皆さまは「慢性炎症」をご存じでしょうか。急速に悪化するものの速やかに治癒する急性炎症とは異なり、慢性炎症は弱く長く続きます。ところが、そのために、さまざまな害のある生理活性物質が持続的に生み出され、現代人の生活習慣病の原因となっています。これまで日本では、慢性炎症について重視されてきませんでした。

 一方、米国では15年前、慢性炎症の怖さが大きな話題になりました。今回は、歯科医師で米国抗加齢医学会認定医として活動している森永宏喜さんに、「口内の健康」について伺います。近著に「口腔内環境改善法 アンチエイジングは“口の中”から!」(ロングセラーズ)があります。

「秘密の殺し屋」とは誰のことか

 米国では、「TIME」という有名な雑誌が2004年2月23日号で「THE SECRET KILLER」(秘密の殺人者) という特集を組みました。表紙には、この文字が大きく躍り、副題には「炎症と心臓発作、がん、アルツハイマーやその他多くの病気との驚くべき関係。あなたは、それにどう立ち向かうか」とありました。

 ここでいう炎症というのは、小さな炎症、つまり、慢性炎症のことです。「TIME」は、米国社会にとって影響の大きい人物や事柄を掲載するオピニオンリーダー的な雑誌。その雑誌が慢性炎症の特集を組んだということは、米国の医学、歯学の世界では15年前に既に「これを何とかしないといけない」という問題意識があったということです。

「アメリカでは、医科と歯科の連携が非常に密になっていて、口の中の健康が全身に影響を及ぼすと考えている医師、歯科医が増えています。日本ではまだまだ、医科と歯科のつながりが十分とは言えません。歯科医仲間ですら、そこまで考えている人はまだ十分に多いとは言えない状態です。口の中がいかに大切かという認識をもっと広げていかないと、生活習慣病や認知症はますます増えていくと思われ、気がかりです」(森永さん)

「私は2015年12月にラスベガスで開催されたアメリカ・アンチエイジング医学会に参加しましたが、そこでは、多くの発表者が改めて『TIME』で特集された慢性炎症について取り上げていました。彼らは口をそろえて『心血管疾患の主要な中心的な原因』として歯周病を指摘していました。アメリカでは、心疾患がとても多いので何とかしようという動きがとても盛んなのです」

 では、日本ではどうなのでしょうか。森永さんによると、歯周病が全身の病気に関与していると考えている医科のドクターは少数派。こうした情報を、歯科医から発信していきたいと警鐘を鳴らします。

天皇陛下の執刀医も警告する「ロは災いの元」

 超一流の医師は、歯周病の怖さに気づいています。森永さんによると、その一人が、順天堂大学の天野篤教授です。天野教授は2013年、当時の天皇陛下(現上皇陛下)の冠動脈バイパス手術を執刀され、現在は順天堂大学付属順天堂医院長の職にあります。

「『第16回日本抗加齢医学会総会』(2016年6月)で招待講演をされ、天野先生のお話を直接伺うことができました。週刊新潮の連載『「佳く(よく)生きる」ための処方義』の第5回(2016年6月9日号)で、『口は災いの元』というエッセーを書かれています。その中に、こんな一文があります」

※以下は、天野さんのエッセーの引用

「厄介なことに、口腔内の細菌は血液中に入り込みやすい傾向があるようです(中略)こうした事態を防ごうと、心臓やがんの手術、抗がん剤による化学療法の前に、歯科医師のもとでロ腔内をきれいにする『周術期口腔ケア』が行われています」

「最近、注目されているのが『慢性炎症』です。たとえば、歯周病で歯茎に炎症があると (中略) その免疫の連鎖反応が血管内に飛び火します。その結果、起こるのが動脈硬化の悪化(中略)実際、歯周病の人は心筋梗塞になるリスクが高いという報告もあるほどです」

「まさにそのとおり!」と、森永さんはうれしくなったそうです。天野教授のエッセーは次のように結ばれていました。「まさに口は病の元。下手をすると命取りになりますから、くれぐれもご用心を」。

口の中から始める健康法

 森永さんは「高齢化が進む中、歯科から生活習慣病を改善させていこう」と決意しますが、どこから手をつければいいか分かりません。情報を集める中で「アンチエイジング(抗加齢) 医学」に出会います。日本抗加齢医学会に入会、専門医の資格を取りました。

 さらに、よりコアな知識を得ようと、世界最大で最も歴史のある米国アンチエイジング医学会(A4M)の研修を受け、日本の歯科医としては初めての認定医となりました。頑張って認定医の資格を取得したことが、歯科医人生にとってまさに転機となったといいます。

 たかが口の中と思わないでください。健康の鍵は口の中にあると認識を改めてください。まったく新しい健康観なので戸惑われる方もいるかもしれませんが、口の中から始める健康法をぜひ実践してみませんか。

コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員 尾藤克之

「口内の健康」が健康な生活につながる?