―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―


その67 災害派遣の避難所の秩序と自衛隊の警察権

◆「避難所」における最低限のモラル

 台風19号は日本列島各地に記録的な豪雨を降らせました。調査の結果、71河川の128か所で決壊。16都県の延べ265河川で越水が確認されるなど、各地で甚大な被害をもたらしました。自衛隊は『令和元年台風19号に係る災害派遣』を行い、情報収集、救難活動の後、給水や入浴、炊き出しなど支援活動を行っています。

 日本では小中学校の体育館や使っていない教室などが避難所に充てられることが多いのですが、Twitterで今回の台風19号災害で避難所となった学校の部屋が「ペット同伴不可だったはずなのにペットの毛や糞尿まみれ」「使用済みおむつの放置」「学校の書類が漁られた」といった問題が赤裸々に伝えられていました。

 学校にはアレルギーのある子供たちもいるため、清掃後も、万が一にもアレルギー症状が出ないようにと窓を開け放って授業を行ったとのことです。被災者は心の余裕もないほど疲れ、傷ついていることでしょうが、最低限のモラルは守ってほしいものだと思います。

◆盗難、暴行、強姦も……修羅場と化す「避難所」も

 阪神淡路大震災の際に神戸市内で避難所生活を経験した兵庫県在住の友人がいます。彼女の話によると当時、避難所では断水のためトイレは使えないはずなのに、それでもトイレで大便をしようとした人が多かったため、使用禁止のトイレに大便がうず高く積み上がっていたようです。(仮設トイレが行き届くまでの話だそうですが、そのような状態を「原状回復」した人がいるわけです。その仕事の辛さは想像すればわかりますよね(涙)。

 さらに、避難所では盗難、強姦、暴行などの事件も起きましたが、一部のことで全国のボランティアの足を遠ざけることはできない(大半の避難所は人手不足のなかでギリギリの自治を保とうとしていた)、表沙汰にしてほしくないという暗黙の了解の下、大きく報じられることはありませんでした。

 避難所のお世話をする役所の職員が怒鳴られ、暴行まがいの行為を受ける場面もあったそうです。彼女が見たのは特殊なケースかもしれませんが、力の強い人たちがルールを無視して条件のいい教室を支配し、大騒ぎで酒盛りをするような弱肉強食の場は確かに存在したのです。避難所にはさまざまな人が集まり、警察権を持たない役所の人やボランティアがそのお世話をします。

「そんな修羅場を目にしたので、平和な日常があっという間に崩れ去ることの恐ろしさは身に沁みています。瓦礫の街で、自衛隊の迷彩服を見るたびに心からホッとしたものです。自衛隊は秩序正しく、頼もしく優しい存在でした」と彼女は言います。

 しかし、自衛官には「騒ぎを起こす人を取り締まる権限」はありません。「治安出動命令」が下命されていない場合、自衛隊は一般市民に対して治安維持のための「警察権に準じる活動」ですら行うことはできないのです。

 それを知った時は彼女もショックだったそうですが、それでも、自衛官がいるだけで間違いなくその場の雰囲気は変わる(安心感が違う)のだそうです。これも立派な抑止力ですよね。そう考えるしかありません。

◆「警察権」を持たない自衛隊員ができること

 自衛隊には警務隊という警察のような部隊があります。警務隊は自衛隊内で起きた犯罪捜査ができる限定された警察権を持っています。しかし、自衛隊員でない者を取り締まる権限はありません。

 例えば、オークションで自衛隊由来の弾薬などが出品されていた場合、警察に通報することになります。自衛隊が直接、捜査する権限がないからです。例えば、オークションで自衛隊由来の弾薬が出品された場合は真偽も含めて調査したいところですが、自衛隊内の犯罪かどうかわからない場合は着手できません。「自衛隊員が部隊のモノを盗んで出品した」と確証があれば警務隊も捜査できますが、オークションサイトの出品者が自衛官かどうかを捜査できる権限をもつのは警察官です。結局のところ、自衛隊の外で起こる問題は警察官が動かなければ何も始まらないのです。

◆米国の軍隊にある警察組織の例:NCIS

 米国の人気ドラマシリーズNCIS ~ネイビー犯罪捜査班』は海軍の警察の話でした。ドラマにある「NCIS」は実在します。現実のNCISは「法科学捜査」だけはやや誇張ぎみですが、コンピュータ捜査、ポリグラフ捜査、監視、追跡調査、証人保護も行うことができる歴とした連邦捜査官です。専用のパトカーだってあります。国を守るための「反テロリズム、テロ対策、大規模国際詐欺、コンピュータ犯罪と防諜活動」も管轄となっています。「軍の弾薬が持ち出されてオークションに出品されているらしい」いう事案があれば、直接、軍のなかにある「NCIS」が捜査することも可能です。せめてこの程度の警察権は必要だと思います。

◆“避難所トラブル”は警察も対処しにくい

 我が国では犯罪者の人権を擁護する風潮が高く、仮に捜査して空振りだった場合は警察官が告発される危険があります。「警察にネットでの誹謗中傷ネットストーカー犯罪を告発したのになかなか動いてくれない」と嘆く人がいます。インターネット上のトラブルは個人の特定が難しく、警察官ですら法律で動きが制限され、身動きが取れない行政機関の一つなのです。警察よりも法律上の縛りの強い自衛官はなおさらです。

 避難所でのトラブルも、明らかな犯罪行為であれば、警察に通報できます。しかし、犯罪と断じていいのか見極めにくいグレーゾーントラブルでは警察ですら動けません。災害時は警察も交通網も寸断され警備や誘導に追われて大忙しです。避難所に近いところにいる自衛隊が避難所で起こるトラブルに割って入れる権限があればと期待する人も多いでしょう。しかし、権限のない自衛官には無理です。権限と免責がなければ、民事トラブルに対処できません。やはり我が国の加害者優先の制度では強力な介入は難しいのかなと思います。

 私たちの生活を守るはずの警察や自衛隊を始めとする公務員の予算や権限や権力を削ぐことで、得をするのは誰でしょうか? 私たちは自分たちで自分たちの首を絞めているように思えてなりません。

 避難所が必要となるような非常時、また法や秩序の箍が外れた有事において、丸腰の私たちは自力で自分たちの身を守るしかない。そんな結論にため息が出ます。

小笠原理恵】
国防ジャーナリスト。関西外語大卒業後、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動を開始。2009年ブログキラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)」を開設し注目を集める。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰。自衛隊が抱えるさまざまな問題を国会に上げる地道な活動を行っている。月刊正論や月刊WiLL等のオピニオン誌にも寄稿。日刊SPA!の本連載で問題提起した基地内のトイレットペーパーの「自費負担問題」は国会でも取り上げられた。9月1日に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)を上梓

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―


陸上自衛隊Facebookより