今年4月、東京・池袋で車が暴走し母子が死亡した事故。警視庁はきのう、車を運転していた旧通産省・工業技術院の飯塚幸三元院長を過失運転致死傷の疑いで書類送検。この際、「厳重処分」を求める意見も付したという。

 送検を受け、夕方には遺族の男性らが会見を開き、妻の真菜さんと娘の莉子ちゃんを失った松永さんは「2人が亡くなってから7カ月間、目まぐるしい日々だったが本日スタートラインに立ったと思う」と語った。ただ、元院長がテレビ番組のインタビューで「安全な車を開発するようにお願いしたい」と発言したことに対しては「あの限られた映像を見た感想ということを前提としてお話させて頂く。見た時は体が震え出して、怒りというよりは虚しくなってしまった」「やっぱり加害者は2人の死と向き合っているとは、私はちょっと思えないというのは正直な感想」と厳しく批判した。

 さらにきのうは、“捜査関係者によるもの”として、飯塚元院長が事情聴取の中で「予約していたフレンチレストランの時間に遅れそうだった」と供述していることも新たに報じられた。
 

 「書類送検って、どれだけ上級国民に甘いんだ?殺意が沸く」「上級国民(笑)だから死刑にすらならないのか」。
 
 こうした状況や発言を踏まえ、ネット上で事故発生当初から取り沙汰され、「ユーキャン 新語・流行語大賞」にもノミネートされた“上級国民”という言葉が今もなお飛び交う。ネット炎上に詳しい国際大学グローバル・コミュニケーションセンター講師の山口真一氏は「逮捕されず、いつまでも放置されているように見え、肩書き(上級国民)で忖度されているのかと多くの人が思って正義感から批判してしまう。また、怒りの感情はSNS上で伝播し拡散しやすい」と話す。

 こうした状況に対し、12日放送のAbemaTVAbemaPrime』に出演したリディラバ代表の安部敏樹氏は「僕も非常に腹立たしい思いはあるが、松永さん怒りは当然、それ以上だ。そして、松永さん以上に怒れる理由はない。それでも松永さんはできるだけ冷静に議論されようとしている。そんな中で“極刑だ”などと怒るのは、ともすれば憂さ晴らしにつながってしまう側面がある」と指摘、「外野の役割は、そもそもどのような法体系になっていて、というところから議論をスタートさせ、次の制度設計の議論に発展させること。そうでなければ、世論が法律を超えてしまう」と危惧する。
 

 また、拓殖大学非常勤講師の塚越健司氏(社会学)は、「現時点でもなぜ“容疑者”を使わないのか、あるいはなぜこのタイミング、この形でこの供述が、という点などは考えなければならないが、感情的に共感することと、認知的に共感するということは分けられると思う。つまり、みんなで議論するための怒りは必要だということだ」と指摘する。

 「事故発生当初に議論されていたことだが、その場で逮捕されたなら“容疑者”と呼べばいい。ただ、今回のケースでは怪我をしていたこと、証拠隠滅の恐れがないことなどを理由に、現行犯逮捕はされなかった。そこで、メディアがどう扱うかという問題が出てきた。匿名でもいいが、官僚として社会的に影響力のある人ではあるので、名前を出さないことは問題になる。肩書きはどうするのか。結果としてメディアが出したからこそ、“上級国民”と言われるようになった。そういう議論や経緯を知ると、“上級国民だから忖度した”などと単純に言うことはできないはずだ」。

 お笑い芸人ケンドーコバヤシは「交通事故に関しては、誰もが加害者になる可能性のあることで、逆に誰もが被害者になることがあるもの。だからこそ法の下では平等だが、そういう部分が見えてこなかったので、炎上のような形で話が大きくなってしまったのではないか」とコメント

 また、現代美術作家の柴田英里氏は「たしかに上級国民かそうでないかと言えば、上級国民だろう。しかし同時に“情報弱者”でもあったと思う。自動ブレーキのある車が買えないわけではなかっただろうし、一連の発言についてもそうだ。それはSNS上で過激な発信をしている人たちも同様で、“誰かが怒っているから俺も怒る、私も怒る”“誰かが悲しんでいるから、私も悲しい、俺も悲しい”というように、言語ではなく、共感の力だけで動いてしまうことで、事実からどんどん乖離してしまうと思う」、ハグ屋・えろ漫画家ピクピクン氏は「家族はなぜ運転を止めさせなかったのか。確かに上流国民だったのかもしれないが、いわゆる“おじいちゃんのケア”という側面から見れば三流だ」と指摘していた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
 

▶映像: 世論はなぜ遺族以上に過剰反応? スタジオでの議論の模様

「極刑を」過熱する怒りと“上級国民”批判、第三者は再発防止のための議論をせよ