「家族だかさ、親子とかって、いろいろなんだな」

岡田惠和脚本のNHK土曜ドラマ「少年寅次郎」。国民的人気を誇った映画「男はつらいよ」の主人公・車寅次郎の少年時代を育ての母・光子(井上真央)との関係を中心に描く。

原作は山田洋次による『悪童(ワルガキ) 小説 寅次郎の告白』。映画とドラマの関係については、こちらの記事をご覧ください。全5回なので、今夜が最終回となる。早い!

先週放送された第4話では、寅次郎(井上優吏)は中学2年生になっていた。冒頭のセリフは、寅次郎がおいちゃんこと竜造(泉澤祐希)に語ったもの。この言葉のとおり、いろいろな家族や親子の形が、寅次郎を覆い尽くす回だった。

級友マサオと全盲の両親
寅次郎と実父・平造(毎熊克哉)の関係は悪化の一途をたどる一方だった。戦地から帰ってきた平造だったが、ろくでなしぶりに陰湿さが加わったようだ。

学校から帰ってきた寅次郎の顔を見るや、荒川を下って浦安へ行き、そのままアサリでも採って静かに暮らせ、と冷酷な嫌味をぶつける。それを聞いた心優しい妹のさくら(野澤しおり)は泣き出してしまうが、寅次郎は「そりゃいいかもな!」と明るく場をとりなす。「ちょっと出かけてくらあ。浦安だよ、浦安」と家を出る寅次郎の背中が泣いている。彼はものすごく傷ついている。

学校には新しい友人・マサオがいた。「何もない人なんていないよね」と語る聡明な彼は、寅次郎を帝釈天の裏側の長屋にある自宅に招く。ボロボロの自宅には、全盲の両親(山本浩司と『カメラを止めるな!』のしゅはまはるみ)が初めて訪ねてきた息子の友人に大喜び。子を思う親のストレートすぎる気持ちを見ると泣けてくる。目が見えなくても、貧しくても、親子三人は幸せそうだ。

寅次郎は複雑な表情で帰途につく。自分と父親の関係を思っているのだろう。冒頭の言葉を竜造に語ったのも、このときだ。

実母・お菊との出会いと別れ
寅次郎は、もう一つの親子関係に直面する。自分を産んで「くるまや」の前に捨てた実の母親・お菊(山田真歩)が葛飾柴又にやってきたのだ。「くるまや」を覗いて「何が寅ちゃんだ。変な名前にしやがって。二度と来るか、こんなとこ」と呟くあたり、勝ち気な性格ときっぷの良さが垣間見える。

学校を訪ねてきたお菊。担任教師の坪内散歩(岸谷五朗)が二人を引き合わせる。お菊は寅次郎を前にして、次々と自分を卑下する言葉を口にする。

「嫌だよね、嫌に決まってるよね。そりゃそうだ。ひどい母親だもんね」
「そうそうそう、私ったらバカだからさ、もうバカなのよ」

お菊から見て、窓を背にしている寅次郎は逆光の中にいる。それだけ彼女にとって寅次郎は眩しい存在だということだ。

「お願い、これ、受け取ってくれないかね……。お願いだよ……」

万年筆を受け取るとき、光に包まれてほんの少しだけ指先がふれあう。それでも寅次郎は「お母さん」と呼ぶことはできない。お菊が近づくと一歩二歩と下がってしまう。

「ごめんね。ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん……」

目の前にいる我が子を抱きしめることもできず、寅次郎の袖をわずかにつかみ、崩れ落ちそうになって頭を下げるお菊。

実母との面会を果たして帰宅した寅次郎は、平造に冷たい視線を浴びせる。誰のせいでお菊が泣いていたのか、彼にはもうわかっていたのだろう。

お菊はお寺で柏手を打つほど常識がない。でも、有り金全部を賽銭箱に入れて、泣きながら息子の幸せを祈って一心不乱に手を合わせる。

勝ち気で愚かでいじらしくて息子想いの母親像を山田真歩が見事に作り上げていた。「シャーロック」の女刑事、「あなたの番です」のノンフィクション作家、「架空OL日記」の先輩OL役などが印象深い。この人は将来、樹木希林みたいな女優になるんじゃないだろうか。

