超高齢社会の今、病院の世話にならないような生活習慣、怪我をしにくい体づくりを意識する人も多いのではないだろうか。そんな現代人に人気の健康法の1つがヨガだ。

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 もともとは古代インド発祥の宗教的な修行法だが、現代では、身体を柔らかくし、インナーマッスルを鍛え、深い呼吸と瞑想を行う運動としてポピュラーなものになっている。それ以外にもヨガのファッションライフスタイルオシャレでかっこいいというのも人気の理由だろう。街中を見渡せば、専門の教室もあれば、スポーツジムのヨガクラスもあれば、町の公民館でのレッスンもある。まさに百花繚乱の様相だ。

 その中でも異色のヨガがある。整形外科医が薦める「整形外科ヨガ」だ。整形外科医の井上留美子氏が医学的な運動療法とヨガの融合を目指して考案したものなのだが、ヨガは大きく分類すれば東洋的な民間運動療法の1つ。西洋医学との「相性」はよくないのではないか。「実は、ヨガはあやしいものだと思っている」と語る井上医師は、なぜヨガと西洋医学を融合させることになったのか、そしてそのことでどんなメリットがあるのか。井上医師に聞いてみた。(聞き手・構成:坂元希美)

ヨガは整形外科的にいいアイテムだった!

――なぜ、整形外科医の井上先生がヨガ・プログラムをつくろうと思われたのですか。

井上留美子氏(以下、井上) 私は整形外科医として20年以上、治療と同時に運動療法である腰痛体操や膝の体操、体づくりのトレーニングを指導してきました。でも、こうした運動療法は「とっつきにくい」、「継続できない」という人が多く、ずっと悩みの種でした。そこで、患者さんが参加する気が起き、継続するモチベーションを保てるものは何だろうと考えた時に、「ヨガがいいのでは」と思いついたんです。

 ヨガのアーサナ(ポーズのこと)にはトレーニングと同じものがあります。たとえば、ヨガの「戦士のポーズ」は「フロントランジ」に置き換えられます。また、ヨガは呼吸を意識して行いますが、深く大きな呼吸は整形外科の運動療法でも大切なポイントです。ヨガと整形外科の運動療法には重なる部分も多いのです。

 そこで、自分も趣味でやっていた『ヨガ』を取り入れ、医学的に見てもバランスが取れたプログラムならば、われわれのトレーニングに使えるなと考えたのです。ただ、私が思うようなプログラムを提供しているところは見当たらなかったので、「じゃあ、自分でつくるか」ということになりました。

高齢者のプライドを傷つけない、継続できる運動療法に

――ということは、これまでの運動療法の中で、ヨガと共通のメニューを集めてプログラム化したということですか。そこで、あえて「ヨガ」を前面に押し出したのはなぜですか?

井上 整形外科は治療もしますが、怪我や運動機能の低下を予防することも大切な目的です。ですから高齢者の転倒予防や体づくりのためのシニア体操が重要視されているわけですが、これがなかなか継続してもらえません。高齢者向けのプログラムは、安全性は高いかもしれないけれど、患者さんにしてみれば、簡単すぎて幼稚に見えたり、プライドを傷つけられたりすることが少なくない。私だって、おばあちゃんになった時に椅子に座って紙風船をポーンポーンとやり取りするようなリハビリはやりたくないなと感じていました。

 その点、ヨガは「オシャレでかっこいい」というイメージがあります。一般的な高齢者向けプログラムに興味を示さないような人でも、「ヨガなら参加してみたい」と思えるかも知れないですし、プライドを傷つけられることなく気持ちよく継続できると思うんです。

――たしかにヨガにはファッショナブルで、プラスイメージがありますね。

井上 たとえば80歳になった女性だって、友達に「わたし、転倒防止教室に行っているの」と言うのと、「いま、ヨガに通っているの」と言うのでは印象が違いますし、気持ちも前向きになるじゃないですか。ヨガは、レッスンの間は自分の体に向き合い、動きと呼吸に没頭します。その中に整形外科の運動療法をしっかり詰め込んであれば、患者さんの気持ちの満足度も運動の効果も高くなるだろうな、と考えたのです。

 ただし、わたし自身はヨガの指導者になるつもりはなくて、あくまでも臨床医の立場からヨガの「いいとこどり」をして、運動療法と重なるアイテムを詰め込んだヨガ・プログラムを考案しました。実施してみると患者さんの体に現れる効果もすごく良かった。現在その効果データを取って評価する研究を、聖マリアンナ医科大学スポーツ医学講座で行っています。

正しい知識がなければ怪我人が増えるだけ

――先生の医院には、ヨガで怪我をした患者さんも来院されるそうですね。

井上 ええ。何がその人にとっての正しい形なのかは、一人ひとりの体格や年齢によって違うはずですが、ごく一般的なヨガ教室で大勢を相手にしていると、そこまで配慮してクラスを構成するのは困難かも知れません。そうなると、健康になりたくて始めたのに怪我をする可能性も出てきます。

