シリーズ累計20万部を突破し、ドラマ化された「いつか、眠りにつく日」の作者・いぬじゅんさんは、作家活動を行う一方、長年福祉の仕事に携わってきました。高齢者や認知症の方、その家族と関わる中で多くのことに気づかされたと言います。「生と死」をテーマにしながらも、甘酸っぱい青春小説から感動的な人間ドラマ・ホラーまで幅広く描く人気作家いぬじゅんさんに、仕事のやりがいや魅力について伺いました。

作品は我が子のよう 読者の声が何よりうれしい

Q1. 仕事概要と一日のスケジュールを教えてください。
 
現在、静岡県浜松市にある福祉の会社でエリアコーディネーター・主任ケアマネジャーとしても仕事をしています。そのため日中は会社で仕事をし、帰宅後の夜間と休日を執筆にあてるというリズムができています。

福祉の仕事では、地域と連携して認知症や終活についての講座を開いたり、小中学生を対象にした言葉に関するボランティアなど、担当領域は多岐にわたります。
なぜ作家の仕事だけに専念しないのかと疑問を持たれることも多いのですが、人と接し、話をすることでアイデアをもらうことも多く、高齢者やそのご家族、さまざまな方に関わるこの仕事があってこそ、作家の仕事もできるのだと思っています。これまでに福祉の仕事を題材にして書いた作品もあるんですよ。

小説を書くためには、プロット作り・執筆・編集といった作業が必要です。プロットとは、物語のあらすじのようなもので、主人公はどんな人で、何が起きてどうなるのかをまとめた、物語の骨格。担当の編集者と一緒になってアイデアを練り、作品を作り上げていく過程は、毎回楽しくて仕方がありません。

<一日のスケジュール>
8:30 福祉の仕事に出社
研修会の講師、認知症や終活についての講座、ケアマネジャーの討論会に参加など
17:30 福祉の仕事・終業
18:00 帰宅、夕食
18:30 洗濯などの家事
19:00 執筆
23:30 就寝 
 

Q2. 仕事の楽しさ・やりがいは何ですか?

読者から感想の手紙をもらえる時が、一番やりがいや楽しさを感じます。SNSでいただくコメントやメッセージなどもうれしいのですが、ずっと手元に形として残る手紙は格別です。
小説を出版する時はいつも、我が子が親元を離れていくような寂しさを感じます。しかし、書店で自分の作品を見ることは恥ずかしくてできません。棚の前を素通りして、こっそりと振り返る程度です。先日、たまたま行った書店で、私の作品を手にレジに並んでいるご夫婦を見かけました。思わず声をかけたくなりましたが、やはり恥ずかしくなってしまい、思い留まりました。
  
 
Q3. 仕事で大変なこと・つらいと感じることはありますか?

作品を書いている時は、主人公に感情移入してしまいます。そのため一緒になって落ち込んだり悩んだり、苦しんだりしてしまい、精神的につらくなることもありますね。ですが、そんな主人公の気持ちに「共感した」といった声を読者からいただくと、本当にうれしいですし、苦労が報われる気がします。 

興味のあることに突き進み、世界を広げてきた

Q4. どのようなきっかけ・経緯でその仕事に就きましたか?

10年ほど前、友人が失恋し、その傷を癒やすためにせめて小説の中だけでも彼女の叶わなかった恋を成就させたいと小説を書いたことが始まりでした。
当時流行っていた「ケータイ小説」の投稿サイトに作品を掲載したところ、それを見た友人はとても喜んでくれ、こんな風に自分の書いた文章で誰かを元気づけることができるのだということに感銘を受けました。その後も、細々と書いては投稿するということを続け、2014年に「日本ケータイ小説大賞」を受賞したことが作家デビューへとつながりました。

Q5. 大学では何を学びましたか?
 
大学では、外国語学部日本語学科に在籍していて、日本語の持つ美しさや言葉遣いについて、また、海外から見た日本語の良さについて学びました。これは今、執筆にも生かされていると感じています。
卒業論文では「松任谷由実の紡ぐ歌詞」をテーマに、ユーミンの曲全ての歌詞を分析しました。学生時代によく聴いていたユーミンドリカムの楽曲から「女の子の気持ち」を学んだと言っても過言ではありません。こういった経験の一つ一つが今の仕事を支えていると思っています。
 
 
Q6. 高校生のとき抱いていた夢が、現在の仕事につながっていると感じることはありますか?
 
高校生の頃は特に将来の夢を持っていたわけではなく、漠然と日本語の美しさを伝える職業に就きたいと考えていました。例えば、教師や日本語教師などさまざまな選択肢がある中で、古き良き日本語を残していきたいと、高齢者と関わる機会の多い福祉の道へ進むことを決めました。現在、高齢者の方たちが使う昔ながらの言葉や方言を、地域の子どもたちへと伝えるといったボランティアも行っています。
私は作家の仕事と福祉の仕事を両立していますが、興味のあることに突き進み、世界を広げてきたことがこのような枠にとらわれない働き方につながっていると感じています。

趣味は自分の視野や価値観を広げる大切な一歩

Q7. どういう人がその仕事に向いていると思いますか?
 
想像力が豊かな人、そして好奇心旺盛な人、これに尽きると思います。例えば電車の中で、前に座った人の人生ドラマをふわっと思い描けるような想像力があるかどうか。私も昔から人の話を聞いては、その後のドラマを自分で考えては想像の世界に没頭してしまうことがよくありました。そうして浮かんだアイデアは付箋に書き留めておくことが習慣になっていて、後々のプロット作成に生かしています。
 

Q8. 高校生に向けたメッセージをお願いします。

私は学生時代、勉強だけでなく、馬術部の活動やアルバイト、DVD集めなど興味のあることには全力で取り組んできました。「多趣味だ」という人がいますが、それこそが自分の視野や価値観を広げる大切な一歩ではないでしょうか。私自身、枠にとらわれることなく、好きなこと興味のあることに取り組んできた結果、福祉の仕事と作家の仕事の両輪で充実した人生を送る事ができています。皆さんも少しでも琴線に触れることがあれば、ぜひその世界を覗いてみてください。 
また、今は文学関連の賞に応募するだけでなく、インターネットやSNSなどを通じて作品を発表することができます。作家デビューのチャンスはたくさんありますから、ぜひ情報を収集して、さまざまな形で挑戦してみてほしいと思います。

 
高校生時代は、将来のイメージが漠然としていたいぬじゅんさんですが、日本語の美しさや良さを伝えたいという思いから、福祉と作家2つの道を見つけました。これからの時代は、複数の仕事を持ち、専門性や知識を生かす作家も増えていくのでは、といぬじゅんさんは語ります。今、たくさんのやりたいことや興味がある方はぜひ将来の働き方について参考にしてみてください。

 
profile】いぬじゅん
奈良県出身、静岡県浜松市在住。2014年に「いつか、眠りにつく日」で第8回日本ケータイ小説大賞を受賞し書籍化。2019年、フジテレビの動画配信サービスFOD及びフジテレビ地上波にて連続ドラマ化も。「三月の雪は、きみの嘘」「今夜、きみの声が聴こえる」、「奈良まちはじまり朝ごはん」シリーズなど著作多数、著者累計40万部を突破中。ほか電子書籍「北上症候群」(エムオン・エンタテインメント刊)、「この冬、いなくなる君へ」(ポプラ社刊)など。https://inujun.jimdo.com/