(舛添 要一:国際政治学者)

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 民主化を求める市民の抗議活動が続く香港では、デモ隊と警察とが激突するなど、今も収拾の目処が立っていない。そんな中、11月4日、輸入博が開かれている上海で、香港の林鄭月娥長官と会談した習近平国家主席は、香港の秩序回復を強く求めた。

 私は、その1週間前、先端技術に関する国際シンポジウムに参加するため上海を訪ねたのだが、香港問題について語るのはタブーであった。中国政府は、香港の動向に神経を尖らせているし、民主化を求める香港市民に同調するような上海市民に会うこともなかった。

失くしたスマホも戻ってくる「監視社会」

 ただ、中国国民が政府の締め付けに不満を示しているかと言えば、実はそうではない。米中貿易摩擦の影響で7~9月の中国のGDPはプラス6%で、過去最低となったが、それでも低成長の日本と比べれば、めざましく成長している。豊かさを満喫する国民が増えていることは事実なのである。

 しかも、5GやAIという先端技術では日本の先を行っており、キャッシュレス決済をはじめ、スマホで多くの用事が片付く便利な社会で暮らしている。

 そして、なんといっても中国が世界の「最先端」を突っ走っているのが、至る所に設置してある監視カメラの「活用」だ。その数は全国で2億台という。この監視カメラが今、中国人の行動を根本から変えつつある。

 中国人と言えば、「ルールを守らない」「公共のマナーは最低だ」というイメージが強いし、かつてはその通りだった。ところが、今やルールを遵守する礼儀正しい国民に変貌しつつある。監視カメラのおかげである。すぐに映像が証拠となって逮捕されるので、泥棒もいなくなり、交通違反も激減した。実際に、上海の大学で行方不明になった私のスマホもすぐに戻ってきた。

 顔認証をはじめとする技術も日本以上だ。私はAI開発の現状を見たが、驚くべき進み具合だった。無数の監視カメラと顔認証技術の融合により、まさに政府が全国民の個人情報を把握する監視社会が完成しているのだが、中国国民にとってみれば普通に生活しているかぎり、不便を感じることもなく、犯罪も減って、むしろ歓迎する、という雰囲気であった。

「民主化を求める香港市民」と「監視社会を是とする上海市民」とのギャップが印象的だったが、そこには民主主義の未来がかかる新しい問題が浮上しているのである。

格差拡大に対する不満が世界中で噴出

 11月9日は、ベルリンの壁崩壊30年の記念日である。東西冷戦の終焉、つまり資本主義や民主主義が、共産主義や独裁政治に勝った輝かしい日である。

 しかしながら、この30年を振り返り、今の世界の状況を見ると、素直には喜べない。それは、勝ったはずの体制の下で、様々な問題が噴出しているからである。

 アメリカでは、トランプ政権がアメリカ第一主義を唱え、保護主義に走っている。また、イギリスでは国民投票でEU離脱が決まりながら、議会が具体的方針を策定できずに、政治が混乱の極みにある。また、各国でネオナチのような極右が勢力を拡大し、移民や難民を排斥している。このようにポピュリズムが猖獗を極める状況は、30年前には予想できなかったことだ。

 このポピュリズムの背景には経済をはじめとする格差の拡大がある。世界中で、格差の拡大に不満を抱く人々が街頭に出て抗議活動を行っている。フランスの「黄色いベスト」運動がその典型である。最近は下火になったとはいえ、運動を組織するリーダーが不在にもかかわらず、フランス各地で多くの人々が毎週土曜日に参集して「平等」への要求を発している。

 南米を見れば、チリでも地下鉄の運賃値上げを発端に一気に反政府デモが激しくなった。そのためピニェラ大統領はAPECとCOP25の開催を断念せざるを得なくなったほどだ。

 チリは、南米の最優等生で、一人当たりGNPは、アルゼンチン、ブラジルを抜いてトップである。だが問題は貧富の格差だ。ジニ係数(所得格差を示す基準で、0〜1の間で、0が完全平等、1が完全不平等)で南米のみならず、OECD加盟国でも最高値はチリである。

 米中貿易摩擦の影響で世界経済が縮小するとともに、主要な輸出品である銅の価格が下落、通貨ペソの価値も下がって輸入品価格の高騰を招いた。電気料金の値上げなどが貧しい人々の生活をさらに苦しくしている中で今度は地下鉄運賃の値上げである。市民は街頭に出て抗議活動を展開し、すでに20人もの死者が出ている。格差の存在が、事態をここまで悪化させているのである。

 大統領は、地下鉄運賃値上げや電気料金値上げを撤回し、最低賃金引き上げなどの譲歩をしたが、いったん爆発した反政府活動が収まる兆しはない。

 ボリビアでは、エヴォ・モラレス大統領の退陣を求める野党側の攻勢が強まっている。10月の大統領選挙を不正だとして不満が嵩じており、街頭での抗議行動が激化している。国民の不満が爆発し、民主化を求める声が高まっているのだ。背景には、失業問題などの経済問題がある。

 中東のレバノンでは、10月半ばにスマホの無料アプリ「ワッツアップ」への課税方針が公表されたことが発端となり、反政府デモが拡大中だ。ここでも経済情勢の悪化と格差の拡大が背景にある。

 レバノンは、大統領キリスト教、首相はイスラム教スンニ派、国会議長はイスラム教シーア派から選出、18ある宗教・宗派ごとに議会の定数を決めるなどの宗教・宗派のバランスをとる工夫を行っているが、今回は宗教・宗派対立ではなく、非エリートエリートに対する、貧者の富者に対する異議申し立てとなっている。

 イラクでも10月初めから反政府デモが激化し、すでに270人以上が死亡している。サレハ大統領は、事態を収束させるため総選挙実施を表明したが、失業などに不満の抗議活動は収まっていない。

 アルジェリアエジプトでも、今年になって政府に対する抗議デモが行われている。

 以上のように、南米や中東でも格差の拡大に対する民衆の不満が反政府デモとなって拡大している。

「平等」の視点忘れてしまった民主主義

 30年前に高らかに勝利を宣言した資本主義や民主主義が、このような問題に直面しているのはなぜだろうか。それは、社会主義共産党独裁というライバルが敗退してしまったからである。単純化すれば、勝った前者は「自由」を、負けた後者は「平等」を象徴する。

 競争相手が健在なときには、西側は、社会主義、つまり「平等」の視点を政策に組み込んだ混合経済体制、アナソニーギデンズの言う「第三の道」といった政策を展開した。北欧型の社会民主主義である。

 ところが、今や自由奔放な資本主義が世界中を席巻し、グローバル化の進展とともに、格差が急激に拡大してしまった。

 それに抗議して世界で起こっているデモは、まさに「平等」を求める動きである。アメリカでも、若者の間で社会主義が注目され、アメリカ大統領選挙社会主義者と称される民主党サンダーズ候補が一定の支持を集めているのも皮肉な現象である。

 資本主義や民主主義は、生き残りをかけて、「平等」を実現するための努力を展開しなければならない。さもないと、共産党一党独裁の下で、社会主義市場経済で繁栄し、5G、AIによる監視社会を構築しつつある中国との厳しい戦いで勝ち残ることは難しくなるだろう。

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