◆価格決定アルゴリズムが不況を拡大させる!

 AIが普及すれば仕事が奪われるという議論は近年、各所で語られてきた。だが、最近では別の研究結果が出現し始めた。AIによって物価下落や賃金低下が起こるというのだ。いったい、どういうことなのか!?

◆「職が奪われる」前に社会が直面する格差拡大という難問

 今年、日本経済の最も大きなイシューはやはり消費増税だろう。庶民はアベノミクスの実感を得にくいなか、消費増税で生活は苦しくなりそうだが、さらにAI(人工知能)化が追い打ちをかける可能性が指摘されているのだ。経済評論家の加谷珪一氏は言う。

「消費増税そのものが経済成長を阻害するわけではないが、消費者の買い控えで、さらなる“不景気の引き金”になることは十分に想定できる話です」

 消費増税がデフレを招くことはたびたび指摘されてきた。企業の収益悪化が労働者の賃金および購買力の低下を招き、モノやサービスが売れなくなるため物価が下落。さらに企業収益を圧迫するという悪循環が進む。

「日本は人口減少で全体的な生産量が減っており、企業は製品やサービスの値段を上げないと利益を生むことができない。しかし値段を上げると売れない。そうした悪循環で経済がシュリンクするフェーズに突入している」(加谷氏)

 さらに、増税による買い控えが起これば、物価上昇が押しとどめられ、企業の収益や労働者の賃金も上がらない悪循環が強化される可能性がある。

デフレの要因「価格調整アルゴリズム

 こうしたなか、デフレの要因として、最近新たに指摘され始めたのがAIの影響だ。なかでももっとも問題視されているのが「価格調整アルゴリズム」だ。日本でもお馴染みのECの巨人・アマゾンや米ウォルマートなど小売り大手では、価格決定を合理化するためのAIを使ったアルゴリズムを採用している。運用の差はあるものの、基本的には競合の販売価格をはじめ、ネット上のさまざまなデータを比較・分析し、自社が扱う商品価格に迅速に反映していくというシステムだ。

 普段、何げなく見ている店頭やECサイト上の値段の裏で、アルゴリズムが一生懸命に価格を見張っている様子を想像してみてほしい。「他店よりも高い商品があればお伝えください」という店頭の貼り紙は過去のもの。オンライン、オフライン問わず、小売業者が人工知能を使ってリアルタイムで最安値を更新しているのだ。

 なお、価格調整アルゴリズムは最安値だけでなく、価格を吊り上げる用途にも使用される。後者の現象は「デジタルカルテル」という言葉で定義されているが、いずれにせよ売り手にとって“最適な値段”をはじき出すのがAIの使命だ。消費者の購買力が落ち込んだデフレ市場において価格が安くないと買ってもらえない。そうなると、AIが商品の物価をとことん押し下げる方向に作用するというわけだ。

 ECの普及で小売店が過剰な値下げや倒産に追い込まれる状況を「アマゾン効果」と呼ぶ。国内でも最近、百貨店の相次ぐ閉店やアパレル大手・オンワードの600店撤退などで同効果との関連が指摘されている。アマゾン効果は、すでに実態経済にも悪影響を及ぼし始めているのだ。

 価格調整アルゴリズムと物価下落という話題に関しては、韓国の事例が興味深い。韓国では9月に月間物価上昇率が史上初となる前年比マイナス0.4%に下落。ECサイトアルゴリズムが、物価上昇率に歯止めをかけているのではという議論が始まっているのだ。

◆韓国では値下げ合戦が白熱

 例えば、“韓国のアマゾン”と呼ばれ、ソフトバンクビジョンファンドから多額の投資を受けている「クーパン」は、価格決定アルゴリズムで商品の値段を自動調整しているという。値段調整に用いられるのは公式オンラインストアの値段、60日価格平均などさまざまなデータだ。ECが日本以上に発展する韓国では、クーパン以外にも業者が乱立。値下げ合戦が白熱している。日本のあるAI専門家からはこんな指摘もある。

「企業単体のアルゴリズムというよりも、さまざまなAIが互いに干渉し合って人間の目に見えない影響を社会に及ぼしている可能性はある。例えば、金融界ではAI取引が常態化し、株価や為替の乱高下の原因になっているのはすでに常識です」

 流通評論家の渡辺広明氏は言う。

在庫処分などの“損切り”は別として、原則的に小売業者の販売価格がメーカーからの仕入れ価格、すなわち原価を下回ることはない。したがって、アルゴリズムによる価格調整があったとしても限界がある。

