(→前回までの「オジスタグラム」

その日、僕は後輩を連れて居酒屋でご飯を食べていた。
借金がある癖にいっちょまえに後輩を連れて行った事が神様の逆鱗に触れたのだろう。

ピンチは突然やって来た。

斜め前の席に座った女性二人組の一人に見覚えがある。
間違いない。4年前に付き合っていたキャバ嬢の彼女なのだ。

あ! やばい

向こうは気付いてないが、気付かれたら終わりだ。
運が悪い事に彼女もこっち向きだ。

僕は咄嗟に日食の位置に移動する。
太陽と月と地球が一直線になるあれだ。

昔、勉強した事なんて大概役に立たないが、この時ばかりは日食の位置関係を教えてくれた理科の山下先生に感謝する。

やばい、どうしよう。

店を出るにも、まだもつ煮込みもさつま揚げも、梅水晶すらも来ていない。

一旦日食の配置を崩し、後輩と場所を入れ替わり、僕が彼女に背を向け月になる作戦も考えたが、それも後輩への説明がややこしい。

すまん後輩、実は俺
別に金を借りた訳でもなく、酷い別れ方をした訳でもない。

むしろその逆だ。
僕に気付いたら、彼女は必ず喋りかけてくるだろう。

にゃんにゃん!!!久しぶり!」

と。
そう。僕は後輩にバレたくなかったのだ。
僕が「にゃんにゃん」と呼ばれていた事を。
すまん、後輩。
実は俺、にゃんにゃんなんだ。

さっきまでお笑いの話などをしていた先輩は実は先輩の皮を被ったにゃんにゃんだったんだ。
今まで楽しそうにしていた後輩も、僕がにゃんにゃんだと知ったら一変するだろう。
おい!おめー! にゃんにゃんだったのかよ!
にゃんにゃんの癖にお笑い語るんじゃねーよ!
時間返せよ!聞いてもにゃんにゃんになるだけだろ!
にゃんにゃんに奢って貰ったってツイートするからな! 糞が!

ダメだ。これは絶対バレてはいけない。
にゃんにゃん」がバレれば、必然的に僕が彼女を「にゃん」と呼んでた事がバレる。
これはだけは避けなければ。

その時、後輩が箸を落としてしゃがむ。
おい!バカ!しゃがむのだけはダメだろ!
咄嗟に僕もしゃがんで机の下に潜り込み、後輩の箸を拾う。

「す、すいません!ありがとうございます」
「い、いや、落とすなよ!箸!お、落としてもいいけど今度からは拾う時は拾うって言ってから拾えよ!」
「は、はい」

聞いた事のない礼儀である。

素晴らしい月の動き
頼む !後輩!
にゃんにゃんの運命はお前が握っている!
「にゃん」と「にゃんにゃん」の間にいるお前だけが頼みの綱だ。

そこからの月の動きは素晴らしい動きだった。

僕は、不自然に壁の方を向きながら喋ったり、後輩がトイレに行った時は寝たふりをしたりと、自転と公転を繰り返し「にゃん」「後輩」「にゃんにゃん」の奇妙なにゃん食関係をキープし続けた。

僕には8時間くらいに感じたが、1時間くらい経った頃だろうか、にゃんは次の予定があったのか、まだキャバクラで働いてて出勤の時間だったのかはわからないが、店を出ていった。

やった! やり遂げたんだ僕は!
にゃんにゃんの勝利だー!

こうして僕は何とか先輩としての面子を保ったのだった。
その日は謎の達成感から、にゃんにゃんは朝まで飲んだとさ。

皆様の中で、恋人と変なあだ名で呼び合ってる方がいたら、今のうちに修正するか二度と名前を呼ばれないくらい酷い別れ方をする事をオススメする。

ロマンスグレーの白髪鬼登場
さて、糞みたいな話はこの辺にしてにゃんにゃんによる本日のオジスタグラムにいきまひょう。

本日のおじさんは、辰さん。
辰さんはハードパチンカーの61歳で、ロマンスグレーの白髪鬼だ。
辰さんとは近所の居酒屋で出会って声をかけさせて頂いたのだが、珍しいパターンで、僕は実は辰さんの事は前から知っていたのだ。

知っていたと言っても話した事はない。一方的に認識してたのだ。
僕がよく行くパチンコ屋で、辰さんはいつも同じ台を打っていたからだ。

パチンコ屋には数百台、多い所になると1000台以上の台が置いてある。
みんなその中から出そうな台を選び、その予想通り出て喜んだり、向こうの台だったなと悲しんだりして毎日を楽しむ。
しかし、たまに1台に異常な執着を見せて、あたかも自分の家のように、毎日朝一から同じ台に座り続ける人がいるのだ。

