北欧家具デザインの巨匠であるハンス・ウェグナーの出世作「チャイナチェア」。中国の明王朝時代の椅子に影響を受けてデザインされたものだといいます。

インテリアコーディネーターの深澤将さんにこの椅子の出発点となった明王朝、そして、チャイナチェアへとつながるストーリーを紐解いてもらいましょう。

「チャイナ・チェア」の出発点は明王朝官僚の椅子

ヨーロッパに先駆けて航路開拓を行った明王朝

チャイナ・チェア

チャイナチェアは「圏椅(クワン・イ)」と呼ばれる、明王朝の官僚が使用していた椅子をリデザインしたものです。

ところで「航海による新大陸の発見」と聞いてあなたが思い浮かべるのは、どこの国・地域の人々でしょう?
おそらく「ヨーロッパ」と答える方が多いのではないでしょうか。15世紀半ばに始まった新航路・新大陸発見の歴史は、大航海時代として広く知られています。

しかし実は、ヨーロッパ諸国よりも早く、はるか遠くの大陸にたどり着くほどの航海技術を獲得していた国がありました。
それが現在の中国、当時の明王朝でした。

故宮博物院

Jasmin Wang / PIXTA(ピクスタ)

1368年、初代皇帝の洪武帝の元に誕生した明王朝はさまざまな点で革新的な王朝でした。徴税のために戸籍・土地台帳をつくったり、現代の日本でも採用している一世一元の制(一代の天皇につき、ひとつの元号を定める制度)を導入したりもしています。

皇帝の独裁政治のもとに官僚制を敷き、トップダウンで強靭な国づくりをすすめました。その一環として、海外航路の開拓も行われます。

明王朝の最盛期と呼ばれる永楽帝の時代、鄭和(ていわ)という宦官が航海の指揮を命じられます。
1405年〜1433年にかけて7回にわたり、鄭和は船団を率いて航路開拓の旅に出ました。最終的には、インド洋を経てアフリカ大陸まで到達しています。

ヨーロッパにおける大航海時代の功績のひとつにヴァスコ・ダ・ガマによるインド洋への航路開拓がありますが、彼の生年は1460年頃。鄭和はガマが生まれるよりも早く、大陸の逆側からアフリカまでの航路を開拓していたのです。

オリエンタルで威光を放つ佇まいに注目が集まった

チャイナ・チェア

時は流れて、1943年。

デンマーク王立工芸美術館の春の展示会で、ひとつの作品が脚光を浴びます。優美な曲線と、どことなく漂うオリエンタルな香り。その佇まいは「気品」と呼べばよいのか、それとも「威光」のほうが適切か……。

その作品の名こそ、チャイナチェア

17才で家具マイスターの資格を取得したハンス・ウェグナーは、20才の時に首都コペンハーゲンに移ります。工芸スクールデザインを勉強し、市庁舎の建築プロジェクトに参加しながら腕を磨いていきます。

家具のデザインの方向性について、自分の道を模索していた30才の頃。デンマーク第二の都市であるオーフス市の図書館の蔵書で、ウェグナー はある椅子の写真を目にします。

それが明王朝の官僚が使用していた椅子「圏椅」でした。

木材を合理的に使い、軽くて丈夫。パーツごとの修理も可能。実用性が高いだけでなく、官僚に必要な威厳も兼ね備えていなければなりません。
「家具は日常生活の道具である」という信念のもとに工芸品としてのデザインも追求していたウェグナー は、圏椅のリデザインに取り組みます。そして生まれたのが、チャイナチェアでした。

ヨーロッパ大航海時代に先駆けて大海原に繰り出し、300年近く続いた明王朝

まさか自分たちが座っているこの椅子が、20世紀の北欧家具デザインに多大なる影響を及ぼすことになるとは……。王朝の発展をささえた有能な官僚たちでさえ、想像すらしなかったことでしょう。

CGイラスト・文 深澤将(インテリアコーディネーター)

【参考】
※ 『Yチェアの秘密』(坂本茂、西川栄明著)

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