なぜ途中で辞任しなかったのか? 津田大介「表現の不自由展・その後」展示中止から再開まで、激動の75日間を語る から続く

 この夏、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止になった騒動の渦中にいた津田大介さん。日本とオーストリアの国交150年の記念事業として、現在ウィーンで開催中の展覧会「ジャパンアンリテッド」について、在オーストリア日本大使館が公認を取り消すなど、状況は刻々と変化しています。津田さん自身は、不自由展そのものや政治と文化芸術の関係についてどう捉えているのか。聞き手は、近現代史研究者の辻田真佐憲さんです(全3回の2回目/#3へ続く)。

「津田が炎上マーケティングを仕掛けたんじゃないか」

――企画展「表現の不自由展・その後」(以下、不自由展)における「平和の少女像」など一部の展示物について、私は津田さんからお話を伺って事前に知る機会がありました。その時、津田さんは予想される反応をある程度把握しているような印象を受けましたし、「いちばんヤバい展開になるとしたらやはり『表現の不自由展・その後』でしょうね」(『公の時代』)などと各所で発言しています。それでも、これほどの問題に発展するという展開は予想外でしたか?

津田 「津田が炎上マーケティングを仕掛けたんじゃないか」という話も出ましたが、まったくそういうつもりはありませんでした。会期中の75日間、ずっと継続してすべての作品展示を続けたかったというのが偽らざる本音です。不自由展は主にキュレーション面の批判にさらされましたが、ずれた批判であると感じます。狭いスペースに大量の作品が置かれていて、それはもちろんうまいキュレーションではなかったかもしれませんが、自分のなかでは全体で106ある企画のうちの1つでしかなく、残りの105と併せて見ることで内容が引き立つ博物館的な展示という位置付けでした。事前告知や議論については、警察や事務局から要請があったためそれをのまざるを得なかった(→#1)。キュレーションを問題にする人には、「情の時代」という全体企画のなかで他の展示と併せて見た時にどういう効果を持つのか、そういう話をしてほしかったですね。

 内覧会で不自由展を見た美術関係者の評判は概ね良かったですし、「この展覧会はこの企画があるからこそ引き立つね」と言ってくれた人すらいた。「挑発的な展示」だったとしばしば報じられていますが、お客さんで実際見た人の感想には素朴なものも多く、「拍子抜けした」という内容も多かった。博物館的に、従軍慰安婦問題や天皇、政権批判といったテーマを扱った作品を美術館で展示できなかった経緯や理由とともに展示する展覧会で、これまで起こったことをどちらかというと淡々と伝えるものだったと僕は考えています。

 事前にどれだけの反発を予想していたかという話でいえば、河村(たかし名古屋市長の展示中止を求める発言(※1)については、もちろん予想していました。彼の慰安婦の問題についてのこれまでの発言などを考えると、当然何らかのリアクションがあるだろうとは思っていましたね。ただ河村市長が開催経費の名古屋市負担分を支払わないことを示唆したり、座りこみというパフォーマティブな形で発信したりしたのは予想外でした。河村市長だけでなく、複数の国会議員の発言の中には、驚くようなものもありました。政治家は、表現の自由に対して権力を行使できる立場であり、もう少し発言は抑制的であるべきだと思います。文化庁からの補助金不交付決定(※2)も、想像を超えたことでした。

※1 開幕2日目の8月2日河村たかし名古屋市長が会場を視察。「日本人の心を踏みにじるものだ」と話し、展示中止を求めた。

※2 9月26日文化庁が補助金約7800万円を交付しないと発表。萩生田光一文部科学相は「申請のあった内容通りの展示会が実現できていない」と説明した。

――今振り返って、不自由展をやってよかったと思いますか?

