「桜を見る会」は大炎上となりました。現在の内閣が本件を契機に終焉を告げる可能性が高いと思います。

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 政局は政局として、私がとりわけ心配しているのは、誰の目にも明らかこの重大な不正を「大したことではない」などと言い切る人がいることです。

 それ自体は民主主義も何も分かっていないくだらない話ですが、そんな意見に左右されてしまう若い人がネット上に散見されることが心配です。

「選挙で世話になった人をお礼の気持ちで招待して何が悪い。いい話じゃないか」「野党はそんなくだらないことではなく、国家の一大事に対処してほしい。政策のある議論を」といった寝言にもならない書き込みを目にします。

 そこで、廊下での雑談ですが、大学の講義やゼミに出てくる東京大学教養学部の1、2年生から30代の社会人大学院生まで、東大生20人ほどに聞いてみました。

「どうして有権者を買収してはいけないの?」

 これに対して、東大生数十人の母集団でも、相当心もとない答しか返ってきませんでした。まあ、理系が多かったことが一因かもしれません。

 ただ、法学部生は現在教えていないのでいませんでしたが、法学部に進むはずの文科Ⅰ類生であっても、かなり頼りない返事でした。

 東大生は一般常識においてはまだまともな理解が多い母集団であるのは間違いなく、だとすれば、社会全般の若者はどうかと相当心配になりました。

 皆さんは、どうお答えになりますか?

「どうして選挙の候補者は、有権者を買収してはいけないのですか?」

 国会でこうしたやり取りがあっても、有権者であるはずのティーン20代、30代がぱっぱらぱ~では、民意もへったくれもなくなってしまいます。

お金で票を買うと
予算と法律が滅茶苦茶になる。

 世も末の典型と映ったのが、下関市長のオフィシャル記者会見での発言です。広く報道されており、読者もご存じと思います。

 安倍晋三事務所で運転手なども務めた人物だそうですが、長崎大学水産学部の出身とのこと。フィッシュについては勉強しても、ファッショについては学ばなかったようです。

 下関市長の発言を報道(https://access.iciclize.net/aHR0cHM6Ly9tYWluaWNoaS5qcC9hcnRpY2xlcy8yMDE5MTExOC9rMDAvMDBtLzAxMC8zMzAwMDBj)からサンプリングしてみましょう。

下関市長:議論の軸が当日の桜を見る会から前夜祭(夕食会)に移ったりしているが、領収書などお金のやりとりは適正にやっていると本人や事務所が主張している以上、公職選挙法(違反)には当たらない。

 なるほど、適正だと主張すれば、経済産業大臣も法務大臣も辞職しなくてよかったらしい。警察が不要になり、平和な世の中になりそうです。

下関市長:税金でっていう言い方するんだったら、最初に開催した昔の首相からおかしな話なんじゃないですか。

 実際、吉田茂サンフランシスコ講和条約成立直後の昭和27年に開催した折には、在外公館員などをメインに招待して「観桜会」を再開しており、高度成長から平成ロスジェネまでの60年でゆっくり変質し始めたものが、2010年代になって急速に腐敗、崩壊したのが今回の出来事と言えるでしょう。

下関市長の変形:立小便でっていう言い方するんだったら、最初に立小便した昔のおっさんからおかしな話なんじゃないですか?

 結果的に無罪放免になるのは、コストが見合わないからであって、人の玄関先で立小便すれば警察に逮捕される仕儀であるのは間違いありません。

毎日新聞記者)――人選についてはどうか?

下関市長:そこらへんになるとあまり言わない方がいいね。

 終わっています。

下関市長:私が行ってみて思うことは、やっぱり70、80歳のおじいちゃん・おばあちゃんたちがネクタイぴしっとしめて、着物着て、人生一番の大勝負で新宿御苑に向かうんですよ。