 それよりも問題なのは、一定レベルの安売りが常態化するとメーカー側がブランド棄損のリスクにさらされてしまうこと。アマゾンやZOZOなど大手ECとブランドの折り合いがつかないという話はよく話題になりますし、米国で大手小売業者を通さず消費者への販路を直接開拓するD2Cブランドが台頭してきたのも、メーカーブランド棄損から自社製品を守るという文脈が大きい」

 付加価値が高い、ブランド力のある商品が高値で売れにくいというのもデフレ経済の特徴だ。価格調整アルゴリズムが、自社の価格合理性を保つためにメーカーブランド力さえ食いつぶしているという殺伐とした風景も見えてこないだろうか。

 こうした状況のなか、AIは物価だけでなく、デフレのもうひとつの要因である労働者の賃金低下を招くこともわかっている。最近、米国で話題となったのがサンフランシスコ連邦準備銀行の経済学者、Sylvain Leduc氏とZheng Liu氏による報告書だ。AIやロボットによる自動化が進むと、労働分配率が下がるという研究成果が発表されたのだ。

 なお、労働分配率とは、雇用者報酬を国民所得で割ったもので、生産活動によって得られた付加価値のうち労働者が受け取った割合を指す。わかりやすく言えば“労働者の取り分”だ。両氏によれば、米国の労働分配率は’00年から約7%も下落しているという。『AI時代の労働の哲学』の著者である社会学者・稲葉振一郎氏は指摘する。

◆資本家と労働者の対立構造が生まれる

産業革命以降、20世紀半ば頃にかけて資本家と労働者の格差は徐々に縮まってきた。これは、労働運動など政治的な力も背景にあるのですが、一方で機械などの資本と比較して、労働者が持つ知能や能力など属人的な資本がビジネスにおいて重要になったからだと指摘されています。しかし、AI時代に果たしてどう転ぶのか」

 稲葉氏によれば、資本家は労働者の知識や能力を「特許」など「知識財産権」に置き換えることで取り分を低く押えようとしたが、限界があったという。理由はそれらの能力を労働者から引きはがすことが難しかったからだ。‘70年代頃からは資本家と労働者の格差より、能力を持った労働者とそうでない労働者の格差の広がりが問題とされてきたが、20世紀末ごろから状況は変化し、現在、再び資本家と労働者の格差が国際的に問題になり始めており、その議論の渦中にAIの存在がある。

「AIは将来的に人間の創造的な仕事も代替するといわれていますが、それらソフトウェアの所有権は資本家に属することになる。そうなると、労働分配率をさらに低下させ格差を広げる方向に作用する可能性はあります」

 加谷氏は最後にこう述べる。

「AI化社会は長期的に見れば、日本経済にもメリットが大きいでしょう。しかし、短期的にまずコストカットのために使われていくので、賃金カットリストラなど人間の働き手にとって混乱の種になりえるかもしれません」

 言うなれば1920年以前の状態に逆戻りするというわけだ。AI化社会の到来で物価や賃金の低下は本当に起きるのか。不透明な先行きのなか、個々人がAIとの付き合い方や対抗策について真剣に考える必要がありそうだ。

◆融資先がない? AI化で焦る銀行

 AI化社会では、起業のハードルも下がるかもしれない。

「例えばAirbnb。従来の宿泊施設は設備投資をしないと商売ができなかった。しかし、今では普通の家がホテルに化けてしまう。そういう仕組みが広がると社会全体的に資金調達のニーズが減る」

 お金の借り手がいなくなると困る人たちがいる。お金の流通を独占していた銀行だ。昨今、低金利が続く日本経済の背景にも、IT化やAI化の影響があると加谷氏は指摘する。

「もちろん日銀の量的緩和が最大の理由ですが、テクノロジーによる需給のマッチングが低金利を誘発する遠因になっているとの見方もできる。ちなみにグレタ・トゥンベリさんのスピーチで話題が再燃した地球環境問題に最も熱心なのが、銀行など国際金融資本だという話もある。理由は、もうそこにしか莫大な資金調達ニーズがないから。AI化は、お金の流れを大きく変えています」

 銀行もAIデフレの餌食に!?

取材・文/河 鐘基 写真/AFP=時事 Shutterstock
※週刊SPA!11月12日発売号より

世界経済に多大な影響を及ぼすECの巨人・アマゾン。各国で「アマゾン効果」が起きている(写真/AFP=時事)