◆外の空気を吸えることだけが、唯一良かった

新宿アルタ前で観衆の前で演説するデニズさんとベヘザドさん

 法務省、出入国管理庁による外国人への長期収容はますます深刻さを増している。被収容者たちの抗議のハンストはいつまでたっても終わりが見えない。

 6月24日長崎県の大村入管で起きたハンストによる餓死をきっかけに、入管側はハンストをしている人を仮放免しては、わずか2週間で収容を繰り返すという、前例のない方針を打ち出した。

 東日本入国管理センター(牛久入管)で、最初にハンストをした4人のうちの1人、イラン国籍のマジットさんは7月9日に2年8か月ぶりに解放され、外に出ることができた。しかし、わずか2週間で再収容となり、再びハンストを開始することとなった。

 牛久入管の総務課課長自ら、マジットさんなどハンストをしている被収容者たちにハンストを止めれば仮放免をする」と言ったという。2か月以上も待たされて、ようやくマジットさんは10月15日に仮放免となった。しかし期限は10月28日まで。わずか2週間足らずの期間だった。

 せっかくまた解放されたにも関わらず、マジットさんは28日の出頭日までろくに睡眠がとれないでいた。「外の空気を吸えることだけが、唯一良かった」と言っていた。

 出頭日当日のマジットさんは比較的冷静な様子ではあった。表情を崩すことなく、静かに入管の中に入っていき、もう外に出てくることはなかった。

◆「イランに帰るくらいなら首を突いて死ぬ」
 10月17日に解放されたイランサファリさんも2度目の仮放免となるが、やはり2週間のみの猶予であった。出頭日の前日にサファリさんから、筆者に「マジットさんは収容されたのか?」と電話があり、そうだと答えると非常にショックを覚えたようだった。

 絶望の中、彼もまた睡眠をとることができなかった。しかし、「保証人に迷惑をかけるわけにはいかない」と、彼は逃げることなく31日の出頭日に弁護士とともに入管へ現れた。

 待たされている間、目には涙をため、ずっと手の震えが止まらなかった。あの時の彼は、まるで処刑台へ向かう死刑執行人の心境と言っても大げさではなかっただろう。彼もまたこの日に顔を見せることはもうなかった。

 再々収容後、温厚なサファリさんは今までになかった職員からの“嫌がらせ”をたびたび受けるようになった。ささいな事で保護室(通称:懲罰房)に連れて行かれたり、ボランティアが面会に来ていることを教えてもらえず、会うことができなかったりといったことがあった。

 サファリさんを自ら出国に追い込むための“嫌がらせ”とも考えられるが、難民として逃れてきた彼はイランに帰るくらいなら首を突いて死ぬ」と気持ちは固い。

◆長期収容に絶望して、入管の中で6回の自殺未遂

残された2週間で、自分の想いを必死に言葉にするベヘザドさん

 イラン人のベヘザドさんとクルド人のデニズさんは、同じ日の10月25日に解放された。デニズさんは以前、仮放免されて2週間で戻され、今回は2度目の仮放免だ。ベヘザドさんは3年10か月もの長期収容で、ハンストの末にやっとのことで解放されたのだった。彼らもまた、わずか2週間のみの解放となった。

 2人は残された2週間で、収容にあらがうためにできる限りの行動を起こした。11月2日、市民団体「FREEUSHIKU」主催のもと、新宿アルタ前で多くの人たちが集まる中、苦境を思い思いにスピーチをしたのだ。

 ベヘザドさんは「緊張して話がまとまらない」と言いつつ、こう発言した。

「長期収容が問題で死者も出ている。ミサイルで殺される命、拉致されて殺される命、自殺する収容者。この命に違いがありますか?」

 デニズさんは日本人の妻への思いを語った。

「10年以上結婚しているのに、夫婦として認められない。難民としても認めてもらえない。入管の中で6回、自殺未遂をした。奥さんのために本当は(自殺を)したくないのに、収容されると心が弱くなり、ついやってしまう。だけどトルコには絶対に戻らない。私の居場所は奥さんだけ」

記者会見で収容の恐怖、残された妻への想いなどを語るデニズさん

 11月5日、デニズさんは弁護士会館にて、弁護士と緊急記者会見を開いた。デニズさんは「安定剤や睡眠薬を飲んでも眠れることなく、それを近くで見ている妻もまた苦しんでいる」と語った。

 さらには、3年以上の収容で右目の痛みをずっと訴えていたが、治療を受けることなく悪化。今回の解放で病院に行き検査をすると、右目の眼球に傷が見つかった。「右眼網膜血管閉塞」と診断され、診断書には「改善の見込みはない」と書かれていた。

◆いまのやり方は、被収容者を“終身刑”にしているに等しい

デニズさんの右目の診断書。入管の医療放置により、改善の見込みはない

 大橋毅弁護士はと現在の収容のありかたを、非常に危惧しているという。

法務省は『被収容者の43%は刑事罰を受けた経験がある』という理由で予防拘禁するのは非常に危険。残りの人たちは刑事罰を受けていないし、罰金刑や執行猶予の人だっている。今のやり方はそれだけで“終身刑”にしているに等しい。

 法務省は、刑事罰を受けた人の社会復帰や、再犯しないように社会で受け入れていくことを謳っているのに、『犯罪者は危険だから社会から隔離するべきだ』と言い出すのは、差別の助長であり、レッテル張りだ。

 こんな危険なことを外国人でやるならば、いずれは日本人に対してでも起こりうるのではないだろうか」

◆2週間だけの自由でも、一生忘れない
 結局、ベヘザドさんとデニズさんは11月7日に収容され、その日のうちに牛久入管へ移送された。

 牛久入管で面会ボランティアをしている森川暁夫さんから、ベヘザドさんからの支援者に対するメッセージを伝言された。

「この2週間の日々が夢のように思えてきた、そんな気持ちになり部屋に入ってからいい歳なのに少し泣いた。何より出所してから記者に囲まれ、とても前向きな気持ちでいられた。

 とても暖かい人々のぬくもりに囲まれ、最後の最後までとてもよかった。2週間だけの自由でも一生忘れない。2週間で会った人たち、希望を与えてくれて一生感謝します」

 マジットさん、サファリさん、デニズさん、ベヘザドさんは、収容されたその日からハンストを開始している。

 このやり方はいつまで続くのだろうか。彼らは難民であり、帰国することができない。精神崩壊をするまでだろうか? 命を落とすまでだろうか? 仮放免しては2週間で収容を繰り返す、この“無限地獄”のようなゲームを考えたのは、本当に人間なのだろうか。

<文・写真/織田朝日>

【織田朝日】
おだあさひTwitter ID:@freeasahi外国人支援団体「編む夢企画」主宰。『となりの難民――日本が認めない99%の人たちのSOS』(旬報社)11月1日に上梓

新宿アルタ前で観衆の前で演説するデニズさんとベヘザドさん