2019年10月18日、政府は、中東情勢に関する国家安全保障会議(四大臣会合)を開催し、中東地域での航行の安全確保に向けた独自の取り組みとして、自衛隊の艦艇や哨戒機の派遣を検討していくことを決めた。

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 これで、日本は、米国が提案する海洋安全保障イニシアティブ(以下、「有志連合」という)には参加せず、日本独自の取り組みを行っていくこととなった。

 筆者は、拙稿「ホルムズ海峡有志連合:盲目的な米国追従は危険(2019.8.2)」において米国主導の有志連合への参加について慎重論を述べた。

 米国からの「有志連合」への参加を強く要請されていたにもかかわらず、日本独自の取り組みを選択したことは賢明な判断であったと思う。

 このような判断ができたのは、各国首脳との信頼関係を築き上げてきた安倍晋三首相の首脳外交の成果であろう。

 安倍首相は、9月25日ニューヨークで米国のドナルド・トランプ大統領と会談した。

 報道によると、この会談において、中東情勢について相当突っ込んだ意見交換が行われたが、米国が主導する「有志連合」構想などは話題にならなかったという。

 この時、安倍首相が「日本独自の取り組み」を説明したかどうかは不明であるが、安倍首相は、トランプ大統領は「有志連合」構想にこだわっていないと判断したのではないかと、筆者は推測する。

 また、その前日に、安倍首相は、ローハニ大統領と日イラン首脳会談を行った。そこで、安倍総理は、イランが船舶の安全な航行確保に向けて沿岸国としての責任を全うするよう要請した。

 これに対して、ローハニ大統領がどのように回答したかは不明であるが、筆者は、安倍首相の要請に快く応じたものと推測する。

 なぜならば、イランは既にホルムズ海峡の安全確保に尽力することを表明しているからである。

 具体的には、イランアラグチ外務次官が7月23日、訪問先のパリでルドリアン仏外相と会談し、石油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の安全確保に尽力し、いかなる海上輸送の妨害行為も容認しない考えを表明している。

 安倍首相は、これらの米国およびイランとの首脳会談を通じて、日本独自の取り組みで行けるという感触を得て、今回の国家安全保障会議での決定となったものであろうと推察する。

 筆者は、今回の派遣の法的根拠を防衛省設置法第4条18項の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」としているが、これは応急的な措置で、最終的には自衛隊法の「海上警備行動」を根拠にすると見ている。

 ところで、今回派遣される自衛隊艦艇などが、ペルシャ湾から日本へ、石油資源を海上輸送するタンカーを防護するという任務は「シーレーン防衛」そのものである。

 かつて我が国には、「シーレーン防衛構想」なるものがあった。今、その再考が喫緊の課題として浮上してきたのである。

 以下、初めにこれまでの海外派遣部隊の法的根拠と武器使用規定について述べ、次に、「シーレーン防衛」構想の再考について述べる。

1.海外派遣部隊の法的根拠と武器使用規定

(1)派遣部隊の法的根拠

 自衛隊の海外における活動については、昭和29(1954)年の自衛隊創設の際に参議院が本会議において「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」を採択していることを考慮して、

 自衛隊の部隊による国際平和協力活動の実施に際しては、活動の根拠となる法律が必要され、これまで、特に法律の期限の定めのないいわゆる恒久法として国際平和協力法、国際緊急援助隊法及び海賊対処法が、また法律の有効期限に定めのあるいわゆる時限法として、テロ対策特措法、イラク特措法及び補給支援特措法がそれぞれ制定されてきた。

 これまでの自衛隊部隊の海外派遣の実例(国際平和協力法と国際緊急援助隊法に基づく派遣は除く)は次のとおりである。

ア.掃海部隊のペルシャ湾派遣(1991年6月5日9月11日)

(ア)概要:ペルシャ湾での機雷掃海
(イ)根拠法:自衛隊法第84条の2(機雷等の除去)

イ.インド洋派遣(2001年11月~2007年11月、2008年1月~2010年1月)

(ア)概要:海上自衛隊補給艦護衛艦が派遣され、米海軍など各国艦艇への後方支援を実施。

(イ)根拠法:テロ対策特措法は2001年11月2日に施行されたが、まだ基本計画も決まっていなかったため、防衛庁設置法第5条の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」を根拠として、海自艦艇を派遣。

 基本計画決定後の同年11月25日にテロ特措法に基づく活動に移行。

 2007年11月にテロ対策特措法が失効し、2008年1月に「テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法(補給支援特措法)」が制定された。以降は補給支援特措法を根拠とする。

