(PanAsiaNews:大塚智彦)

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 10月23日に発足したインドネシアのジョコ・ウィドド大統領による2期目の新政権が早くも厳しい局面に立たされている。

 東端のニューギニア島西半分を占めるパプア州、西パプア州で8月以降続いたパプア人への差別に端を発した暴動・騒乱という治安問題への対処は、新政権が真っ先に取り組むべき重要課題の一つだった。

 打開策として政府は、現在のパプア地方に存在する2州をさらに分割し、新たに2州を新設して計4州とする案を提示したものの、現地議会関係者らから強い反発を受け、暗礁に乗り上げようとしている。

パプア地方では海外メディアや人権団体の活動制限

 パプア地方では長年、武装組織「自由パプア運動(OPM)」を主軸とした勢力による独立を求める武装闘争が続いている。そこで国軍はパプア地方を「軍事作戦地域」に指定し、外国人などの立ち入りを厳しく制限する一方で、OPMメンバーやその支援者に対する拷問、暴力行為、殺害などの人権侵害事件を繰り返し引き起こしてきた。

 パプア地方は、1998年にアジア通貨危機と民主化のうねりの中で崩壊したスハルト長期独裁政権下ではイリアンジャヤ州という一つの州だったのだが、2002年にパプア州へと改称、2003年にはパプア州と西イリアンジャヤ州に分割(後に西イリアンジャヤ州は西パプア州に改称)、以後、中央政府による支配が強化されてきた。

 パプア州南部にあるティミカ地方は、米資本の巨大鉱山が開発事業を請け負うなど石油、天然ガス、金銀銅などの天然地下資源が豊富で、政府としてはここを「南パプア州」として分割することで、パプア地方にくすぶる独立運動の分断と弾圧を目論んだわけだ。

 パプア地方の独立武装闘争はこれまで細々と続いてきたが、これに再び火をつけたのが、今年8月17日に起きた「パプア人差別事件」だった。インドネシアでは、昔からパプア人に対する差別意識が蔓延っており、そこにパプア人が反発してきたという経緯がある。それが、この「パプア人差別事件」で爆発したのだ。ジャワ島東部の都市スラバヤで、治安部隊によるパプア人大学生寮への家宅捜査の過程で、警察官らがパプア人に対して「ブタ」などと暴言を繰り返した。これが全国規模でのパプア人による「抗議デモ」に発展したわけだ。

 特にパプア地方では、抗議集会やデモに参加していたパプア人が一部で暴徒化、パプア州ワメナでは約30人が死亡する事態に発展している。

 ジョコ・ウィドド大統領は事態を重視して「大統領宮殿の別宅をパプアに建設する」「より多くのパプア人を公務員に雇用する」などの懐柔策で事態の収拾に乗り出した。

 さらに現地では展開した軍や警察によって、事態は一応沈静化したかに見える。だが、独立武装組織が展開する山間部などでは小競り合いが続いているという。

 パプア地方での海外メディアの取材や人権団体などNGOの活動は厳しく制限されており、また一時は携帯電話やWi-Fiなどの通信制限も実施されるなど、実態が外部に伝わらないのが実情で、治安部隊による独立組織や一般住民への人権侵害が続いているとの情報もある。

2州新設の推進者は前国家警察長官

 そうした中、「パプア州分割」の口火を切ったのは、新政権のティト・カルナファン内相。ついこの間まで、治安維持を担当する国家警察長官を務めていた人物でもある。10月29日パプア州南部を新たに「南パプア州」とし、山岳地方には「プグヌカン・トゥンガ・パプア州」を新たに分割してパプア地方全体をこれまでの2州から4州にする案を示した。

 ティト内相によると、分割方針はジョコ・ウィドド大統領の指示であり、そもそもパプア人が希望していたことである、として地元の要望を受け入れる形での提案と説明された。

 しかし州分割を求めているパプア人やパプア人組織に関しては明示しておらず、実際に草の根のパプア人が分割を望んでいるかどうかを疑問視する声も出ている。

地元人民議会は反対を表明

 新たな州の分割案は天然資源産地が集中するパプア州南部をパプア州から分割し、また独立武装組織の活動が活発な山岳地方もまた分割することで治安対策を強化することが念頭にあることは明らかで、すぐさま地元からは強い反発が起こった。「地元の要望に沿った分割案」という内相の説明を信じる者はほとんどいない。

 パプア人で構成される「パプア人民会議」は11月6日、「州を分割するには社会的経済的に最適な時期ではなく、不可欠の理由もない」(テイモティウス・ムリブ人民会議議長)として内相提示の政府案の拒否を明らかにした。

 パプア地方では2003年の西パプア州の分割時にも反対運動があり「当時も分割がいい影響を与えたことはなく、今回も(分割による2州新設は)地元住民の希望ではなく、政府の思惑に過ぎない」と批判している。

 そもそも、パプア州で州を新設したり分割したりする際には人民議会の承認が必要であると2001年のパプア自治法で定められている。前述のように人民会議は州分割に反対しており、現状では政府の分割案は受け入れられない模様だ。

 暴動・独立武装闘争の弱体化を狙う新政府が、果たしてこの「分割案」を引っ込めるのか、あるいは何らかの策を講じて強行しようとするのか、今後の対応が注目される。

パプア問題の根本的解決への遠い道のり

 パプア問題はジョコ・ウィドド政権の最重要課題の一つ。対応を誤るとインドネシアからの独立を求める住民投票要求が高まり、東ティモール(2002年にインドネシアから分離独立を達成)の二の舞になりかねない。

 それだけに政府としては独立運動に対しては断固とした姿勢を取りながら、資源豊かなパプア地方のパプア人と和解を図りつつ共存共栄を目指すという「アメとムチ」で統治することが求められている。

 しかし、独立派を含めた全ての組織、あらゆる階層のパプア人との対話に対して政府は治安当局の強い反対もあって消極的とされ、さらにパプア人が求めている過去の人権侵害事件の解明についても、人権侵害に加担あるいは首謀・実行したとされている治安当局の非協力姿勢から、進めることができない状況にある。

 そうした中で州の分割という今回のティト内相による提案は、中央政府や治安当局の意向を反映した「パプア弱体化」策に他ならず、こうしたパプア問題に対する態度では到底パプア人に受け入れられないことは明らかだ。

 インドネシアの主要メディアもパプア問題では政府に厳しい視線を注いでいる。10月10日には主要紙「テンポ」(ネット版)は「パプアの誤算」との見出しでジョコ・ウィドド大統領の経済格差解消やインフラ整備といった対パプア政策は誤りであり、非パプア人の心に刷り込まれた「拭い難い差別意識」を払拭する努力に真摯に取り組む姿勢を訴えた。

 さらに主要英字紙「ジャカルタ・ポスト」は11月12日に「パプアの分割と統治」と題する記事を掲載し、州を分割したところでパプア人が求める公正と正義への闘いは決して解決しない、としてジョコ・ウィドド政権のパプア政策そのものを厳しく批判した。

 パプア人ばかりか主要メディアからの強い批判を浴びながら船出したジョコ・ウィドド政権の航海は、早くも座礁の危機に瀕している。

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