津田 「あのときああしていればよかった」というような逡巡はもちろんありますが、そんなこと後からは何とでも言えますからね。企画そのものをやったことへの後悔は一切ありません。「表現の不自由展・その後」を企画したことによって、結果として多くの人たちに迷惑をかけてしまったことには、申し訳ない気持ちがありますが、僕は2015年に江古田のギャラリー古藤で行われた「表現の不自由展」を実際に見て、こういったものを美術館で、公的な芸術祭で見たいと思ったことが全ての始まりなので、それを実際に来場した人たちへ見せることができたのは意味があったと思っています。3日間プラス1週間という限られた時間ではありましたが。

「少女像は絶対に必要なのか」

――9月25日に発表されたあいちトリエンナーレ検証委員会(以下、検証委員会)の中間報告で、表現の不自由展実行委員会については「かたくなな姿勢」であると評されています。作品や作家は話題になり、津田さんも記者会見インタビューで発言を続けてきましたが、作家と津田さんの間にいる、5人の不自由展実行委員会のメンバーはどういった人たちで、コミュニケーションが難しいところはあったのでしょうか。

津田 基本的に彼らがやりたいことを、トリエンナーレという公的な芸術祭で実行することには難しい局面がたくさんあった中で、それを実現すべく、僕はずっと調整を続けてきたつもりです。ただ、残念なのは、一度は実現にこぎつけた不自由展を中止する決断を知事と僕がしたことで僕に対する彼らからの信頼が失われてしまったことですね。そのことが最後まで響いたとは思っています。不自由展実行委の方々の「かたくなさ」に原因を求める声もありますが、それは違います。本当に彼らがかたくなな姿勢を取り続けていたのであれば、そもそも企画が実行できていません。きちんとコミュニケーションできる方々ですが、彼らには彼らで譲れない一線があったということでしょう。

 問題はその「譲れない一線」が5人とも違ったことで、より複雑な状況になったということだと思っています。不自由展実行委は代表を決めておらず、必ず全員の合意で物事を進めていました。このため、現場の大変な事情を伝えて現実的な落としどころを探ろうとする際に1人でも反対者がいると、その人の基準に合わせざるを得なくなってしまうところがありました。なので、これは彼らのかたくなさの問題というより、危機的な局面であっても、合議制で意思決定をすることの弊害が出てしまったのではないかと個人的には思っています。同時に彼らは、不自由展参加作家の代弁をする立場でもありました。不自由展実行委が現実的な対処策を模索しても、一部の不自由展参加作家が受け入れなかったケースもあったと聞きます。僕と同じように、彼らも作家とトリエンナーレの間で板挟みになり苦しんでいた部分もあったと思います。

「平和の少女像」は、社会関与型のアートとして優れた作品

――これは津田さんというより作家に質問すべき事柄かもしれませんが、特に話題になった「平和の少女像」(※3)と大浦信行さんの映像作品(※4)については、どう捉えていますか?

※3 韓国の彫刻家キム・ソギョン氏と夫のキム・ウンソン氏が制作。「表現の不自由展・その後」には強化プラスチック製とミニチュアの計2体の少女像が展示された。

※4 大浦信行氏は「表現の不自由展・その後」に「遠近を抱えて」(4点組)を出展。新作の映像作品「遠近を抱えてPartII」には昭和天皇の肖像写真を燃やすシーンが含まれている。

津田 「平和の少女像」について僕は、社会関与型のアートとして優れた作品だと思っています。あれは、まず横に置かれた椅子に座るという行為が何より大事です。目線の高さを同じくすることで、像の見え方がとても変わってきます。像は少女の姿で、慰安婦の過去を表していて、影がおばあさんになった現在を、肩にとまっている鳥が未来や希望を表しています。従軍慰安婦の問題は地続きの問題であり、過去、現在、未来について考えさせる作品だと思います。

 とはいえ、プロパガンダとして利用されやすい作品であることも確かです。慰安婦像が韓国の日本大使館の目の前に置かれていることに対して「反日感情を煽る政治目的のプロパガンダだろう」という指摘には、頷ける部分もあります。しかし、同時にそれは作者の意図を離れた政治利用かもしれないとも思う。それくらいアートにとってはTPOが非常に大事で、作者にそうした意図がなかったとしても、置かれた場所によってプロパガンダ性を強く持つということですね。少女像のオリジナルは8月にボイコットした韓国の2作家(イム・ミヌク氏とパク・チャンキョン氏)と話す目的で韓国に行った際に実物を見てきましたが、そのときに思ったのは「美術館に持ってきてよかった」ということでした。つまり大使館の前で見ると生々しすぎる――あまりにも政治的な文脈が乗りすぎてしまって、純粋に作品としては鑑賞しにくい。それが愛知県美術館というホワイトキューブのなかではまったく違うものとして鑑賞することができた。これは両者を比較できた自分ならではの感想かもしれませんが、不自由展を見た人のアンケートなどでも似たような感想を多く見かけましたね。

