10月24日の朝、日比谷の旭化成本社を訪ねた。リチウムイオン電池開発の功績により今年のノーベル化学賞受賞が決まった吉野彰氏を取材するためである。吉野氏を取材するのは、今回が2回目。1回目は2年前で、当時の旭化成神保町に本社を構えていた。現在は東京ミッドタウン日比谷に居を移している。

 移転後の旭化成を取材するのは初めてだが、筆者は同社と階を接する別の会社の仕事を請け負っている都合上、旭化成本社の受付があるビル9階にはなじみがある。

 元々人通りの多い場所だが、その朝は特に多く、受付近くで談笑する人々の姿から、吉野氏の快挙の余韻が2週間後でも残っているように思われた。

ノーベル賞を祝う垂れ幕もディスプレイもない

 少々意外だったのは、受付近くのどこにもノーベル賞受賞を祝う垂れ幕もディスプレイもなかったことである。近年、日本人ノーベル賞受賞者が立てつづけに輩出されており、受賞者がいる大学や公的研究施設などに行くと「○○先生ノーベル賞受賞おめでとうございます」という大きな垂れ幕をよく見かけていた。旭化成でも似たような掲示があるだろうと思ったら、なかったのである。

 ビル9階の受付を通ると、もう一度、社内にも受付がある。そこには所狭しと豪華な贈答花が並んでおり、お祝いムードを感じた。ただし、受付スペースのどこにも吉野氏のノーベル賞受賞決定を明示するものは見当たらない。もちろんこの時期に、何を祝う花か一見してわからない人は少ないはずだが、ちょっと抑制しすぎではないかと思われる。後日、旭化成広報部に確認したところ、「特別な掲示はしていません。弊社ではなく社員個人が受賞したものなので、線引きしています。ホームページリリースを出したくらいです」とのことだった。

 取材場所となる来賓室に移動する道すがら、ふと思いついて、広報の方に「受付にあったのは企業からのお祝いの花ばかりでしたが、個人から贈られた花もありますか?」と聞いてみた。

何気ない一言に込められた自負

 リチウムイオン電池は、スマホノートパソコン、あるいは心臓のペースメーカーなど、我々の生活の隅々まで普及して、もはやそれなしの生活は想像もできないくらいである。筆者など最近、4年ぶりにスマホを買い換えたが、新機種に対して、機能面の進化よりも、バッテリー持ちの良さにはるかに大きなメリットを感じ、「吉野さん、ありがとう!」と思った。今回の受賞決定を機に同じように吉野氏に感謝する人が日本中にいてもおかしくない。

 広報の方は、さすがに花は贈られてこないものの、一般の人からもお祝いの手紙などが届いていると言い、さらにこう付け加えた。「今回の成果は、一般の人にもわかりやすいですからね」

 何気ない一言だったが、私はここに一種の自負が潜んでいる気がした。たしかにリチウムイオン電池は目に見えやすい成果である。しかし、目に見えにくく、わかりにくいけれども、実は我々の生活に役立っている製品を旭化成はいくつも作ってきたし、これからも作っていくんだ、というような自負である。

「私はどちらかというと“息子”なんでしょうね」

 吉野氏も、過去の成果にこだわることなく、未来を見据えて、リチウムイオン電池が切り拓く新たな電力システムについて熱く語った。

 インタビューの中で特に印象に残っているのは、共同受賞者であるジョン・グッドイナフ氏との関係について言及した次の件である。

 吉野 (グッドイナフ氏は)面白いことに学生を呼ぶときは「ヘイ、ボーイ」ですが、私を呼ぶときは「ヘイ、ガイ」。ちゃんと区別している(笑)。学生は彼にとって“孫”みたいなものですが、私はどちらかというと“息子”なんでしょうね。私にとっても彼は父親のような存在です。彼の専門は固体物理、私の専門は化学。ディスカッションすると、面白いですよ。専門が違うせいか彼の方はデジタル型、私の方はアナログ型で、思考パターンが違うからです。

海外と日本の間で交わされた“キャッチボール

 考え方の違いを楽しむ懐の深さが、吉野氏の強みだと思う。今回の受賞は、リチウムを最初に電池の材料に使ったスタンリー・ウィッティンガム氏、正極材料を開発したグッドイナフ氏、負極材料を開発した上、実用的なリチウムイオン電池を作りあげた吉野氏の成果がノーベル賞委員会に評価された。リチウムが野球のボールとすれば、グッドイナフはキャッチャー、吉野氏はピッチャーとなろうか。大学研究者と企業研究者、海外と日本の間で交わされたキャッチボールが一つの製品として結実したわけだ。

「(グッドイナフ氏と吉野氏の)お二人はまさにバッテリーですね」と言うと、吉野氏は笑って肯いた。

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 科学ジャーナリスト、緑慎也さんによる吉野彰さんのインタビュー京都から世界にET革命を」は「文藝春秋12月号および「文藝春秋digital」に掲載されている。

(緑 慎也/文藝春秋 2019年12月号)

吉野彰さん ©文藝春秋