東京大学中退という異色な経歴を持ちながら、明晰な頭脳を生かしマルチに活躍するラッパー・ダースレイダー(42)。

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 これまでは20代から寄せられた人生相談に答えてきた彼だが、この連載では現代日本で起きている政治や社会の問題に斬り込む。今回のテーマは「Twitterとの付き合い方」だ。

 自身のTwitterでは時事問題に対する考えを盛んに発信し、ときに政治家にも噛み付き、ツイートへの賛否の声も真っ向から受けるダースレイダーは、Twitterをどのように捉えているのか。

Twitterに真剣になりすぎてはいけない

ダースレイダー:まず、ツイート(tweet)というのは日本語だと「つぶやく」だけど、もともとは「さえずる」こと。つぶやくっていうと、内緒話をする、独白する、一人語りをする、みたいなイメージだけど、もともとの意味はもっと軽いものだと思っています。

 ただ同時に、なんでも言えちゃうことで重く捉えちゃう人や本気で捉える人もいる。ここで、僕がTwitterを使う上で大事にしているのが、“ゲーム感覚”です。

 ゲームをしているのと同じで、自分があるタイミングで、ある話題について「こう思う」というコマンドを入力する程度のもので、そんなに真剣に捉えなくていいと思ってます。

 本当に楽しいことはやっぱりSNSの外にあって、一昔前は違ったと思うけどTwitter黎明期はSNSこそが楽しい場所、SNSがある種のパラダイス考える人も多かった。でも、今本当に楽しいことはクローズドな場所にあって、拡散しないことで大切に自分の内にしまっておく人が多いですよね。

Twitterで繋がる人には“グラデーション”がある

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ダースレイダー:僕は社会問題や時事問題を常に発信しているけど、なぜそれをやるかと言うと、自分で時事ネタや、それに対する考えを整理したいから。備忘録的にこんなことがあったな、これはこういうことだな、これに関してはこう思うな、ということをツイートしているだけです。

 ただそれに対して、書いていないことを勝手に自分で解釈して怒っちゃう人が一定数いるんですよね。

 SNSっていうのはいろいろな人と繋がれるけど、僕はそこにはグラデーションがあると思っています。実際の友達、同業の人、お互いに名前は知っているけど実際には会ったことがない人、どういう人かわからない人、まったく関係ない人、というような。それによって僕の投稿に対する反応も当然変わってきます。

 このグラデーションを認識していない人は「それ街で偶然会った人に言わないですよね」っていうコミュニケーションをとってきます。別に「敬語を使え」って訳じゃないけど、「え、いきなりその口調で人に喋りかけるんですか」みたいな人や、突然説教をし始める人がいます。

Twitterでカチンときてしまったら

ダースレイダー:現代はストレス社会と言われて、常にピリピリした空気が流れています。何か言われるんじゃないか、みんなが自分のことを見ているのではないか、自分の発言に対してこう思っているんじゃないかな……とか。こういう不安はSNSの世界で特に顕著で、僕はある種の“神経症”だと思っています。

 僕も気をつけないといけないんだけど、すぐに相手を言い負かしたくなってしまう、論破したくなってしまう、みたいな。これは、誰かの発言に勝手にカチンときている“神経症的な反応”です。何か言われる不安を埋め合わせるために、強い言葉で相手を罵倒してラクになった気になっているけど、結局何も変わっていないからまたそれを繰り返すという、良くない状況。

 僕がそういう人たちに、必ず「お幸せに」と言っているのは結構本当で「今カチンとなっているのはお辛いでしょう。なんか怒っちゃって、その状態しんどいでしょ?」と。単なる反応に対して、いちいち言い合うのはまったく意味のないことですからね。

 もし、Twitterで「アイツが俺を馬鹿にしている!!」って思ったなら、リアルな友達に言ってみればいいと思う。「そんなわけないじゃん、どうしたの? ポテチでも食え」って話になって、回復に向かうことができると思う。