――大浦さんの作品に関してはどうでしょう。

津田 大浦さんの「遠近を抱えて」は、1986年富山県立近代美術館で展示、後に購入・売却された作品です。大浦さんが1975年からの10年間、ニューヨーク滞在中にアートの本場で厳しい思いをして、自分のアイデンティティが揺らいでいる時、向き合った結果自分のなかにある内なる天皇の存在に気づき、自画像としてコラージュした作品ができた。大浦さんはその後映画監督になりますが、つくっているのは靖国や新右翼をテーマにした作品です。ある意味で右派的な心性と近い部分があるにもかかわらず、彼らから攻撃されたわけですね。

 今回は「関連する新作の映像(「遠近を抱えてPartII」)があって、一緒に展示しないと自分は取り下げる」という大浦さんの強い意向があったことで問題がややこしくなりました。新作を展示することは「展示不許可になった作品」というコンセプトからずれてくるので、難しい判断ではありました。大浦さんは朝日新聞のインタビューで「理解してもらえるかどうかは分かりませんが、僕にとって燃やすことは、傷つけることではなく昇華させることでした」「僕は今回の映像で、30年前から向き合ってきた『内なる天皇』をついに昇華できたと感じました。抹殺とは正反対の行為です」と述べています。それだけ大浦さんに切実な思いがあったということでしょう。今回のトリエンナーレは不自由展だけに限らず、可能な限り作家の意思を尊重するということを貫いてきました。その方針がもたらしたハレーションを象徴する出来事だったのかなとは思っています。

プロパガンダ」という言葉をどう解釈するか

――不自由展の作品解説には、「この部屋の中は、まるで展覧会の中のもう1つの展覧会のような雰囲気を醸し出しています」と書かれていて、展覧会の中の展覧会というちょっと特殊な構造になっています。だからこそ、正義と正義のバッティングが起きた、実行委員会ではなく作家と直接交渉する形を取っていればもっと違う経過をたどったという可能性はないですか。

津田 もちろんその可能性は否定しません。たらればとしてはそういう言い方もできるでしょう。ただ僕の中ではその問いにはあまり意味がないんですね。2015年の「表現の不自由展」を見て感銘を受けたことがスタート地点になっているし、2015年以降、同様の問題はいたるところで起きていて、より「不自由」な状況が増してきていると考えていたので、当時の展示の続編、アップデートした「表現の不自由展・その後」をやりたかった、そうであるならば、2015年の時点であの企画を実現させた彼らに力を貸してもらうことに大きな意味があると思ったということです。
  

――不自由展実行委に対しては、自分たちの政治的な主張を作品に持ち込んでいるのではないか、という批判も出ましたが、その点はどう思われますか?

津田 辻田さんはまさにプロパガンダの専門家なので釈迦に説法ですけど、プロパガンダを辞書――大辞林で引くと「特定の考えを押しつけるための宣伝。特に、政治的意図をもつ宣伝」と書いてある。さて、不自由展の展示は来場者に何かを押しつけていたんでしょうか? 不自由展は、来場者が見るかどうか選べるようにしようという意図で、順路から外れた端の部屋で展示しています。さらに外からはレースのカーテンで中が見えないようにして、入口には注意喚起のメッセージを付けてゾーニングもしていました。キャプションには、出来事の経緯と作品解説のみが書かれています。そのような配慮をしていた展示を一方的に「プロパガンダ」と言われるのは納得しかねます。プロパガンダという言葉を幅広く解釈しすぎだと思いますね。

――津田さんには不自由展への深い思い入れがあったこと、例えば「不自由展実行委員会が提訴された場合には、芸術監督がその訴訟費用を負担する覚書を交わ」(中間報告)したことなどから、この企画に対しては非常に前のめりである印象を受けました。

津田 そうですね。あれは契約の最終段階で、不自由展実行委の方々が「もし展示中止になった場合に、不自由展の参加作家たちから訴えられる金銭的なリスクを取れない」とおっしゃったので、そうなったら自分が負担しますという話をして実現にこぎつけたというシンプルな話です。中間報告ではそこが批判されていますが、監督が自分で協賛したり、参加作家の作品を購入したりするようなもので、なぜそこまで批判されるのかは正直分からないですね。

――津田さんにとって不自由展は、やはりトリエンナーレ全体を俯瞰して見てもかなり重要なものだったということですか?

