(譚 璐美:作家)

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 最近、とても気になっていることがある。それは一般中国人の先鋭化したメンタルと伝統回帰ともいえる強硬な姿勢である。

 一つの例が、SNSを使った海外ブランドへの攻撃である。

 ロイター通信(2019年10月17日付)によると、フランスの高級ブランドのクリスチャンディオールは、中国の浙江省杭州市にある浙江工商大学で人事採用のためのプレゼンテーションを行った際、台湾が描かれていない中国の地図を使用したとして、謝罪に追い込まれた。そしてディオールは、台湾を中国の領土の一部とする中国の「一つの中国」の原則を支持すると表明した。プレゼンテーションに参加した学生がSNSの微博(ウェイボー)に投稿したことがきっかけだったらしい。

 昨年来、イタリアのベルサーチ、アメリカのコーチフランスジバンシィなど、高級ブランドのTシャツやカタログ、商品の一部に、中国の主権を侵害するデザインがあったとして、相次いで商品の販売中止や謝罪に追い込まれている。

 また、アメリカの男子プロバスケットボールリーグNBAに所属する「ヒューストン・ロケッツ」のゼネラルマネージャー(GM)、ダリル・モーリー氏が10月4日、香港の大規模な学生デモを支持して、「自由のために闘おう。香港と共に立ち上がろう」と書いた画像をツイートしたら、中国人ファンや中国のスポンサー企業から批判が殺到して、モーリー氏は謝罪に追い込まれた。

批判のきっかけは政府の抗議ではなく、一般中国人のSNS投稿

 問題なのは、いずれも中国政府が抗議したのではなく、一般中国人、それも若い世代の人たちがSNSに投稿したことで、瞬時に批判が集中して、ついには商品のボイコット運動にまで発展してしまうことである。つまり、中国人が世界中の企業活動を監視し、少しでも中国政府の意向に反するものを見つけたら、一斉に攻撃しようという態勢が出来上がっているのである。

 これはどういうことなのか。海外では、中国政府はAIを駆使して国民を監視し、政治的圧迫を受けた国民は著しい人権侵害を被っていると受け取られているが、実のところ、中国人自身が中国政府の代弁者となり、国際外交の急先鋒を担っているのではないのだろうか。

 SNSで溜飲を下げる彼らは、批判の理由をこう嘯く。

「欧米の高級ブランドは中国のことを全然わかっちゃいない。香港や台湾がどこにあるかも知らないのさ」

「中国市場で儲けているくせに」

 その一方、彼ら自身が親世代から「若い者には骨がない」と揶揄されていることも知っている。いくら外国ブランドを批判して謝罪に追い込んでも、熱が冷めれば、また大好きなナイキの靴を買い求め、NBAの試合に熱狂しているからだ。

「南シナ海は中国のもの」本気でそう考えている中国の知識層

 南シナ海の領有権問題についても、似たような構図がある。

 中国は、「南海(南シナ海)の南沙諸島は、2000年来ずっと中国固有の領土である」と主張し、その根拠として、1935年中華民国政府が西沙諸島、東沙諸島、南沙諸島をまとめて「南海群島」と呼び、翌年、地理学者の白眉初が、地図に海上境界線である「点線」を引いたことを挙げている。その点線の数から「十一段線」と呼ばれるが、1949年に成立した中華人民共和国は、中華民国の主張をそのまま受け継ぎ、1953年に友好関係があった北ベトナム付近の2線を削除して「九段線」とした。今日では、その線の形から「U字線」または「牛舌線」と呼ばれている。

 しかし1974年西沙諸島をめぐり中国とベトナムが軍事衝突し、勝利した中国は西沙諸島を占有。1988年南沙諸島をめぐり再度衝突し、中国は南沙諸島も手に入れたと主張し、納得できないベトナムとの間で、今も紛争は続いている。

 フィリピンとは、2011年、フィリピンの領海内で中国が探査を行い、無断でブイや杭を設置したため紛争が起こり、フィリピンが「国際法に違反する」として国連に提訴した結果、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が中国の「非」を認めて、紛争の仲裁手続き(審理)を進めることを決定した。だが、中国がこれを拒否したことは、まだ記憶に新しい。