ウ.イラク派遣(2004年1月~2008年12)

(ア)概要:陸上自衛隊イラク復興支援群およびイラク復興業務支援隊、並びに航空自衛隊イラク復興支援派遣輸送航空隊が派遣され、人道復興支援活動、安全確保支援活動及び輸送活動を実施。

(イ)根拠法:「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(イラク特措法)」

エ.ソマリア派遣(2009年3月~現在)

(ア)概要:ソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動のための海上自衛隊の海空部隊、航空自衛隊の空輸部隊、その拠点を警備する陸上自衛隊の部隊及び海上保安庁から派遣された海上保安官などを含む統合部隊を派遣。

(イ)根拠法:海賊対策法の制定までの過渡的な措置として、自衛隊法(海上警備行動)を根拠として派遣されたが、後に「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律(海賊対処法)」を根拠とする。
    
 先頃、「平和安全法制などの整備」の一環として、国際平和共同対処事態に際して、我が国が実施する諸外国の軍隊に対する協力支援活動などに関する恒久法として「国際平和支援法」が新たに制定された。

 これにより、具体的な必要性が発生してから改めて立法措置を行うことなく、国際社会の平和と安全のために活動する他国軍隊に対する支援活動をより迅速かつ効果的に行うことが可能となった。

 今までのところ、「国際平和支援法」に基づく派遣は皆無である。

 国際平和支援法では、国連決議(総会または安全保障理事会)の存在を要件としているため、国連決議のない今回のような米国主導の有志連合への参加の根拠法とはならない。

(2)武器使用規定

 自衛隊による「武力の行使」や「武器の使用」には、憲法上の判断から数々の歯止めや制約が設けられている。

 防衛出動を命ぜられた自衛隊の部隊などが、我が国を防衛するために自衛隊法第88条に基づき行う「武力の行使」を別にすれば、自衛官が公共の秩序の維持や人命、財産の保護などに際し、法律で武器を使用できることが認められている場合がある。

 さて、今回の自衛隊派遣の根拠法として現時点で比較的可能性が高いとみられているのが、自衛隊法が定める「海上警備行動」である。

 自衛隊法第82条には、「防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる」と定められている。

「海上警備行動」における武器使用規定は次のとおりである。

「海上警備行動」を命ぜられた自衛官の職務執行する場合の武器の使用については、警察官職務執行法第7条及び海上保安庁法第20条第2項が準用される。

 警察官職務執行法第7条では、自己もしくは他人に対する防護または公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することが認められている。

 ただし、人に危害を与えるような武器使用は、正当防衛又は緊急避難の要件に該当するなどの場合を除き認められていない。

 海上保安庁法第20条第2項では、船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員などがこれに応ぜず、なお職務の執行に対して抵抗し、または逃亡しようとする場合、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することが認められている。

 上記の「海上警備行動」に限らず、自衛隊法が定める行動のほぼすべてにおいて、警察官職務執行法第7条が準用され、正当防衛または緊急避難の要件に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならないという要件がついている。

 自衛隊の前身が警察予備隊であっことを考えればこれもやむを得ないことかもしれないが、そろそろ、他国の軍隊のように「近づく者に対して、3度誰何(すいか)しても答えない者は、捕獲するか又は射殺する」という簡潔な武器使用規定にすべきであると考える。

 ちなみに、現在、自衛隊法が定める行動の中で、警察官職務執行法第7条が準用されないのは「防衛出動」と「弾道ミサイル等の破壊措置」だけである。

(3)新たな特別措置法

 米国主導の有志連合に参加する場合は、国連の決議があれば、国際平和支援法が適用できるが、それがない今回は、新たに特別措置法を制定するしか方法がない。

 日本独自で、石油を海上輸送しているタンカーの防護を任務とする部隊を派遣する場合は、「海上警備行動」を根拠とするか、または新たに特別措置法を制定するしかない。

 有志連合への参加であっても、日本独自の派遣であっても、新たに特別措置法を制定する場合は、警察官職務執行法第7条の準用を外すべきであると考える。

 すなわち、「但し、正当防衛若しくは緊急避難に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない」という武器使用の制限を解除し、任務遂行のための武器の使用を認めるのである。

