トイレの問題を抱えているのは後進国だけではない。先進諸国もトイレに関するさまざまな課題を抱えている。シンガポール在住の社会起業家であり、WTO(世界トイレ機関)の創設者である「ミスター・トイレ」ことジャック・シム氏が、世界のトイレ事情と課題にせまる。(JBpress)

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(※)本稿は「トイレは世界を救う ミスター・トイレが語る 貧困と世界ウンコ情勢」(ジャック・シム著、近藤奈香翻訳、PHP新書)より一部抜粋・再編集したものです。

トイレで世界は救われる

 トイレの問題はおもに発展途上国のものだ。トイレがないことで、毎日たくさんの子どもが命を落とし、女性がレイプにあっている。

 しかし、先進国には先進国でトイレの課題がある。

 先進国のトイレの課題というのは、LGBTや身体障害者のトイレをどうするか・・・など様々だ。何も車いすに乗った人だけではない。目が見えない人、耳が聞こえない人など、障害の種類も様々だ。人工肛門(ストーマ)を抱えている人かもしれない。色が識別できない人かもしれない。

 トイレの待ち時間平価(Potty parity(male/female)proportion)については、シンガポールで2005年に法律が改正された。女性のトイレ時間と男性のトイレ時間の平均をみると、女性は平均105秒、男性は平均35秒だ。

 このことを鑑み、女性トイレの個室数を増やすべきだということが公式に制定され、個室の数だけではなく、鏡の面積も必要だということが決まったのだ。建造物には、この規定が取り込まれることになった。

 したがって、2005年以降に建てられた建物において、シンガポールでは女性は並ばなくてもトイレを使えるようになった。香港や中国でも、同じ法律が導入されている。

新興国の大自然を汚染する先進国の人たち

 また、トイレも社会の進化、変化とともに進化を続けている。アメリカでは、自分が自身の性をどのように定義づけるかによって自分が使うべきトイレを決めるべきだ、という議論が当たり前のように起こっている。

 多くの大学ではジェンダーレス・トイレが当たり前になっている。ジェンダーというのは(この間、フェイスブックで調べたら、選択できるジェンダーの項目数は少なくとも50種類以上あったが)信じられないほど多様になっている。

 生物学的に男性で、男性の外見だが、女性の心を持っている人。女性に生まれ外見は男性で、男性の心を持っている人・・・といった比較的理解しやすいケースから、ジェンダーの種類がはるかに増加しているというのだ。

 社会課題の先進国である北欧ではすでに、公共トイレはジェンダーレスになっているところが多い。最近では東京でもホテルやホステルで、ジェンダーレスな場所が出てきた。トイレというのは、その時代の、またその社会の鏡となる場所なのだ。

 私は個人的には、先進国においてはジェンダーよりも、むしろ業界ごとのトイレ事情について、改善の余地に期待をしたい。たとえば、アメリカのトラック運転手などの運輸業に従事する人たちのトイレ事情は悲惨である。

 女性が少ないため、女性専用のトイレがなくて女性が男性と共同のトイレを利用しなければならないことは日常茶飯事だ。またトイレ自体の状態も良くない。高速道路では、一般車とトラックでは駐車スペースも休憩スペースも異なる場合が多く、トラック運転手などが利用できるトイレ環境はひどい場合が多いのだ。

 都心部ではなく、大自然を見ると、またここにはトイレの問題が山積している。エベレストのトイレもひどいものである。トイレ、というかトイレはないため、登山者は皆、エベレストへの通り道で用を足すわけだ。糞尿は凍り付き、誰も掃除していない。

 こうした美しい大自然も糞尿で汚染されているのだ、それもこの場合は新興国を訪れている多くの先進国の人々によって、である。

日本のソフト・パワーが世界を救う

 こう考えた時、日本の最大の輸出資源は、日本のトイレ文化だと言いたい。

 日本にはソフト・パワーがある。マンガといったコンテンツはもちろん、「高品質」が最大の武器でもある。

 日本食、音楽、「カワイイ」文化・・・これらはよく知られていることだが、ここに「トイレ」を追加すべきなのだ。それはインフラという意味ではなく、トイレ文化という意味のトイレである。

 確かに、世界を見渡すと、日本のトイレは最高だと絶賛されている。日本政府は日本のトイレ技術がその勝因だと思っている。

 それは事実だが、私にとってそれはほんの一部の話でしかない。トイレ文化こそが、日本の素晴らしいソフト・パワーなのだ。

 トイレをとりまく、社会・文化・トイレに対する水準・期待値・・・すなわち、次に使う人のことを考える気づかい、清潔にしよう、丁寧にものを扱おう、といった気持ち。こうした、日本人にとっては空気のように当たり前だと思われていることこそが輸出すべきものなのだ。

 私は、もし日本でトイレ・サミットを行うのであれば、日本のトイレのソフト・パワーを輸出したいと考えているところである。

【関連記事「PHPオンライン衆知」より】
"タワマン被災"で注目のトイレ事情 なぜ人は「便」の話題を避けるのか?(ジャック・シム)

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