辰さんがそれである。

「なんだぁ! 恥ずかしいなぁ。ガハハハ!」
「いやいや、すみません急に!いつも海物語の角台座ってる人だと思って!」
「ガハハハ!いつも負けてるけどね! ガハハハ!」
「ヘケケケ!いやたまに勝ってるの見ますよ! たまに!」
「おい! ガハハハ!」
「ヘケケケ!」

同じ台ばかり飽きないんですか?
パチンコをやる者同士は仲良くなるのも早い。
恐らく我々は心臓の代わりにパチンコ玉の核みたいなのが入ってて磁石のように惹かれ合う仕組みでもあるのだろう。

「いや、辰さんいつ行っても同じ台座ってるから、こっちは変な感覚に陥るんですよ!」
えー?
「あ! これ昨日にタイムスリップした!  って」
「お前!嘘つけ! ガハハハ!」
「ほんとですよ! パチンコ神?白髪の? 見えてるの俺だけかな?って」
「……。」

いくら核のパチンコ玉が惹かれ合ってても、全部笑ってくれるとは限らない。
最後のパチンコ神は本当に言わなきゃ良かった。

しかし、白髪とは不思議なもので黒髪に少量混じっているとみっともないが、全て白髪になると急に格好よく見える。
「『~』と同じシステムだ」と気の効いた例えをしたいが、思い浮かばないのでやめておく。

「同じ台ばかり飽きないんですか?」
「いや、飽きないよ。もう新しい台覚えるのも面倒だしなぁ」
「でも、毎日あの角の台しか座ってないじゃないですか? あれってなんでなんですか?」

一瞬恐ろしい質問をしてしまった事を後悔した。
奥さんがあの台を打ってる途中に亡くなって無念を晴らすためにとか言われたらどうしよう。

しかしそれは杞憂に終わった。
「いや、もう決めただけだよ。昔はよ、色々移動してたけど、移動した台出されたり、いらいらしてよ。もう決めちまおうって」
「いや、わかりますけど」
「いーぞー! これしかやらないって決めたらもう楽だぞ。周りが出ようが何だろうが、何にも腹立つ事はねぇ。一生パチンコが続けられるよ」

なるほど。
一見バカみたいな話に聞こえるが、これはなかなか深い。

幸せとは僕が思うに、選択肢が多い事である。
選べる状態にあるとゆう事は最高の贅沢なのだ。
進路、仕事、恋人、旅行先……。
なのでお金がある事が幸せと言う人がいるが、それは簡単に選択肢が増えるからだ。

寿司、焼肉、フォアグラ、何でも食べれる中であえて選ぶカップラーメンと、カップラーメンのみしか選択肢がない時のカップラーメンは味が違う。

しかし、辰さんはこれの逆を言っているのだ。
自ら選択肢を絶つ事により、幸せを手にする方法だ。
確かに一生カップラーメンしか食べないと決めたら、寿司も焼肉も羨ましくない。
しかし、この境地にはなかなか行けるもんではないのは簡単に想像出来る。

辰さん、凄すぎる。

ビッグダディもこうゆう境地なのかもしれない。
俺はこうゆう人間だ。
俺はこの台しか打たねぇ。

じゃんけん」でも!
「すげぇですよ、辰さん!」
「ええ?そうか? 簡単だよ!決めちゃえばいーんだからよ」
「それがなかなか出来ないんですよ」
ふーん。俺なんかめんどくせーから結構決めてるよ。じゃんけんだって10年くらいグーしか出してねぇし! ガハハハ!」

衝撃だ。

相手が何を出すのか予想する事のみが楽しみのあの国民的遊び「じゃんけん」で、考える事を放棄して10年間グーで戦ってる人がいるなんて。

「考えてやって負けたら腹立つだろ? 全部グーしか出さねぇから負けても後悔はねぇ。ただ兄ちゃんとは一生じゃんけんしないけどな! ガハハハ!」

そう言って辰さんはハイボールを飲み干す。
とにかく辰さんは一貫して穏やかに暮らすために選択肢を自ら奪っているのだ。

もはや仙人だ。
もう僕は辰さんの虜になっていた。

「かっこいーですわー!」
「いやいや、苦肉の策だよ」
「いや、出来ませんて!」
「とりあえず、一回決めたら絶対守る! それだけよ!」
「ははぁ~」

帰り際に、居酒屋マスターが耳打ちしてきた。

お兄ちゃんあんな人の言う事聞いたらダメよ。たっちゃん偉そうにあんな事言って、禁煙100回くらい失敗してるから」

くくく。

そこも含め僕は辰さんの虜だ。

(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)

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