約1カ月半にわたり日本列島をそして世界を熱狂の渦に包み込んだラグビーワールドカップ(W杯)が、2日に終了した。

アジアで初開催となったラグビーW杯だが、大会前に想像していた以上の盛り上がりを見せたのではないだろうか。

その要因の1つは、日本代表が史上初となるベスト8に進出する躍進を遂げたことにあるだろう。並み居る強豪を下してベスト8へ。4年前に奇跡と報じられた南アフリカ代表の再戦では日本が屈したが、2015年大会で日本代表を率い、その奇跡を生み出したエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)率いるイングランド代表を南アフリカが下し、大会最多タイの3度目の優勝で幕を閉じた。

多くの日本人にとっては、ラグビーというスポーツの魅力を改めて感じさせられた大会にもなったが、同じフットボールを起源とするサッカーファンも多くの興味を抱いていたように思う。その中で、新たに学ぶべきポイントがあったと感じるシーンがあった。それが、「TMO」だ。

◆2000年に導入された「TMO

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この1カ月半でラグビーを現地観戦、テレビ中継で観た方なら、1度は聞いたであろう「TMO」。今回が、初耳という方も多かったのではないだろうか。

テレビジョン・マッチ・オフィシャルの頭文字をとった「TMO」は、いわゆる“ビデオ判定”のこと。サッカー界で「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」と呼ばれるものと同じと考えて良い。

ラグビーの競技特性上、両チームの選手たちが密集になる場面が非常に多い。その密集で互いの肉体をぶつけ合うわけだが、審判の死角になる部分が多くなる競技でもある。

TMO」はレフェリーの判断が難しい場面で適用され、密集で起こったトライやグラウンディング(トライ時にボールを地面につけること)、ライン際の判定、審判が反則と判断したプレイの検証など様々なシーンが対象となる。

南アフリカイングランドの決勝でも、南アフリカのマカゾレ・マピンピのトライ時に「TMO」が適用された。この際は、「スローフォワード(ボールを前に投げる反則)」が疑われたが、トライが認められていた。ちなみに、これは南アフリカ代表が3度目の決勝で初めて奪ったトライとなった。

「VAR」の導入時にも試合の流れが変わる、止まるなどと多くの議論がなされたが、ラグビーでもそれは同じ。2000年にスーパー・ラグビー(当時はスーパー12)で導入された「TMO」には賛否両論が起きていた。なお、トップリーグでは2014年に導入された。

◆現場で体感した「VAR」の違和感

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一方で、Jリーグが2020シーズンからJ1リーグ全試合やリーグカップのノックアウトステージなどで導入を決めた「VAR」だが、現時点で日本での導入は進んでいないため、「VAR」を現場で経験した方はそう多くないはずだ。

そんな中、10月26日(土)に埼玉スタジアム2002で行われた2019Jリーグ YBCルヴァンカップ決勝の北海道コンサドーレ札幌vs川崎フロンターレの一戦で、「VAR」を体験することができた。

その場面は延長前半の6分。ドリブルで突破を試みた札幌MFチャナティップを川崎FのDF谷口彰悟が後ろから倒したシーンだ。

当初主審はイエローカードを提示したが、「VAR」から主審に「DOGSO(ドグソ/決定的な得点機会を阻止)」がなかったかの確認が入る。(この主審と「VAR」のやり取りはJリーグが公式YouTubeチャンネルで公開)

結果、「オンフィールド・レビュー(ピッチ上での画面チェック)」となり、主審は画面でのリプレイをチェックし「DOGSO」の4条件(※)に当てはまるかを確認。谷口にはイエローカードではなくレッドカードを提示するに至った。

しかし、このやり取りの数分間、スタジアムにいた人は誰一人として何が起こっているのかを把握できていなかった。「VAR」が導入されたことは周知の事実だったが、その瞬間は置いてけぼりであった。

※DOGSO4条件:「反則した場所とゴールとの距離」、「プレーの方向」、「守備側選手の位置と数」、「ファールによって攻撃側がボールをコントロールできない」

◆現場が蚊帳の外になる「VAR」

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主審が何かやり取りをし、「VAR」が適用されていることはビジョンでも知らされているが、対象のシーンがどういったものか、何をチェックしているのかは不透明。ファンの方はもちろん、取材陣もそれはわからない状態だった。

一方で、テレビ中継ではビデオ判定をしているシーンが流れ、対象のシーンがチェックできる。リプレイが何度も流れ、観ている人も見解を巡らせることができただろう。

現場で、目の前で試合を観ている人がその状況を把握できず、映像で試合を観ている人が確認できる状況には疑問を持たざるを得ない。

一方で、ラグビーW杯では、「TMO」が適用された場合は、スタジアムの大型ビジョンでも対象シーンが流される。主審がチェックできることはもちろん、両チームの選手、両チームのファンも同じシーンを見ることができる。実にオープンな形で行われるのだ。反則を取られた選手たちも、自分の目で映像を確認することで、納得いく部分も少なからずあるだろう。競技の危険性から、ヒートアップさせない効果もあると感じた。

◆進化する技術、オープンな対応を

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Jリーグは、前倒しで「VAR」の導入を決定したが、ルヴァンカップでは物議を醸すことに。村井満チェアマンは、決勝でのVARのシーンについて、「スタジアムで映像を共有できなかったことが課題」と口にした。

実際に運用してみて判明することが多くあるのが新たな技術。それを、いかに対応していくかが、有用であるということを証明することに繋がるはずだ。

「VAR」で退場処分に切り替えられた川崎Fの選手たちは大きく抗議した。そして、そのファウルが起きたのは川崎Fファンが集まるゴール前。置いてけぼりにされ、自チームの選手が退場にされたのだから、不満や文句も出るのは仕方がないだろう。

一方で、日本のサッカースタジアムで行われてきたラグビーW杯で対応できた「TMO」。この経験を、危機感を感じた村井チェアマンが主導し、どうJリーグに還元していくかが重要だろう。

設備の問題など解決しなくてはいけないものも多いはずだが、世界でも導入が進む「VAR」に独自の対応をすることはサッカー界において大事なこと。熱狂の渦に包まれたラグビーW杯から学ぶことは、まだまだありそうだ。
《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》
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