(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

JBpressですべての写真や図表を見る

 国会は「桜を見る会」で盛り上がっている。共産党が「安倍首相の後援会関係者が招待されたのは会の私物化だ」と追及したのが始まりで、野党が「追及チーム」を作って追及し、首相は来年(2020年)の開催を中止すると決めた。

 やりきれないのは、こんなスキャンダルで野党が騒ぎ、また森友・加計問題のように国会審議が空転することだ。首相が中止を決めたのもそれを防ぐためだろうが、この流れは止まりそうにない。

政策論争をあきらめた野党

 桜を見る会吉田茂首相が1952年に始めた毎年恒例の行事で、民主党政権でも開催された。安倍政権で規模が大きくなって今年は1万8000人を超えたが、首相の関係者を招待することは違法でも不正でもない。

 そのコストが予算5500万円を超過したのも、政府にとっては誤差の範囲である。それより1100兆円以上の政府債務を抱える中で、800兆円を超える社会保障会計の「隠れ債務」がさらに膨張している問題のほうがはるかに大きい。

 しかし野党は国会で、社会保障の問題は追及しない。数字ばかり出てくるむずかしい問題は、マスコミが取り上げてくれないからだ。政治家にとって大事なのは政策論争ではなく、次の選挙で生き残ることなのだ。

 与党の政治家は地元への利益誘導で集票できるが、それができない野党にはマスコミで目立つという手段しかない。そしてマスコミは野党の政策には興味をもたない。野党の出す法案が実現する可能性はないからだ。

 そんな弱小野党でも、政府と対等に戦えるのがスキャンダルである。政策を知らない有権者でも、政治とカネの問題には敏感だ。田中金脈事件やリクルート事件では内閣が倒れた。

 野党が躍進できるのは、こうした大型疑獄事件の後である。リクルート事件で自民党の政治家が次々に摘発される中で行われた1989年参議院選挙では、初めて野党が過半数となり、これが1993年の政権交代の大きな原因となった。

 だが政策論争で倒れた内閣はない。特に安倍首相の打ち出している経済政策は、世界的にみるとリベラルな「大きな政府」であり、野党がこれに反対することはむずかしい。

 外交・防衛でも、安倍政権はタカ派とはいえない。2015年に大荒れになった「安保国会」でも、野党は安倍内閣を解散に追い込めず、政権はかえって盤石になった。今や政治的な争点がなくなり、野党は政策論争をあきらめたのだろう。

ワイドショー化したマスコミ

 だから組織力や政策実行力では自民党にまったくかなわない野党が、国会で与党と対等に戦えるスキャンダル追及に特化するのは、選挙戦術としては合理的である。

 それを促進しているのがマスコミの劣化だ。マスコミには政治部と社会部という日本独特の区別があり、記者の半分以上は(地方を含めて)社会部である。普通の政治ニュースは政治部が担当するが、事件になると社会部が担当する。

 昔はその区別がはっきりしていて、政治番組はスタジオで各党が討論する退屈なものだったが、それでは視聴率が取れない。1日に何時間もワイドショーを放送するようになると、政治ニュースにも面白さが求められる。新聞も部数が減る中で、刺激的な社会部ネタが重視されるようになった。

 日本のように1面に政治・経済の記事が載る新聞が何百万部も発行される国はほとんどない。多くの国でもっとも発行部数が多いのは、1面にスポーツ・芸能の記事が載る大衆紙である。日本の新聞も「世界標準」に近づいてきたといえよう。

 他方でロッキード事件やリクルート事件のような大型の疑獄事件は、政治資金規正法が厳格になって、最近ほとんどなくなった。つまりスキャンダルの需要が増える一方で、その供給が減っているのだ。

 その結果、マスコミが取り上げるスキャンダルがどんどん小型化している。森友学園も加計学園も、政治家は刑事事件にならなかった。最近、安倍内閣の閣僚が2人相次いで辞任した原因も、小さな選挙違反である。昔はこの程度で閣僚が辞めることは考えられなかった。

「武闘派」でないと出世できない

 このようにマスコミがワイドショー化したことが、野党に大きな変化をもたらした。かつて社会党の幹部になったのは大きな労働組合を基盤にした実力者だったが、いま野党で活躍するのは国会で派手に暴れる「武闘派」である。

 その代表が、最近話題になった国民民主党森ゆうこ議員だ。彼女の質問には、政策論は何も出てこない。国家戦略特区をめぐる真偽不明の疑惑を語気荒く語り、規制改革推進会議の原英史座長代理が「国家公務員だったら収賄罪だ」などと事実に反する質問をする。

 質問通告が遅れて多くの官僚が待機させられても、謝罪もしないで「情報漏洩だ」と開き直る。その根拠にした資料がサンフランシスコ時間になっていることを指摘されても訂正さえしないで、今は桜を見る会に騒いでいる。

 森議員はかなり特殊なケースだが、例外ではない。彼女が情報漏洩を騒ぎ始めてから、立憲民主党会派の今井雅人議員や柚木道議議員もサンフランシスコ時間で国会質問したが、それを謝罪もしない。彼らも桜を見る会に騒いでいる。

 民主主義とはそんなものだ、と達観する人もいるかもしれない。政治家にとって一番大事なのは再選されることだから、野党が有権者の大部分を占める無知な大衆に最適化するのは当然だ。

 しかし桜を見る会でいくら騒いでも、政権を取ることはできない。スキャンダルに特化した野党は、政権から遠ざかるばかりだ。それは野党を衰退させるだけでなく、有権者から選択肢を奪って民主主義の死に至る道である。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「温暖化対策」100兆円をドブに、日本はバカなのか?

[関連記事]

日本人が香港デモに無関心のままではいけない理由

弾劾追及、ついに強気大統領の目に涙

2019年の「桜を見る会」で招待客への挨拶に駆け回る安倍首相(2019年4月13日、写真:つのだよしお/アフロ)