偶然、お菊と出くわして言葉を交わす光子と御前様(石丸幹二)。子どものことをお菊に聞かれた光子は、寅次郎のことをこう語る。

「本当に、本当に、心根がまっすぐで、なんていうんですかね、気持ちのきれいな、優しい子なんですよ」
「へえ」
「自慢の息子です」

それにしても、井上真央がこんなに割烹着の似合う女優だとは知らなかった。

リベラルな散歩先生と夏子
寅次郎には最近、気になる女の子がいた。くさくさした気持ちでいても、彼女の姿を見ると気分が晴れる。制服姿でバイオリンを持ってさわやかに歩く夏子(井頭愛海)は、担任の坪内散歩先生の一人娘だった。

散歩先生は、東北訛りで英語を教える闊達な先生。寅次郎も彼のことは大好きだ。

散歩先生は映画シリーズ第2作「続・男はつらいよ」に登場する。演じていたのは「水戸黄門」で知られる東野英治郎。生徒を一人の人間として扱う、リベラルで、インテリで、人情にも厚い人として描かれていた。この映画の中で寅さん(渥美清)は、散歩先生の後押しもあって実母・お菊(ミヤコ蝶々)と再会する。第4話の展開は「続・男はつらいよ」のオマージュだったというわけ。

散歩先生は寅次郎に頭を下げて謝罪する。大人には頭ごなしに叱られていたばかりの寅次郎は大いに驚くが、散歩先生はこのように言う。

「当たり前だ。間違ったことをしたら謝る。大人だろうが子どもだろうが、男だろうが女だろうが、だ」

散歩先生は、寅次郎の気持ちも考えずにお菊と引き合わせてしまったことを娘の夏子に叱られたというのだ。しっかりと頭を下げた散歩先生は、寅次郎につい「飲むか」と言って、また夏子に叱られる。

子が親に意見し、親がそれを素直に受け止めて行動に移す。寅次郎にとっては驚きでしかない親子関係だったろう。ますます散歩先生と夏子のことが好きになったはずだ。

夏子が愛用しているバイオリンは、亡くなった母から譲り受けたものだった。団子を買うために「くるまや」にやってきた夏子は、さくらバイオリンを見せるが、平造はこそこそ隠れながら夏子を小馬鹿にし続ける。

「やだやだ、何がバイオリンだよ、気取りやがって。やだね、ああいうのはイライラするわ」

去っていった夏子に向けた平造の言葉と態度には、女性への蔑視とインテリ層・上流階級(とはいえ夏子の家庭はそれほど裕福ではないのだが)への憎悪、卑屈さ、陰湿さがにじみ出ていた。そんな平造に向けて、ついに寅次郎は怒りを爆発させる。これで父と子の断絶は決定的となった。原作では手に持っていた味噌汁を平造に浴びせている。

愛情に満ちたマサオの家族、実母・お菊との出会いと別れ、散歩先生と夏子のリベラルで温かい関係……。いろいろな親子の形を体験した寅次郎にとって、もはや平造との父子関係は唾棄すべきものになっていた。血縁なんか知ったことかよ、という気持ちだろう。

最終回は寅次郎が家を出るまでが描かれる。光子はしきりに腰の痛みを訴えていたが……。心配すぎる。今夜9時から。
(大山くまお

作品情報
NHK土曜ドラマ「少年寅次郎」
脚本:岡田惠和
演出:本木一博、船谷純矢、岡崎栄
音楽:馬飼野康二
出演:井上真央、毎熊克哉、藤原颯音、泉澤祐希、岸井ゆきの、きたろう、石丸幹二
制作統括:小松昌代、高橋練
制作:NHKエンタープライズ
製作:NHK