 アメリカも2016年、「公海での自由作戦」を断行して、軍艦や爆撃機南沙諸島西沙諸島に接近させて牽制したが、中国は強固に反発し、大規模な軍事拠点を着々と構築しつつある。

 こうした中国の強硬姿勢について、中国人はどう思っているのだろうか。

 アメリカの大学で教鞭をとる中国人教授のWang Zeng氏は、サイト『The Diplomat(外交)』に「私たちの心に深く刻みこまれた九段線」(2014年8月25日付)と題するコラムを掲載した。

 その中で、「昨年、私が訪問教授として中国のトップクラスの大学で教えた際、学生たちに『九段線は正しいと思うか』と質問したところ、ほとんどの学生が手を挙げた」と記している。

 中国では1940年代以降、中学校の地理の授業で『南海は中国領である』と教えてきたが、Wang氏自身も、物差しを使って南沙諸島と中国大陸の距離を測った記憶があるという。

 私はこの話が気になって、日本の有名大学に在籍する中国人教授A氏に確認してみた。

「あなたは、南シナ海は中国のものだと思いますか?」

 すると、A教授は声を潜めて、「ええ、そう思います」と、申し訳なさそうに答えた。「日本では大っぴらに言えませんが、本音ではそう思っているのです」と、付け加えた。

 複数の中国人留学生たちにも質問してみたが、同じ答えが返ってきた。

「中国の学校でそう教えられましたし、テレビや新聞などでも、中国のものだとずっと見聞きしてきましたから」

 日本に留学してから、「別の考え方」もあるのだと知ったが、幼い時から教えこまれたことは容易に変えられないのだと、誠実な口ぶりで言う留学生がいた。

政府と国民の「一心同体化」が進む中国

 だが、そんな人ばかりではない。「中国には『貧しいときは我慢し、富んだときに復讐する』という伝統的な考え方があります。SNSで攻撃するのは、まさに歴史的な復讐じゃないですかね。魯迅は『中国人には骨がない』と言っていますが、今も変わらない側面があるのですよ・・・」と、得々としてまくし立てる留学生もいる。周囲の噂や聞きかじりの知識ばかり披歴するさまは、まるで他人ごとのようだ。

 いずれにしても、中国政府が南シナ海問題で強硬姿勢を崩さず、着々と軍事拠点化を進める背景には、こうした中国国民の伝統的な思考に支えられた部分があるに違いない。あるいは、決して「弱腰外交」を許さない国民気質に突き上げられた結果と見るべきかもしれない。経済的、軍事的に強大になった中国では、もはや中国政府と国民は一心同体の関係になりつつあるようだ。

 平和な時代ならいざ知らず、米中経済対立が激しさを増す中で、今後、もし何かのきっかけで日中対立が激化したとき、中国人、とりわけ日本で屈折した思いを抱く人々は、どのような政治的態度を示すのだろうか。デモ行進か、「一斉帰国」か。中国政府に強要されて、あるいは自ら進んで、日本の友人や知人の思想信条や活動内容を報告したりするだろうか。

 AIを駆使した中国政府の監視の目はすでに海外に及んでいる。中国に不都合な映像や記事は海外のネットですら妨害されて見られないのが現状だ。日本の官庁や企業、個人の情報が干渉・操作される危険性はますます高まっている。こんなことは考えたくもないが、すでに香港人の例もあるように、いつか国境を越えて「誘拐」や「失踪者」が出る事態になるかもしれない。

 いずれにしても、一部の不埒な輩のせいで、大多数の善良な中国人が苦悩し、傷つくことは明らかだ。そんな時代が来ないことを、心から祈るばかりだ。

 私自身はと問われれば、SNSも好きではなく、日本で生まれ育ったこともあり、「海は、鳥も魚も国境など構わず行き来しているのだから、各国に最低限の領海範囲を定めたうえで、誰でも自由に航行できるよう、世界の共有財産になれば良い」と、素朴に思うばかりなのだが。

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