(北村 淳:軍事社会学者)

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 台湾国防当局によると、11月17日、中国海軍の空母艦隊が台湾海峡を東シナ海から南シナ海に通過した。海上自衛隊米海軍の艦艇がその空母艦隊を追尾するとともに、台湾軍は艦艇と戦闘機を緊急発進させるなどして監視態勢を強化した、とのことである。

 ただし、台湾当局は詳細にわたる発表はしていない。日本国防当局も、台湾海峡を通過した中国空母艦隊と海自艦艇に関する情報は持ち合わせていないと述べており、アメリカ太平洋艦隊司令部も「ノーコメント」としている。

間もなく正式に就役する中国001A型空母

 今回、台湾海峡を通過した中国空母は、001A型(いまだに艦名は決定していない)航空母艦である。この空母は、中国海軍にとって2隻目の空母であり、初の国産空母になる。満載排水量7万トン、全長315メートルと言われている001A型空母にはJ-15型戦闘機が32機と各種ヘリコプターが8機搭載される。

 昨年(2018年)の4月25日に完成して以降、これまで数回にわたって試験航海を繰り返してきた001A型空母は、近々、各種試験が完了し、来年には戦力として第一線に就役すると言われていた。ただし、中国当局に近い「環球時報」によると、台湾海峡を南下して南シナ海に抜けた001A型空母は海南島の海軍基地に向かい、間もなく正式に就役することになるという。

アメリカへの警告なのか?

 台湾当局は海自艦艇と米海軍艦艇が中国空母艦隊を追尾したことを発表したが、日本国防当局も米海軍もその事実を発表してはいない。

 実は中国空母が通過する数日前(11月12日)に、横須賀を母港とする米海軍第7艦隊のミサイル巡洋艦チャンセラーズビルが台湾海峡を通航している。

 トランプ政権がアメリカの仮想主敵を国際的なテロ集団から中国とロシアに変更してから、米海軍艦艇による台湾海峡通航作戦の回数が飛躍的に増加した。先週のチャンセラーズビルの通過は、2019年において9回目となる。

 そのため、今回の中国空母艦隊による台湾海峡通航は、アメリカ海軍艦艇の台湾海峡通過に対する警告の意味もあるのではないかと勘ぐるアメリカ海軍関係者も少なくない。

 なんと言っても中国政府にとって台湾は1つの省にすぎず、台湾海峡は中国の領域に挟まれた海域である。アメリカ軍艦が大手を振って通航することは、中国にしてみると目障りこの上もないのである。

台湾の「独立に向けた動き」を威圧

 ただし、アメリカに対する警告という意味合い以上に、今回の001A型空母の台湾海峡通航は、台湾への威圧という意味合いを持っていたことは確実だ。つまり、「台湾における独立に向けた動きは、軍事力を行使してでも阻止する」という中国当局の強い意志を目に見える形で台湾側に示したということだ。

 というのも、中国海軍空母が台湾海峡に進入したのは、台湾で賴清德氏が民進党の副総統候補に指名された直後だったのである。

 台湾では2020年1月11日に総統選挙が行われる。蔡英文総統は、総統選をともに戦うことになる民進党の副総統候補に前行政院長(首相)の賴清德氏を指名した。賴清德氏はしばしば「台湾独立」を口にしており、中国共産党系の『環球時報』などに「賴清德を『反分裂国家法』違反により逮捕せよ」といった論説が掲載されたほどの、中国にとっては“好ましからざる”人物である。

 したがって、賴清德氏が指名されることを察知していた中国側は、指名発表の1時間後というタイミングで、001A型空母艦隊を台湾海峡に進入させたのである。

 台湾の吳釗燮外交部部長(外務大臣)は、「中国側は、台湾の総統選挙が一段階進むことになるタイミングに合わせて空母艦隊を台湾海峡に派遣することにより、台湾選挙民を威圧しようとしたのだ」と指摘した。また自身のツイッターでは、「台湾の選挙民は(中国海軍の脅しなどには)恐れをなしてはいないだろう。台湾の人々は、選挙で中国にNOを突きつけるであろう」と述べている。

一般国民に対しては今なお威嚇力を持つ空母

 もっとも長射程精密誘導兵器時代の今日、中国海軍といえども空母艦隊を派遣しただけで、台湾国民はともかく台湾政府や台湾軍を恐れさせ、中国に跪(ひざまず)かせることなどできないことは百も承知であろう。

 台湾軍は各種地対艦ミサイルを多数取り揃えており、台湾海峡を通航する中国空母はもちろん、東シナ海や南シナ海から台湾に接近しようとする中国空母を撃破する戦力を手にしている。長射程精密誘導兵器によって中国に接近してくるアメリカ海軍空母打撃群を撃破するための、いわゆる「A2AD戦略」を構築してきた中国軍であればこそ、各種地対艦ミサイルが空母にとって潜水艦と並んで最大の脅威であることは、十二分に心得ている。

 台湾が独自に開発している雄風II型亜音速対艦ミサイルと雄風III型超音速対艦ミサイルは、中国が開発している地対艦弾道ミサイルや極超音速グライダーには及ばないものの、実戦において中国空母を台湾周辺海域に寄せ付けないだけの能力を持っている。対艦ミサイルの攻撃力が向上した今、空母艦隊の戦闘力は実戦においては疑問符が付き始めている状況なのだ。

 とはいうものの、第2次世界大戦以降、現在に至るまで「最強の海上戦闘艦艇」といったシンボリックな役割を演じてきた航空母艦は、“戦闘機を積載した巨大軍艦”という姿のせいもあり、いまだに一般の人々にはそのように理解されやすい存在である。

 したがって、今回の中国空母台湾海峡通航のように、平時に中国側の強い意志を台湾側に知らしめる威嚇のためのシンボリックロールを航空母艦に持たせることは、今後も繰り返されるものと思われる。

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11月12日に台湾海峡を通過中の米海軍巡洋艦から望む台湾海峡(写真:米海軍)