津田 繰り返しになりますが、不自由展は全部で106ある企画のなかの1企画でしかありません。しかし、「情の時代」というテーマを考えるうえで表現の自由や検閲という問題は不可欠であるとも思っていました。

 僕は、この2年間、ジャーナリストが芸術監督になることの意味をすごく考えてきました。その延長で、社会や枠組みに対して意味のある問題の投げかけをするべきであると思うに至ったんです。その1つがジェンダー平等(※5)でした。もう1つが検閲や表現の自由の問題です。ネット時代の今だからこそ問い直されるべきだと考えましたし、不自由展の展示中止や文化庁からの助成金不交付にいたる今回の騒動が起こったことでこの問題と向き合わざるを得なくなった人も多いと思います。僕が批判されている要因には、現代美術業界はグレーな領域で政治から直接的に介入されることをうまく避けていたにもかかわらず、僕が今回暴力的に見えるやり方で、権力の芸術や表現に介入したい欲望をあらわにして、不交付という具体的な決定を招いてしまったことにもあるのでしょう。

※5 3月27日、あいちトリエンナーレの参加アーティストの男女比率を半々にすると発表。

 でも、本当にあいちトリエンナーレが「パンドラの箱」を開けたんでしょうか? 感情をあおられたネット世論と、それに媚びる政治家たちによって一度決まった文化事業の決定が覆ることをわれわれはすでに2回経験しています。1つは国際コンペで決まった新国立競技場のザハ案。それから佐野研二郎さんがデザインしたオリンピックのエンブレム。どちらも正当な手続きで決定し、多くの専門家たちが問題ないという知見を発表し、実際のプランに瑕疵がなかったにもかかわらず、感情によって彼らの作品をバッシングして引きずり降ろし、そのこと自体が政治家の人気取りに使われた――はたしてどちらの方が「プロパガンダ」なんでしょうね。

文化や芸術に政治を「持ち込んだ」のは一体誰なのか

――政治と文化芸術の関係について、他に気になる点はありますか。

津田 現政権は、支持が盤石になったここ数年、芸術や学術、メディアに対して介入する欲望を隠そうとしていません。安倍首相お気に入りの杉田水脈衆院議員は、昨年2月26日の衆院予算委員会分科会で「研究者たちが韓国の人たちと手を組んでやっている」と問題視する質疑を行い、アカデミズムへの露骨な介入として批判されました。実際にツイッター上では「不正使用」「無駄遣い」「反日研究」といった言葉で学者へのバッシングが巻き起こりました。「公金を使うな」という点で、ほとんど今回の不自由展と同じ構図です。文化庁が不交付を決めた今、芸術だけでなく、政権に批判的な研究には科研費が出ないのでは……と不安に思われている研究者も多いでしょう。芸術へのバッシングという意味ではわかりやすい例もあります。昨年5月にカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した「万引き家族」が、政権批判的な内容であるのに助成金をもらっていたという理由で、是枝裕和監督に対して行われていました。こちらも「公金」の使い道が話題になっている。

 マンガアニメに介入する国会議員もいます。2013年8月に松江市教育委員会が市立小中学校において「はだしのゲン」の閲覧制限を求めたことが発覚し批判を受けた件で、当時の下村博文文科相は「子供の発達段階に応じた配慮は必要で、法的にも問題はない」と“検閲”へのお墨付きを与えています。2015年12月には自民党の赤池誠章参院議員が自身のブログで、文部科学省タイアップした映画「ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年」のポスターに苦言を呈したことが話題になりました。曰く、ポスターに書かれた「友達に国境はな~い!」というメッセージに対して「国際社会とは国家間の国益を巡る戦いの場であり、地球市民、世界市民のコスモポリタンでは通用しない」「日本という国家はなくなってしまいます」と誇らしげに持論を開陳。「文科省の担当課には、猛省を促しました」と圧力をかけたことも報告しています。

