新事実こそ出てこなかったが・・・

 これまで水面下で続けられてきた民主党主導の「ウクライナゲート疑惑」をめぐる米下院情報委員会の公聴会が13日、全米テレビで実況中継された。

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「影の主人公」のドナルド・トランプ大統領は「全くの弾劾詐欺。インチキ興行裁判だ」と嘯いている。

 民主党ナンシー・ペロシ下院議長は「米国にとって悲しむべき日」とつぶやいた。

 弾劾を論じなければならないほど最悪の大統領を選んでしまったことを悲しむ日ということなのだろうか。

 公聴会で証言したトップバッターは、軍人出身外交官とキャリア外交官の2人。

 一人は陸軍士官学校を最優秀で卒業し、ベトナム戦争にも参戦したエリート軍人、国務省に転じて、「ウクライナゲート疑惑」事件が起きた時には駐ウクライナ臨時代理大使だったウィリアム・テイラー氏。

 同氏については、国務省内では「コリン・パウエル(元国務長官)やリチャード・アーミテージ(元国務副長官)とともに外交手腕を発揮した軍人出身外交官の一人」(国務省OB)という評価が定着しているという。

 もう一人は生え抜きの外交官でウクライナをはじめ東欧諸国大使を歴任して、事件当時は東欧担当国務次官補代理だったジョージケント氏。

 証言後、メディアは「2人ともウクライナと米国との信頼関係を大切にしてきた本物の外交官。言っていることに偽りがない」と一様に高い評価を与えている。

 2人はすでに未公開聴聞会で証言しており、その内容はメディアで報道されている。従って13日の証言には「新事実」はほとんどない。

 ホイッスルブロワー(内部告発者)が情報機関査察官に報告したことが発端となって表面化した「ウクライナゲート疑惑」。

 トランプ大統領ウクライナウォロディミル・ゼレンスキー大統領との電話会談(7月25日)で対ウクライナ軍事支援を実施する見返りとしてジョー・バイデン前副大統領の息子が絡むウクライナ企業の汚職疑惑捜査を再開するように要求したという疑惑だ。

ウクライナ外交は2チャンネル

 新事実はないとはいえ、2人の外交官が証言した中で記録に残る重要情報は以下のようなものだ。

一、ソ連からの侵略に対抗するウクライナに対し、米外交には2つのチャンネルがあった。

 一つが国務省を軸とする「正規のチャンネル」。もう一つが大統領の個人弁護士、ルドルフジュリアーニ氏(元ニューヨーク市長)ら大統領側近の「正規でないチャンネル」だ。

二、7月20日の電話会談の翌日、ウクライナ政府と協議したゴードン・ソンドランド駐欧州連合(EU)大使はトランプ大統領に電話し、ウクライナ側の反応を報告。

 大統領は米ウクライナ関係よりも「バイデン氏の調査を気にかけていた」という。その場に居合わせたテイラー駐ウクライナ臨時代理大使のスタッフがソンドランド氏から伝え聞いた。

三、米政権が凍結していた対ウクライナ軍事支援について、テイラー氏は「ウクライナバイデン氏に関する調査を始めない限り実施されない」との認識を持っていた。

大統領選のために対ウクライナ軍事支援を凍結するのは馬鹿げた話だ。今でもそう思っている」とテイラー駐ウクライナ臨時代理大使(当時)は証言した。

(米下院情報特別委員会のアダム・シフ委員長によると、トランプ政権が凍結を解除したのは「ホイッスルブロワーが情報機関査察官にウクライナゲート疑惑を告発した翌日だったという)