 これにより、派遣された隊員は、無用な危険に身をさらすことなく、効果的な職務執行が可能となるであろう。

2.シーレーン防衛構想の再考

 かつて、日本では、国会などにおいて「シーレーン防衛」のあり方が大いに議論された時期があった。

 当時、1983年版防衛白書には、「海上交通保護(シーレーン防衛)を巡る諸議論について」という解説記事が掲載されたり、自衛隊在日米軍の間で「シーレーン防衛共同研究」が実施された。

 同共同研究は、1983年から1986年にかけて実施されたが、その研究成果は未公表である。爾来今日まで、日本では「シーレーン防衛」が語られることがほとんどなかった。

 事実、防衛白書では、1989年版を最後に「シーレーン防衛」の用語が消えている。その理由の一つに、冷戦の終結がある。

 冷戦の崩壊により、我が国のシーレーンに対する最大の脅威であったソ連が消滅するとともに、我が国の同盟国である米国が唯一の超大国となったことにより、シーレーンが比較的安定していたことが考えられる。

 もう一つの理由として、関係者の関心が「弾道ミサイル防衛」に移ったことが考えられる。

 しかし近年、我が国の「シーレーン防衛」を取り巻く安全保障環境は大きく変化した。他方、資源小国の日本が、生存を支える多くの資源を海外に依存している状況は全く変わっていない。

 これらの資源がシーレーンを通って、日夜絶えることなく運ばれている。従って、安全保障環境の変化に応じた、新しい「シーレーン防衛構想」の策定が必要なのである。

 以下、従来の「シーレーン防衛構想」、「シーレーン防衛」の意義と作戦、および「シーレーン防衛」を取りまく国際環境の変化について述べる。

(1)従来の「シーレーン防衛構想」(出典:1983年版防衛白書)

 一般的に、「シーレーン防衛」とは、我が国に対する武力攻撃が発生した際、広域哨戒、船舶の護衛、港湾・海峡の防備など、各種作戦の組み合わせによる累積効果によって、海上交通の安全を確保することを指している。

 我が国の「シーレーン防衛」については、日米共同対処により我が国に対する武力攻撃が発生した場合における海上交通の安全を図ることとしている。

 具体的には海上自衛隊が個別的自衛権の範囲内において、我が国の重要な港湾および海峡の防備のための作戦並びに周辺海域における諸作戦、船舶防護のための作戦、その他の作戦を主体として行う。

 また、米海軍部隊が自衛隊の行う作戦を支援し、機動打撃力を有する任務部隊の使用を伴うような作戦を含め、侵攻兵力を撃退するための作戦を行うこととしている。

 なお、憲法上、我が国が自衛のため実力の行使を行い得る地理的範囲は、必ずしも我が国領土、領海、領空に限らず、公海およびその上空にも及び得るが、その具体的範囲については、その時の状況にもよるので一概に述べることはできない。

 しかしながら、その範囲は、能力的に見て自ずから限界があると考えており、1000海里以遠の海上交通保護については、一般に米軍に期待することとしている。

(2)「シーレーン防衛」の意義と作戦(出典:1987年版防衛白書)

 四面を海に囲まれた狭小な国土に多くの人口を抱え、資源、エネルギー、食糧などの大部分を海外に依存する我が国がその生存と発展を続けていくためには、我が国の生命線ともいえる海上文通の安全が確保されることが重要である。

 また、有事の際における継戦能力の保持、米軍の来援基盤の確保という観点からも、海上交通の安全確保が必要である。

 我が国に対する海上交通の妨害が行われる場合、敵は潜水艦や航空機を使用して我が国周辺の海域を航行する船舶を攻撃し、また、状況や場所によっては、機雷を敷設することや水上艦艇を使用することもあり得よう。

 これに対し自衛隊は、哨戒、護衛、防空、港湾・海峡の防備など、各種の作戦を実施することにより、敵兵力を阻止しあるいは漸減させ、敵の有効な作戦を阻止することなどの累積効果によって、海上交通の安全確保に当たることになる。

(3)「シーレーン防衛」を取り巻く安全保障環境の変化

 従来の「シーレーン防衛構想」が策定された頃に比べて、我が国の「シーレーン防衛」を取りまく安全保障環境は大きく変化した。

 主要なものには、米国の相対的な力の低下、中国の台頭、とりわけ積極的な海洋進出、海賊・テロ事案の多発、国連海洋法条約の発効などがある。

 海賊対処については、2008年に「海賊対処法」が制定されている。本稿では、海賊対処は「シーレーン防衛」活動の一部と捉えている。

ア.米国の相対的な力の低下

 バラク・オバマ大統領が、2013年9月に「米国は世界の警察ではない」と宣言してから、既に6年経過した。

 そして、ドナルド・トランプ大統領の「アメリカファースト」という外交政策が登場した。

 トランプ米大統領はツイッターへの投稿で、「なぜ米国が他国のために無報酬で航路を守っているのか。こうした国々がいつも危険な旅をしている自国の船舶を守るべきだ」と述べた。