――メディアについてはどうでしょう。

津田 メディアに対しても最近は統制する気満々ですよね。2016年2月8日の国会質疑で当時の高市早苗総務相が「放送事業者が極端なことをして、行政指導をしても全く改善されずに公共の電波を使って繰り返される場合に、全くそれに対して何も対応しないということは約束するわけにはいかない」と答弁し、一つの番組だけでも政治的公平性を欠いたと判断する可能性とともに、放送法4条違反を理由に電波法76条に基づき停波を命じる可能性について言及しました。しかし、それまで放送法4条は長年強制力を持たない倫理規定と解釈されてきたという歴史があります。放送内容に制約が加わってしまうため、憲法21条の表現の自由とバッティングするからです。この規定を違憲としないため倫理規定であると長年解釈されてきたというわけです。これが突如として変わってしまった。

 テレビへの介入という意味では、NHKへの介入も露骨でしたね。現政権になってから政権の強い意向で人事が決まった籾井勝人前NHK会長は2014年1月の就任会見で「政府が右というものを左と言うわけにはいかない」と発言し、物議を醸しました。籾井体制以降、報道内容が露骨に変わったことはメディア業界では広く知られている話です。

 経営委員をやっていたという点でNHKとも関連する話ですが、作家の百田尚樹さんは2015年6月、安倍首相に近い自民党の若手議員による勉強会「文化芸術懇話会」に講師として登壇した際に琉球新報沖縄タイムスという政権に批判的な沖縄の地元2紙について「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」などと発言し、問題視されました。時の首相の友人が新聞をつぶさないといけないと発言するわけですからインパクトも大きかった。「絶対つぶさなあかん」という発言は、表現の自由の範囲内かもしれませんが、問題はその発言の背景に権力性が伴うことにある。
 

――ここまで広げると、「それが今回の騒動とどう関係するんだ」との反応もありそうです。

津田 あいちトリエンナーレの騒動は新聞社にとっても対岸の火事ではありません。経営難という足もとを見られて軽減税率の対象に入れてもらったわけですから、現在の新聞には間接的に「公金」が使われているとも言える。「公金が使われているのに政府に批判的な報道を行うなんて!」と言われる日も近いかもしれませんね。そういえば官房長官記者会見東京新聞の特定記者による質問が長いとして、メディア各社に「円滑な進行に協力を求める」閣議決定をしたことにも驚きました。一つひとつは小さな出来事かもしれませんが、こうしたことの積み重ねが今の状況を招いているのではないでしょうか。

 文化や芸術に政治を「持ち込んだ」のは一体誰なのか。日本でここ数年起きている文化や芸術の現場と政府の緊張関係に触れることなく、あいちトリエンナーレ「だけ」を批判している人たちはフェアではないと思います。

「個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた」という指摘

――わかりました。話を戻しますが、「ジャーナリストとしての個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた」という検証委員会からの指摘、要は公私混同していたんじゃないか、という点についてはいかがでしょう。

津田 単に僕が個人的な野心で成功させたいのであれば、不自由展はやらないですよ。ジェンダー平等というテーマが話題になったおかげもあって、前売りのチケットは2倍の売れ行きで、お客さんに来ていただけることは分かっていたので。

「情の時代」というテーマの中で博物館的に不自由展のような企画を入れることに意味があると考えたから、作家を尊重しながら実行したということに過ぎません。検証委員会が「キュレーションとしてもジャーナリズムとしても稚拙だった」と言っていますが、あれは明らかに言い過ぎです。キュレーションに問題がなかったとは僕も言いませんが、稚拙と言われるほどひどくはない。そして何より検証委員会は「条件が整い次第、すみやかに再開すべきである」と評価しています。しかし、騒動の責任は追及しないといけないから、大村(秀章)愛知県知事や愛知県の責任を切り離すためにキュレーションガバナンスの問題を必要以上に強調せざるを得なかったのでしょう。僕は全く同意していません。

 実際に内覧会で見た美術評論家メディア関係者の中には「いろいろ見たけど、ここのコーナーが一番面白かった」「この企画を実現したのはすごい」と絶賛する人もいました。炎上後、その人たちは沈黙してしまいましたけど。本当にキュレーションが稚拙だったのなら、専門家である彼らが絶賛する理由がないですよね。事前の説明が足りなかったという部分もセキュリティの理由からそうせざるを得なかったわけですから。中間報告ではそうした事情が一切考慮されていません。

――今回は、最終的に文化庁からの助成金不交付の問題まで起きました。公金が使われる芸術祭の展示としてふさわしくないという批判が根強くありますが、こういった意見についてはどう思われますか?

