

第2回の食中毒事件でも、真奈子はハムの産地偽装には関心を示さず、むしろ社員をそんな行為に走らせた、社長の木船(友川かずき)による無茶なコスト削減やリストラ策に原因があると指摘した。木船に向かって彼女が発した「安全をおろそかにしてコストを追求した会社に、未来はありません」というセリフが心に響く。

天才学者が周囲の者を振り回しながらも事件を解決するというパターンは、このドラマ以前より、福山雅治主演の「ガリレオ」など多くのドラマで踏襲されてきた。その点で「ミス・ジコチョー」に新味はさほどない。だが、「失敗学」という一般的にはまだあまりなじみのない学問をとりあげ、多くの事故の根本的原因は、個人ではなく組織や社会のシステムにこそあるとの示唆しているところには、このドラマがいまつくられる意義を感じる。

ちなみに「失敗学」とは、東京大学工学部の教授だった畑村洋太郎らが、生産装置の設計を学生や企業の若手に教えるなかで、失敗事例を用いたのを発端に生まれたものだ。やがて畑村を中心に、機械設計者が実際に経験した失敗事例や、機械設計者が知っておくべき重大事故を収集して本にまとめたところ、評論家の立花隆が「東大で『失敗学』をやっている」とテレビで紹介、これが「失敗学」の始まりになったという(中尾政之『失敗は予測できる』光文社新書)。畑村は東大退官後の2000年に『失敗学のすすめ』を著し、話題を呼んだ。今回のドラマでも失敗学の監修を務めている。

母とのわだかまりは解けるのか
ところで第1話では、真奈子が人類最大の失敗を阻止したいとの思いから、タイムマシン開発に乗り出した過去があきらかにされていた。野津田は真奈子の机のまわりを片づけるなかで、彼女のメモに「1979年3月28日1986年4月26日2011年3月11日」と3つの日付が記されているのを見つける。人類最大の失敗と何か関係あるのかと思った野津田は、調べてみたところ、最初の日付からスリーマイル島、次の日付はチェルノブイリという地名を導き出す。いずれも原発事故のあった場所だ。となると最後の日付は、福島第一原発事故の発生日ということになるだろう。そういえば、この回で描かれた化学プラントの事故は、予備電源の喪失が引き金となった事故という点で、福島原発の事故と共通する。

第2話では、真奈子と同じく優秀な工学者である母・南雲喜里子(余貴美子)が登場した。真奈子は、本業のロボットカー研究への協力をあおぐべく、秘書の志保(須藤理彩)に尻を叩かれて国立工学創造センター長の座にある喜里子と面会するのだが、結局、決裂してしまう。このとき、喜里子は娘の才能を惜しんで、事故調査などやめて研究に集中するよう忠告するのだが、もちろん真奈子は聞く耳を持たない。そもそも喜里子は研究のため、真奈子を生んですぐ離婚しており、母子のあいだにはいまなおわだかまりが残っていた。

果たして今後、真奈子が母と和解する日は来るのか。そしてタイムマシンの夢は、いかにして事故調査と結びついていくのか。今夜放送の第3話以降も展開が気になるところだ。(近藤正高)

畑村洋太郎が失敗から学ぶことを説いた『失敗学のすすめ』(講談社文庫)。畑村は、ドラマ「ミス・ジコチョー〜天才・天ノ教授の調査ファイル〜」(NHK総合)で失敗学の監修を務める