四、東欧担当国務次官補代理だったケント氏はマリー・ヨバノビッチウクライナ大使が突然解任された背景にはジュリアーニ氏がいると告発。

 ジュリアーニ氏が「正規でないチャンネル」での交渉を進めるにはヨバノビッチ氏が障害になると判断して「嘘の中傷」をしたためだと証言した。

上院共和党に造反組
弾劾決議の門前払い不可能に

 民主党は、下院情報委員会などを舞台にトランプ大統領の「権力乱用」を追及し、年内にも弾劾に向けた具体策、つまり下院司法委員会での弾劾決議採決に持ち込みたいようだ。

 しかし、下院で弾劾決議が可決しても共和党が過半数を占める上院で弾劾に必要な議席の3分の2(67議席)をとるのは無理とされている。

 つまり弾劾、弾劾と叫んでみても、上院では「数の力」で共和党に押し切られてしまう(共和党の上院議席は現在53)。

 共和党の上院執行部はこれまで、弾劾決議案が上院に送られてきた場合、審議する前に議席の単純過半数(51議席)で門前払いすることを考えていた。

 ところが、公聴会の行われた11月13日共和党幹部の一人、ジョン・コーニン議員(テキサス州選出)がショッキングな発言をしたのだ。

共和党内に弾劾に賛成する議員も出てきそうな状況になってきた。弾劾決議案を審議拒否するのに必要な51議席確保は難しくなってきた」

 フォックス・ニュースのクリス・ウォーレス氏は、「上院共和党議員のうち20%=10人強が弾劾に賛成する可能性がある」という情報を共和党幹部から聞いたと述べている。

民主党は無所属を含め現勢力は47議席。共和党から10人の造反者が出てくれば57議席となる)

15日に注目の外交官が登場

 下院情報委員会は15日には、ヨバノビッチ前駐ウクライナ米大使が証言する。

 ヨバノビッチ氏の両親はロシアからカナダに移住。プリンストン大学を経て、国防大学でロシア政治を専攻。

 国務省に入省し、ロシア部長を経て、カザフスタンアルメニア各大使を経て、バラク・オバマ政権の時にウクライナ大使として首都キエフに赴任、2016年から3年間大使を務めた。

 13日のケント氏の証言によれば、ヨバノビッチ氏が今年5月、突然大使を解任された原因はジュリアーニ氏から攻撃されたためという。

 大統領の超側近と言わているジュリアーニ氏が対ウクライナ外交でいったい何をやっていたのか、ヨバノビッチ氏の証言でさらに鮮明になってきそうだ。

 下院情報委員会は、来週以降、次の証人たちを喚問する。

11月19日

ジェニファー・ウィリアムス氏(マイク・ぺンス副大統領補佐官)

アレクサンダー・ビンドマン国家安全保障会議(NSC)欧州担当部長

カート・ボルカー元ウクライナ特別代表

ティム・モリソンNSCスタッフ

11月20日

ゴードンサンドランド欧州連合(EU)大使

ローラクーパー国防次官補代理(ロシアウクライナ担当)

デービッド・ハル国務次官(政治担当)

11月21日

フィオナ・ヒル元NCS上級部長(欧州ロシア担当)

 トランプ大統領が2020年大統領選での再選を目指して、国益を追求するための外交より自身の政治的野心を優先させたとされる「ウクライナゲート疑惑」。

 13日の公聴会で証言した2人の外交官はしきりと「ルール・オブ・ロウ」(法の支配)という言葉を使った。

 不動産業で巨万の富を得、カネ儲けのためには何でもしてきたビジネスマン・トランプ氏が、議会、官界から「法の支配」というヤードスティック(物差し)で厳しく精査され始めた。

 テレビ中継を見ていたという米ロサンゼルス近郊に住む高校教師は筆者にこうコメントしている。

「問題はトランプ氏が弾劾される、されないということよりも、もっと大きな米国という法治国家が試されている」

「リチャード・ニクソン(第37代大統領)のウォーターゲート事件よりももっと深刻な事態になっている」

「この男(トランプ大統領のこと)だけは絶対に再選させてはならない。それこそを下院の弾劾調査が教えている」

「トランプ弾劾劇」の幕は開いた。

 だが、実際の弾劾に至る道のりは長い。弾劾追及が激しくなってもそれが即弾劾にはつながる保証はない。

 ただトランプ大統領が追及に耐えられず、匙を投げ出す可能性はある。むしろそちらの方が可能性大かもしれない。

 筆者がニクソン大統領の弾劾追及した上院特別委員会や弾劾を決めた下院司法委員会を直接取材した時のことに触れたい。

 1974年8月20日レイバーン下院オフィスビルにある下院司法委員会で弾劾決議案の採決が行われた。

 11月13日から始まった今回の下院情報委員会公聴会が開かれているのは同じビルだ。

 ニクソン氏に対する司法妨害、権力乱用、議会侮辱の3つの容疑が賛成多数で可決された瞬間、弾劾を決めたばかりの議員の中には茫然とする者、涙を浮かべる者もいた。傍聴席からは「オーノー」と叫ぶ女性の声も聞こえてきた。

 決議案が可決した直後、委員会室の外の廊下でカメラの前で第一報を送る若い女性報道記者の声は上ずっていた。

 記者たち(私も含め)は廊下にある公衆電話に向かって突進した。

 大統領を弾劾することの意味。それが米国民にとって決して軽いものでないことをあの時、痛感したのを覚えている。

 それはあの当時も今も変わっていない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  弾劾追及、ついに強気大統領の目に涙

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