津田 公金を使った支出として適当ではない、この意見には一定の世論の支持があると思いますし、そう思う人が多いことそのものに理解できる部分はあります。でも憲法21条を守るんだったら、僕は大村知事と同じく、公金を使った展示こそ行政は内容に関与すべきではない――つまり「金は出すが口は出すべきでない」という立場をとります。公金を使う展示内容に一定の制限がかかるのであれば、それ以外の法律を参照する場合があると思います。例えば、覚せい剤を展示するとか、幼児虐待を示す映像であれば刑法に、明確なヘイトスピーチを含む内容であればヘイトスピーチ解消法に拠って対処する。

 それでも、公金を使う場合に何かしらのガイドラインが必要だと言うならば、誰がどのような権限で基準やフィルターを作るのか。事前検閲に当たらないように透明化しなければおかしい。河村市長は「日本人の心を踏みにじるものだ」と批判されましたが、日本人である僕はあの作品の背景を知っているので、別に作品を見ても傷つきません。そもそも納税者ほど多様な集団はいないわけで、納税者の意見を1つに集約するなんてできませんよね。その多様な声を多様なままに表現し、コミュニケーションできる場を税金でつくるのが行政の文化事業の役割なんじゃないでしょうか。この点、大村知事はこの原則を最後まで貫かれていると思います。

――あいちトリエンナーレの会期中には、私も現地に3回足を運びました。その他にも興味深い作品がたくさんあったのに、どうしても不自由展の話になってしまう。例えばジェンダー平等についても、かすんでしまったという側面はありませんか?

津田 これは僕の中でも複雑な、正直に言えば忸怩たる思いはあります。注目は集まったけれども、不自由展のみにフォーカスされる。僕も記者会見や取材で、可能な限り個別の作品について答えるようにしてきましたが、メディアは不自由展にしか興味がない。というか、不自由展を取材していた多くの記者は文化部ではなく社会部の記者でしたから。彼らはそもそも現代美術に詳しくもないし、興味もないと僕は感じました。

 今回はあいちトリエンナーレ史上最高の67万人以上という動員数を記録しました。そして、あまり語られてないことですが、実は個々の作家に焦点を当てた記事も前回までのトリエンナーレより増えているんです。アーティストや関係者の人たちには非常に申し訳ないことをしたという思いがある一方で、自分が芸術監督としてできることは、とにかく人を連れてきて見てもらうことしかないとも思っていました。

「情によって情を飼いならす」試みは成功したのか

――「情の時代」というテーマには「情によって情を飼いならす」という目標が掲げられていました。そういう試みは、どれくらい成功したと思いますか?

津田 情報によって煽られた感情が引き起こす問題を「情け」で乗り越えると言いながら、分断を深めただけじゃないかという批判があることは承知しています。それが十分にできたとは思いませんが、終わってみれば、部分的ではあるけれど乗り越えられたところもあるとは思っています。そういう事例の1つが9月に立ち上がったプロジェクトReFreedom_Aichi」(※6)です。大村知事と不自由展実行委の「正しさ」がぶつかっている中で、「第3の道」をアーティストたちが作ろうとした。

 彼らは記者会見を行うことで問題提起をしました。そのことを批評家東浩紀さんなどは「アーティストがやるべきことは作品をつくることであって記者会見などの政治をすることではない」と批判的でしたが、記者会見は彼らが実際にあのプロジェクトでやっていたことのほんの一部でしかありません。彼らがやっていたほとんどの作業は、面倒な裏側の調整です。再開に向けた道筋をつくるためにアーティストならではの発想力でアイデアを出し、知事や検証委員会や愛知県職員、不自由展実行委、ボイコットした海外アーティスト、ときには反対派住民も巻き込んで解きほぐしていきました。僕がカバーしきれなかったアーティストサイドの調整を、彼らがずっと裏側でやってくれていた。まあ「調整」というのは「政治」そのものなので、それが気に食わない人もいるんでしょうが、そもそもビスマルクが言ったように、「政治は可能性の芸術」ですからね。