 我が国の同盟国である米国が唯一の超大国であった時代では、日本は米国が日本のシーレーンを守ってくれるものと信じ、シーレーンの安全確保に関心を持たなかった。

 時代は変わったのである。自国のシーレーンを自国で守ることを考えなければならないのである。

イ.中国の海洋進出

 中国は地勢からみて明らかに大陸国家である。ところが、2000年代になってから急速な海軍力の近代化が図られ外洋作戦能力を確保した。

 そして、20世紀中にはほぼ沿海にとどまっていた活動海域が、ついには西太平洋インド洋に及ぶようになった。

 また、今日、中国は、マラッカ海峡からインド洋を経て中東・アフリカに至るシーレーン沿いの国々に軍事基地への転用が可能な港湾施設を構築しようと巨額の投資をしている。

 これは、「真珠の首飾り」戦略と呼ばれる。

「真珠の首飾り」戦略の目的として、自国(中国)のシーレーンの防衛(中国は世界最大の原油輸入国である)や日本などの中東往来のタンカーなどのシーレーンの妨害などが考えられる。

 今日、中国が、日本のアジア太平洋海域のシーレーンにとって潜在的な脅威となっている。

ウ.海賊・テロ問題の出現

 1980年代に入って、既に根絶され、現代社会では発生しないと思われていた海賊が頻発するようになり、船舶の安全が維持されているはずの領海や公海で海賊行為が復活した。

 現在、ソマリア沖・アデン湾において各国海軍などによる海賊対処活動が継続されている。この活動はソマリア海賊に対する大きな抑止力となっている。

 また、この他に、シーレーンを航行している船舶に対するテロ国家またはテロリストによる船舶へのロケット(ミサイルを含む)攻撃や自爆テロなども考えられる。

エ.国連海洋法条約の発効

 国連海洋法条約が、1994年に発効した。国連海洋法条約は、すべての国の船舶に対して、公海における自由な航行と、領海における無害通航権と、国際航行に使用されている海峡(国際海峡)における通過通航権を認めている。

 ただし、日本のシーレーンと関連のある群島国の群島水域においては、すべての国の船舶に対し無害通航権を認めつつも、群島国に対して、自国の安全の保護のため不可欠である場合には外国船舶の無害通航を一時的に停止することができる権利を付与している(条約52条2)。

 現行の条約規定は、群島に沿ったシーレーン航行の権利などに制限を加えるものではないが、将来、沿岸国がシーレーンの安定的な使用に直接影響を及ぼすことがないよう注意を向ける必要がある。

おわりに

 今、日本は岐路に立っている。

 日本は1000海里以遠のシーレーン防衛については、米軍に期待してきた。

 ところが、トランプ大統領はツイッターへの投稿で、「なぜ米国が他国のために無報酬で航路を守っているのか。こうした国々がいつも危険な旅をしている自国の船舶を守るべきだ」と述べた。

 日本が選択できる道は2つある。

 一つの道は、1000海里以遠のシーレーン防衛について、これまで通り米軍に期待する道である。その場合は、日米同盟の一層の強化が必要となる。

 例えば、条約を改正し、日米同盟の片務性を双務性へ転換することや、米国主導の有志連合へ積極的に自衛隊を派遣することが必要となる。

 もう一つの道は、日本自ら、1000海里以遠のシーレーンを防衛する道である。

 その場合、日本はこれまで、おおむね1000海里までの海域においてシーレーン防衛を行い得ることを目標に、海上防衛力などの整備を進めてきているので、新たな防衛力の整備やシーレーン沿岸国の補給基地の確保など様々な検討が必要となる。

 さらに、自衛隊が、真に実効性あるシーレーン防衛を達成するためには、明確な法的権限が与えられなければならない。

 一例を挙げれば、「海上交通路の妨害行為への対処活動」を自衛隊法で自衛隊の行動に位置づけるととともに、武器の使用規定を「『海上交通路の妨害行為への対処活動』を命じられた自衛隊は、民間船舶を防護するため、必要な武力を行使できる」と、するなどが考えられる。

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