開発途上国では、排せつに関連して何百万人もの衛生作業員(sanitation worker)が、健康と生活が危険にさらされる環境の下で、トイレの汲み取り作業などに従事することを余儀なくされています。このほどウォーターエイドなどが公開した報告で、その実態が明らかになりました。社会にとって欠かせない公共サービスを提供しているにもかかわらず、こうした作業に従事する作業員は、多くの場合、貧困層に属し、疎外され、社会から差別を受けています。機材も、安全対策も、法的な権利も持たないまま、そうした仕事を遂行し、その尊厳と人権がしばしば踏みにじられています。

報告書は、開発途上国のこうした作業員の窮状に関するこれまでで最も広範な調査の結果です。ウォーターエイドと、国際労働機関(ILO)、世界銀行、世界保健機関(WHO)が共同で執筆し、非人道的な労働環境に対する注意を喚起し、改善を強く促しています。
インド:選択肢のない最下層の人たち

インドのバンガロールで、手作業でのトイレのピットの清掃を終えて出てくるカベラッパさん(54歳、2019年8月)WaterAid/CS Sharada Prasad/Safai Karmachari Kavalu Samiti

複数の情報ソースによると、インドにはおよそ500万人の衛生作業員(トイレ清掃作業員を含む)がおり、うち200万人は危険の大きい環境で働いているとされています。排せつ物をためるピットや汲み取り式トイレの清掃・汲み取りを手作業で行ったり、排せつ物を運んで捨てるといった作業(マニュアルスカベンジング)を割り当てられている人のほとんどがインドカースト制度で「ダリット」と呼ばれる最下層階級に属しています。この仕事は世代を超えて世襲されることが多く、そのサイクルから抜け出せる機会はほとんどありません。


マニュアルスカベンジングは1993年に政府が法律で禁止し、2013年には法律が強化されたにもかかわらず、2018年の時点でこの仕事に従事している人は明らかになっているだけでも2万人以上、実際の人数はもっと多いとも言われています。こうした作業員のなかで女性や少女に多いのが、「バケツ」を利用したトイレや野外排せつに使われる場所を手作業で清掃したり、排せつ物をバケツで運んで捨てに行ったりする仕事です。

マニュアルスカベンジングは多くの場合、処理されていない排せつ物を作業員が素手や簡単な道具だけで扱ったり、廃棄や清掃を行ったりするなど、危険がつきまといます。排せつ物のなかに深く浸かって作業をすることもよくあり、腐敗槽の清掃中や下水の詰まりを直している最中に命を落とす人までいます。公式データによると、インドでは2017年から2018年下旬の間に、平均して5日に1人の衛生作業員が亡くなっています。5日に約3人が命を落としているとの情報もあります。


ブルキナファソ:訓練もないまま作業に従事
トイレの汲み取り作業を終えた後、その家の庭の外で束の間の休憩をとるウェンドグンディ・サワドゴさん(中央、45歳)と仕事仲間(ブルキナファソ、ワガドゥグ、2019年7月)WaterAid/Basile Ouedraogo
ブルキナファソでは、22.6%の人しか基本的な衛生設備を利用できていません。衛生作業員のほとんどが正式な訓練を受けず、日常的に排せつ物との接触がある作業に従事しています。素手で汲み取りを行う作業員がピットや腐敗槽の汲み取りに使っているのは、バケツ、ロープ、シャベルなど。保護具もほとんど、あるいはまったくありません。汲み取った排せつ物を、そのまま野外や覆いのない排水溝に捨てている場合もあります。

こうした作業員たちには社会から疎外されている人たちが多く、仕事をする際には劣悪な作業環境から目を背けるために、ドラッグや伝統的な薬、アルコールなどを摂取しているとのことです。