「なぜボイコットしないんだ。だから日本人アーティストはぬるいんだ」という美術業界からの批判や、自分たちが海外からどう見えるのかというレピュテーションリスクを引き受けた上で、トリエンナーレ復活の道を探り、実現するために労を惜しまなかった。彼らの働きがあったからこそ最後には、不自由展が全面再開して、全作家が戻った。そしてそれは、一部かもしれないけれど、情の問題を情けで乗り越えられた貴重な事例だったのだと思います。

※6 「あいちトリエンナーレ2019」に参加している国内外のアーティスト35組が主体となり、閉鎖されている全ての展示の再開を目指したプロジェクト9月10日に行われた記者会見には、卯城竜太(Chim↑Pom)、高山明、小泉明郎、ホンマエリ(キュンチョメ)、大橋藍、加藤翼、藤井光、村山悟郎が出席。

――不自由展再開の前日、10月7日記者会見で「不自由展の中止を受けて展示の中断や変更を行っていた作家たちが、明日から全員戻ってきてくれることが何よりも喜ばしい。本来の形のトリエンナーレが見せられることを喜ばしく思っている」と津田さんは語っています。

津田 全作家が戻ったことがとても重要です。普通、これだけのことが起きた後にはもう戻ってこないですよ。でも不自由展だけではなくて、すべての作家が戻ってきてくれた。もっと長い期間やりたかったですけど、その形まで持っていけたことは奇跡だと思っています。

 敵味方の分断ではない、違うやり方といえば、「愛国倶楽部」という河村市長の発言を支持し、一緒に座り込みした名古屋の保守団体がいて、その会長のところに「ReFreedom_Aichi」のアーティストたちはわりと早い段階で会いに行きました。10月6日か8日に再開するという方針が決まったあと、僕も愛国倶楽部の会長に電話をして会いに行って話しています。話した内容としてはほとんど合意できるところはなく、平行線が続きましたが、しかし「対話」はできたし、彼らが何に憤っているのかの一端は理解できました。ヘイトスピーチの問題を相対化するつもりはありませんが、少なくとも匿名ではない愛知県人としての彼らとコミュニケーションを取れたことには、暴力的な抗議を減らすという点でも、「情を情けで乗り越える」ヒントを探るという点でも、意味があったと思っています。

――裏側ではどういうことが起こっていたのか、内部にいた人が記録を残さない限り、忘れられてしまうと思います。津田さんが手記を書かれるという話もありましたが。

津田 そうですね。きちんと自分なりに、この騒動と中で起きていたことについては、まとめたいなとは思っていますが、ぶっちゃけ書けないことのほうが多いですね(苦笑)。

――今後、トリエンナーレが再検証され、様々な本やインタビューが出る中で、「結局どうだったのか」「どういう意味があったのか」が定まっていくはずです。

津田 今後は、文化庁の助成金不交付の問題がどうなるかですね。トリエンナーレは何とか無事終了しましたが、第2ラウンドは文化庁の不交付問題であると自分は認識しています。ここ数年間、「政策芸術」という言葉も出てきましたが、国が露骨に文化芸術に介入する口実を探していたと思うんです。ずっとその欲望は存在していて、今回はこんなにも分かりやすい形で可視化されてしまった。撤回まで行けるか、まあ普通に撤回ということにはならないと思うので、愛知県が国(文化庁)に対して行なっている不服申出、その後に控えているであろう訴訟。この展開がどうなるか。これが1つのポイントかなと思っています。もちろん不交付撤回に向けてジャーナリストとしての自分ができることは何でもやろうと思っています。

写真=平松市聖/文藝春秋

あいちトリエンナーレ閉幕後「本業に戻ります」 津田大介「思想的には左翼じゃなくてリベラル」の真意 へ続く

(辻田 真佐憲)

津田大介さん