オッフェンバックが作曲したオペレッタ天国と地獄』の「カンカン」または「ギャロップ」は、運動会カステラのCMでもおなじみの名曲。タイトルは知らなくても、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。東京二期会では2019年11月21日(木)~24日(日)、東京・日生劇場で、その天国と地獄を12年振りに上演する。

オペレッタは歌とともに台詞も多用した軽い歌劇で、『天国と地獄』は1858年にパリで初演され、大人気を博した。東京二期会では1981年にこの演目を初演しているが、オッフェンバック生誕200周年を迎えた今年、今回は衣裳やデザインなどを刷新。鵜山仁の演出による新制作で上演する。今まさに大詰めを迎えたリハーサルの様子をレポートする。(文章中敬称略)

上原正敏(プルート)と愛もも胡(ユリディス) 撮影:西原朋未

上原正敏(プルート)と愛もも胡(ユリディス) 撮影:西原朋未

■元ネタは「オルフェとエウリディーチェ」。ギリシャ神話が洒脱な喜劇に

この『天国と地獄』は、オリジナルタイトルが『地獄のオルフェ』であることがわかるように、物語はギリシャ神話オルフェとエウリディーチェ」のパロディである。
まず元ネタオルフェとエウリディーチェ」は、これは竪琴を抱えたギリシャの吟遊詩人オルフェオルフェウス)の「冥界下り」で知られる、ギリシャ神話の物語だ。オルフェは毒蛇に噛まれて命を落とした愛妻エウリディーチェ(ユリディス)を追い冥府へ赴き、冥府の王プルートに直訴して妻を返してもらうが、「地上に着くまで振り返って顔を見てはならない」という言いつけに背いてしまったため、妻は地獄へ引き戻されてしまう……というものだ。
この物語は古来より絵画や彫刻などあらゆる芸術のテーマとして人気で、音楽の世界でも現存する世界最古のオペラペーリ作曲『エウリディーチェ』であり、モンテヴェルディは『オルフェオ』を、グルックオペラオルフェオとエウリディーチェ』をつくるなど、あらゆるジャンルの芸術家にインスピレーションを与えてきた作品だ。

愛もも胡(ユリディス)、又吉秀樹(オルフェ)と指揮をとる大植英次 撮影:西原朋未

愛もも胡(ユリディス)、又吉秀樹(オルフェ)と指揮をとる大植英次 撮影:西原朋未

オッフェンバックの『天国と地獄』は、その物語を19世紀に読み替えたうえ、ヴァイオリン教師オルフェと妻ユリディスは倦怠期の夫婦として登場させた。それぞれ外に恋人を作っているほど、倦怠期というよりは終わっている感も満載なのだが、「世論」の目、いわば世間体を気にして別れることができないでいる。

又吉秀樹(オルフェ)と押見朋子(世論) 撮影:西原朋未

又吉秀樹(オルフェ)と押見朋子(世論) 撮影:西原朋未

そこにユリディスに恋する冥府の王プルートプルートからユリディスを奪おうとするジュピターがからみ、さらにジュピターを取り巻くキューピッドヴィーナスマルスマーキュリーなどオリンポスの神々までもが登場して、「オリンポスの御一行様、地獄観光へ出発!」といったドタバタ騒ぎが繰り広げられるのだ。

■グルックのアリアに「ラ・マルセイエーズ」のパロディ。「ハエの二重唱」にも注目

通し稽古はまず、「世論」(押見朋子)が怪しい黒メガネ姿で登場。さらにユリディス(愛もも胡)が陽気に花を摘みながら終わっている夫婦生活への不満を歌い、恋人がいると勘違いしたオルフェ(又吉秀樹)と鉢合わせ、さっそく喧嘩となる。

愛もも胡(ユリディス) 撮影:西原朋未

愛もも胡(ユリディス) 撮影:西原朋未

この舞台は歌も台詞も全て日本語だ。オペレッタのように台詞の多用される舞台は日本語の方がわかりやすく、言葉回しも軽快で小気味よく、すっと物語に入って行ける。
日本語の台本は、オリジナルフランス語台本を、今回時代に合わせて翻案したものだ。それを舞台役者さながらに演じる歌手の方々の演技力も堂に入っており、オペラ歌手とは歌う役者であったと、改めて思い出されるのである。

さて、毒蛇に噛まれ「これで夫と別れられる!」と陽気に命を落とし、プルート(上原正敏)とともに地獄へ行くユリディス。「これで妻と別れられる!」と喜ぶオルフェを、しかし世論は「地獄へ迎えに行け!」と諭し、オルフェはしぶしぶ地獄へと出発する。世論と世間の目のプレッシャーがなかなかの迫力だ。

又吉秀樹(オルフェ) 撮影:西原朋未

又吉秀樹(オルフェ) 撮影:西原朋未

オリンポスの山では神々の王ジュピター(大川博)が女癖の悪さを妻のジュノー(醍醐園佳)をはじめとする神々一堂に責められている。「もうこんな王についていけない、革命だー!」と自国の歴史までパロディにする、この場面で使われる曲はあの「ラ・マルセイエーズ」だ。そしていやいやながらもジュピターに「妻を返してほしい」と懇願するオルフェの歌は、グルックオペラオルフェとエウリディーチェ』のアリアメロディが使われている。

このオペレッタの最大の見どころの一つが2幕、プルートを出し抜いてユリディスをものにしようとするため、ジュピターがハエに変身して彼女の部屋に忍び込むシーンだ。ハエと言えば、キリスト教の世界では悪魔ベルゼブブの象徴なので、そこも頭に留めておきたい。そして「Zi~Zi~~」とハエの羽音を模して歌われるジュピターとユリディスの「ハエの二重唱」は愉快軽快な名場面。大川扮するハエの衣装ともども、ぜひ楽しみにしていただきたい。

大川 博(ジュピター)

大川 博(ジュピター

有名な「カンカン」はクライマックスで登場するが、そこに至るまでの物語は実にテンポがよくあっという間。歌手らの「楽しくてたまらない!」という思いが稽古場に満ち、テンションも最高潮の状態で一同「カンカン」を歌い、踊り、大騒ぎのなかで幕が閉じる。

小難しいことなど一切ない、ただ楽しい、そしてフランスらしい洒脱なテイストも漂うオペレッタは、オペラファンでもミュージカルファンでも、舞台好きなら楽しめる作品だ。ぜひこの機会をお見逃しなく!

「オリンポスの神々御一行様、地獄観光へ出発!」