2011年スタートし、切れ味鋭い4コマで多くの読者を虜にしてきた『アラサーちゃん』が、ついに完結。『アラサーちゃん 無修正7』(最終巻)が発売された。作家・社会学者の鈴木涼美氏が語る『アラサーちゃん』の魅力とは?

アラサーで、オンナで、可愛くて、生きてる/鈴木涼美

 アラサーちゃんが結婚した時、エンド・オブ・ジ・エラだと騒いだ往生際の悪い女の子たちは気付けばもう30代も半ばに差し掛かり、自分の若さも楽しい時代もずっとこのままであればいいのに、と思い続けるには幾らか大人になり過ぎていた。

 どんなに楽しんでいたってまだ終わりたくないと足掻いたって、時代は変わっていくし自分も歳をとっていく。4コマ漫画でありながら、そういう残酷さをしっかり含んでいた『アラサーちゃん』。

 連載が始まって実に8年、思えばいろいろなことが起こった。震災後の復興は進み、政権は自民党一色になり、『笑っていいとも!』が終わり、芸能人や政治家が不倫で次々に謝罪し、世界的なセクハラ反対運動が起き、スポーツ界はパワハラで揺れ、消費税は二段階で上がった。

 その8年を生身で生きてきた私たち自身だって変わった。28歳は36歳になり、誰かが結婚し誰かが離婚し、たくさんの子供が生まれて、26歳の時と同じような男にまた振られて、生理の血が減って、信じていた価値がガラガラ崩れて、予定していた幸福は来なくて、でも予想外の至福とか味わっちゃって、前よりずっと必死になって、前ほどは体力がなくて、慎重になったり大胆になったりしながら、まだ今も生身で生きている。

 お馴染みのキャラクターによって繰り広げられるアラサーちゃんの世界には、そうやって変わらないで欲しいのに変わって、変わるべきなのに変われないこの世界が局所的でありながらこれ以上ないほど雄弁に描かれる。

 20代のキャバ嬢だったヤリマンちゃんは最近ではフェミの主張に夢中。ジャッジメンタルだったサバサバちゃんは不倫に溺れ、モテの権化みたいなゆるふわちゃんの精神はどんどん不安定になった。そしてアラサーちゃんは収入減を機に結婚した。

 一つには、女の子の一生は、キャラは違ってもなんとなくまとまってバランスが取れている20代を駆け上がり、30代によじ登っているうちにどんどんそれぞれの道が奥深くなって、簡単に戻れなくなる事情がある。

「若い女の子」を抜け出した直後に始まる「アラサー」を描いた本作は、ごちゃっとみんなが横並んでいた時代から完全に己の道に入っていく間の移ろいの時期を扱うものであり、男の子から注がれる視線が微妙に変化していくことで、自分自身の移ろう価値と向き合い続けなくてはいけない女の困難や、そもそも簡単に視線を変えるような男の安直さを辛口に指摘しているのだ。

 もう一つ、そもそも女を取り巻く環境が複雑に変化していく時代に生まれた作品は、作者の超人的臭覚で嗅ぎ分ける馬鹿らしいけど無視できない些細な気分の変容をキャッチしているのだ。

 女性が男性と同等に雇用される制度ができて40年余、世界は直面したことのないことの連続に動揺していて、女の子が何に重きを置いて学校を選び、服を選び、仕事を選び、男を選ぶべきかに大きな影響を与え続けている。

 大衆くんのTシャツに描かれた男の子の好きそうなコトバにクスクス笑いながら、私たちは深刻に、そして滑稽に男や世界に踊らされている。

 辛辣だとか痛快だとかいうコトバを人は時々愛でるけれど、実際は直接私たちの喉元に突き刺さるそれを飲むのなんて誰しも怖くて、余程美味しく味付けされていなければ口に入れたくもないのだ。

 そういう意味で『アラサーちゃん』の魅力は鋭い分析眼や時代の持つ空気をイメージに落とし込む圧倒的な筆力を無駄にしない、盛り込まれた抜群のユーモアにある。お砂糖とスパイスで死ぬほど美味しく味付けされた毒を、8年間思う存分食べ続けることができた幸福は、私たちの身体の中で生き続けるに違いない。

<文/鈴木涼美>

【鈴木涼美】
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『女がそんなことで喜ぶと思うなよ』(集英社)が発売中

―[マンガアラサーちゃん』の8年史]―


『アラサーちゃん 無修正』より