 これでは、せっかくの意欲が失せてしまいますしもったいない。指導する講師の知識のばらつきも問題があると思います。

――ヨガのインストクターには国家資格のような統一された資格がなく、民間の認定資格がいくつもある状態です。養成スクールなどに通ってそうした資格を取るのが一般的ですから、指導者の質や知識はまちまちですね。

井上 たとえば、医療の現場で運動指導する理学療法士は国家資格が必要な専門職です。理学療法士は、現場で先輩や医師と話し合いながら人の身体を触るのです。

 ヨガでも認定資格を取得する時には、筋肉や骨格といった解剖学を学ぶので、骨や筋肉の名称は一般の人より詳しいとは思いますし、趣味や生活スタイルの一つとしてヨガをやるならそれでよいのですが、シニアを対象にしたり医療分野でヨガを提供するならば、それだけでは知識量が乏しいと感じています。

 私は正しい身体の使い方を知らないで、万人に指導するのは怖いなと思います。「整形外科ヨガ」では、個体差や痛みのある方に指導することが多いので、医学的に正しい知識を持った指導者の育成コースも用意しました。現在認定インストクターは現在50名ほどになりました。

ヨガには「あやしい」イメージもあるけれど

――私自身、5年ほどヨガに取り組んでいます。病後の体づくりやリラックスのために医療者からヨガを勧められることもありますが、「あやしそうだから気を付けて」と言われることもあります。医療者の中には、ヨガに懐疑的な人もいますよね。

井上 実は、私は今でも「あやしそう!」と思っています(笑)

――井上先生のヨガは「医学的に正しい」ものですが、医師として一般的なヨガを見た場合、「これがあやしい」「これはしてほしくない」と感じている部分はありますか。

井上 ヨガ講師やインストクターが、肉体面でも精神面でも「治療しよう」「診断しよう」とするのはどうかな、と思います。例えば、われわれ医師は、痛みを抱えた人を診る時には、いろいろな側面から痛みの原因を考えます。怪我そのもの、怪我からどれだけの時間が経過して、どんな心理的な作用が残っているのか、脳の中で何が起こっているのか、内臓に関係があるか・・・。そのための専門職ですし、私も医師として日々研鑽を積んでいます。きちんとした知識を持たずに、痛みや精神面について、生徒さんに「あなたはこうですよね」と言い切ってしまう行為は問題だと思います。

 ポーズの指導でも、それが腰痛によいとされているものであっても、生徒さんが痛みを訴えるようであれば別のアプローチを考えるべきです。知識があれば説明もアレンジもできるはずだし、慎重になりますね。生徒さんの方も痛みをがまんせず、NOと言わないといけません。

 一方で、生徒さんから「私のがんを見付けてくれなかった」と言われたヨガ講師もいて、何か超能力的なパワーを求められてしまうこともあるようなんですね。これは生徒さん側が、ヨガには超常的なパワーがあるという誤った認識を持っていることが原因ですが。ここがあやしいところでしょうか(笑)

――ヨガには「超自然的なもの」というイメージもありますね。40歳以上の世代だと、オウム真理教がヨガを取り入れていたという記憶もありますし。

井上 私もヨガ・プログラムを作ると周りに宣言した時には、「大丈夫なの? 何でヨガ?」とよく聞かれました。健康体操教室とかロコモ予防体操などはそう見られないのに、ヨガは一般的にスピリチュアルなものに見られます。実際、ヨガを始めた人の中には、そういうものに引き寄せられてしまう人もいるようです。

科学の裏付けと民間の親しみやすさはコラボできる

――最近は「エビデンス」という単語をよく見聞きするようになり、科学的な裏付けが重要視されるようになったと感じるのですが、「正しい医学」と「親しみやすい民間療法」がコラボレーションしていくのは、難しいのでしょうか。

井上 つい先日、ネットで「エビデンスエビデンスって言うけれど、それだけで何ができるの?」というヨガの世界でご活躍されている方の発言を見かけました。私は、「エビデンスがないから、これはダメ」「なくても、楽しく取り組めればいい」ではなく、ヨガを提供する側は正しい知識をベースにし、自分の経験を取り入れてヨガを提供していくことが一番いいと思います。

 もちろん、私はいろいろなヨガがあっていいと思っています。ただ、「整形外科ヨガ」は自信をもって「体づくりのベースのヨガ」と言い切れるプログラムにしました。現在進めている研究によってデータの裏付けができれば、さらに信用性が高まると思います。男性も女性も、年を重ねてもプライドをもって安全に継続していただける、民間運動療法に医学のこだわりを注入したものとして確立したいなと思っています。

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*写真はイメージです