人間の本質は、リアルよりもTwitterにある

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※画像はイメージです(以下、同じ)© Michele Ursi
ダースレイダー:プロインタビュアーの吉田豪さんがツイートしていて、すごく共感したんですが、「“Twitterでは荒ぶってひどいことも言うけど、対面では腰が低くていい人”的な意見をよく聞くが、その人の本質は実はTwitter側にある」と。そうなんですよね。

 人間っていうのは、人と会っているときは状況への適応力があるから敬語を使ったり、自制することができる。SNSではその自制やブレーキの必要が無いように勘違いしてしまう人が多い。でも、あるんですよ。見られているわけだから。

 僕の場合はルールがあって、ひどいことを言ってくる人が公人や政治家、あるいはテレビコメンテーターとか、社会設計の責任を持っている人だったら、批判的なことは全然言うようにしている。会ったことがなくてもね。

 なぜならそういう覚悟を持ってその職業を選んだ人だから。政治家は尊敬すべき覚悟をもってその職業になったという前提にいるので、会ったこともないのに、言います。

 そういうときの口調はあえて紳士的にしています。人によっては癪(しゃく)に障るかもしれないけど、ケンカするつもりで来た人は紳士的な対応されると「えっ」ていう反応になる。その状態は相手にとって恥ずかしい状態だと思うから、気づいてもらうためにわざと紳士的な対応をしています。

Twitterに囚われている人の特徴

ダースレイダーゲームをやっているという感覚がないから、自分がコントローラーを握っていることを忘れてしまっているんでしょう。自分がゲームの中に入っちゃって、本当はコントロールしていたはずなのに、ゲームキャラにそのままなっちゃう。

 人間の心理、あるいは認知っていうのは、そういうふうになりやすいってのは学ばないといけない。誰でもそうなるから、つどつどブレーキをかけて、「俺って今この中の人? それともコントロールを握ってる外側の人?」かどうか、その視点を確認するタイミングを持っていないと簡単に没入してしまうんです。

 延々とTwitterで議論している人は囚われちゃっている人。だから「なんですぐに返信しないんだ」とか言ったりする。人はお風呂にも行くしご飯も食べるのに、それを忘れちゃってる。

 いきなり「答えろ」って言ってくる人もそう。会ったこともない人に「〇〇に対して答えろ」って言って、答えてもらえるなんてどんだけ甘い考えをしているの? って。

大人は質問に答えたりしない

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© Feodora Chiosea
ダースレイダー:『カイジ』って漫画の利根川というキャラクターが「大人は質問に答えたりしない」という名言を残しています。友達になったり、先生と生徒になったり、そういった関係性を築いて初めて、何かを教わることができるということです。

 Twitterでいきなり「答えないということはお前逃げているな」って言われても、それはこちらが決めることだから、そんな言い方する人に答える必要性は何ひとつ感じないのは当たり前の話。それで「論破」って言ってるのはやっぱり、囚われてしまっている人だと思う。

 一度、自分がどんなツイートをしているのかを後日、違うタイミングで読んでみると「おっと!」みたいな発見がありますよ。特に酔っぱらっているときにツイートしたこととかね。こういうことをすることで、少し自分を操縦することが可能になってきます。

 これからTwitterを始める人は、一番楽しいものは仲の良い同士の閉じたコミュニティ内で起きていることで、Twitterに出回っているようなものは楽しさでいうと下のほうのことなんだよ、ということを分かっておいたほうがいいと思う。でも順序が下だからといって、Twitterで思ったことを言ったりすることは無意味ではないと思う。ただ、前提として本気で捉えすぎないことは忘れないでほしい。

<構成/鴨居理子 撮影/山口康仁>

【ダースレイダー】

1977年パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、ラップ活動に傾倒し中退。2010年6⽉に脳梗塞で倒れ合併症で左⽬を失明するも、現在は司会や執筆と様々な活動を続けている。