ブルキナファソの首都ワガドゥグで15年間、手でトイレのピットを空にする仕事を続けてきたウェンドグンディ・サワドゴさんは次のように話します。「これが自分の仕事だと証明するような書類はありません。死ぬときは、ただ死ぬだけです。私はバケツと鍬(くわ)を持って仕事に行くだけで、誰かに認められることもなければ、どこかに痕跡を残すこともなく、自分がそういう仕事をしたという成果がわかるような書類もありません。そう考えると悲しくなります。自分の子供たちには同じ仕事に就いてほしくないと思っています」と話します。


衛生作業員の過酷な現状

衛生作業員が置かれている労働環境は、各国の衛生事情や都市状況によって大きく異なります。それでも、開発途上国で弱い立場にある衛生作業員のほとんどが経験し、健康や生命、尊厳を脅かす要素として共通しているものがあります。

(1) 甚大な健康被害
喘息、コレラ、腸チフス、肝炎、ポリオ、目や皮膚の炎症、鈍的外傷、胃腸炎など[1]、衛生作業員が直面する病気やケガは、数え上げるとキリがありません。作業員は排せつ物に直接触れたり、危険な閉鎖空間で作業をしたりすることが多々あります。腐敗槽や下水道内では、アンモニア、一酸化炭素二酸化硫黄などの有毒ガスによって[2]、意識を失ったり命を落としたりすることもあります。明らかに危険な仕事であるにもかかわらず、保護具や安全装備のようなものをまったく使っていないことも珍しくありません。そのため、カミソリ、注射器、ガラスの破片といった鋭利な物でケガをしたり、病気に感染することもあります。

(2) 低く不安定な収入
衛生作業員が得られる賃金の額は、状況によって大きく異なります。この仕事を素手で行っているインドの作業員の場合、金銭ではなく食べ物で支払われていることも多くあります。開発途上国で行われている衛生作業は非正規の仕事として扱われる面が多いため、作業員は定収入を得ることができず、さらに格差が広がることになります。

(3) 偏見と差別
社会的身分の低い衛生作業員は、世代を超えて家族全員が貧困のサイクルから抜け出せなくなっていることもあります。衛生作業は社会的に恥ずかしい仕事と考えられている国もあり、作業員がコミュニティの人たちに自分の仕事を知られないように、働くのは夜になってからというケースも少なくありません。

(4) 不十分な権利保護
最も危険な仕事であるにも関わらず、非正規の仕事として扱う国が多いのが現状です。インドセネガルでは、素手での汲み取りを禁止する法律が可決されましたが、そのためにこうした仕事が闇市場に流れ、かえって問題を悪化させて、衛生作業員に対する保護がさらに手薄になってしまっています。


ウォーターエイドジャパン広報担当、三澤一孔の話
開発途上国で、排せつ物に関連した仕事に従事する衛生作業員の実情は、日本の汲み取りの作業と比べても、想像を絶するものです。みんなの健康と命を守る大切な仕事をしているのに、十分に評価されないどころか、差別され疎外されている実態も明らかにされました。すべての人が適切なトイレを安心して安全に使えるようにするためには、排せつ物の管理やそれに関わる仕事も適切なものでなければなりません。今回のレポートをきっかけに、多くの人にこの問題を考えてもらいたいと思います」


ウォーターエイドとは
2030年までにすべての人が安全な水とトイレを利用できる世界を目指し、貧困下で生活する人びとの水と衛生状況改善に専門的に取り組む国際NGOです。1981年ロンドンで設立され、2019年現在、34か国で水・衛生支援を実施しています。2013年、日本法人を設立しました。
https://www.wateraid.org/jp/


報告書はこちら
https://www.wateraid.org/jp/publication/2019_WTD_report

[1] WHO (2018). Guidelines on Sanitation and Health. Available at: https://www.who.int/water_sanitation_health/publications/guidelines-on-sanitation-and-health/en/ (accessed 8 Aug 2019)
[2] Wisconsin Department of Health (2017). Sewer Gas. Available at:
https://dhs.wisconsin.gov/air/sewergas.htm (accessed 5 Aug 2019).

配信元企業:特定非営利活動法人ウォーターエイドジャパン

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