 あの時、あの喜んで行っている姿を見ると地方を元気にしてくれている会だなと思っていました。

 我々、地方の人間が新宿御苑に足を踏み入れることなんてなかなかできないんですよ。ものすごく名誉なことを受けている方が増えていくのは悪いことなんですかね。

「桜を見る会」への招待は、叙勲にも匹敵する「栄典」相当の名誉で、きちんと評価がなされ、平等に選ばれるのなら、まことに結構なことです。

 問題は、内閣総理大臣やその配偶者が、選挙地盤である下関だけに税金を使って「元気にしてくれている」ことです。

 山口4区に相当する下関・長門を中心に、総理の推薦でおよそ1000人が恣意的に招待され、またその夫人が地元で「幅広く参加希望者を募る中で」「推薦」することで、勲章にも匹敵する名誉が勝手に安売りされている。

 そうしたことに無感覚なまま、よくもまあ市長など恥ずかし気もなく続けられたものだと呆れました。

 およそ民主主義の根幹を理解していないわけですが、さらに

下関市長:総理主催でしょ? この国は民主主義ですよ。ある程度の権限が与えられておかしくないと思いますけどね。

 逆に私たちが民主党政権の時に、一歩も踏み入れなかったのも仕方ないと思ってますもん。自分たちの政策が国民の支持を得られなかったからでしょ?

 それはジェラシーでもなく、甘んじて受け入れた。選挙で勝って主催になって、多くの方に喜んでもらえるのって悪いことですか?

 明らかに悪いことなのですが、それが本当に分かっていないらしい。公職にある者として、公式に謝罪が必要なことを無自覚に、息をするように発言しています。

下関市長:そういう方が地方で耐えて耐えて地方で歯食いしばって、自分が何十年も頑張って応援してきた代議士トップを取って、招待状が届いて、やっぱり今まで応援してきてよかったなって、いいじゃないですか。

 そういうなんか、人情的な感覚というのは公金を扱ってルールにのっとって正しくやっていく中では、あまり言っちゃいけないのかもしれないけど、そういうのもあっていいんじゃないですか。

 はっきり、良くないんですね。憲法の条文に照らして、白黒をはっきりさせておきましょう。

なぜ有権者を買収してはいけないか?

 国会議員たるべき候補者が、有権者を買収して集票して議席を得ることは、様々な法に照らして有罪とされる、まぎれもない刑事犯罪です。

 しかし自治体首長の職にある者を含め、あまりに低レベルの理解水準にある日本の現実があるようです。

 事実、上の妄言と同様の主張をネットでけっこうな数、目にしました。

 また、SNSでは怖いもの知らずというか、私にすらその手のことを言ってきたケースがありました。鉄槌一撃で終わりにした、そのアウトラインを、憲法を引いて示しましょう。

 そもそも国会とは何をするところなのでしょうか?

日本国憲法第59条〔法律の成立〕

法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。

 衆参両院は「立法府」と言われるように、法律を作ることができます。分かりやすく言うと、誰かを犯罪者に仕立て上げることができる仕かけです。

 そんなものがお金で買える状態にすることを「おじいちゃん、おばあちゃんの笑顔」などで誤魔化してはいけません。

 あることが法律的に「正しい」「正義とされる」か、あるいは「不正である」「犯罪である」と決定する、ルールを作ることができるのが「立法府」のもつ「権力」です。

 法を捻じ曲げれば、あなたの財産をすべて没収しても「正義」になるでしょうし、極悪非道の犯罪人も「無罪」とされる可能性がある。

 実際その種の報道が、問題にされる場合があるのではないでしょうか?

 国会には多くの重要な役割がありますが、もう一つ決定的な仕事があります。

 国家予算の決定、つまり皆が収めた税金の使い道を決定できるという、決定的な権力が付与されています。

憲法60条 予算:衆議院の予算先議権及び予算の議決

予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。

2 予算について、参議院衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

 衆議院議員に選ばれること、さらにその衆議院で過半数を制して国政のトップに立つということは、全国民が立場に応じて平等に収める「税金」の使途を決定できる、巨大な権力を把握することを意味します。

「桜を見る会」は、そもそもは大使館員などを遇する場で、都道府県知事であっても毎年呼ばれて集中することは避けられ、文化勲章など栄典相当の功労があった人を、国家全体の予算を用いて顕彰し、その参加者名簿も10年単位で保存されるべき、素晴らしい名誉でありました、元来は。

 それを、一地方の代議士が、自分の選挙区から1000人もまとめて招待したり、その奥さんというだけで、何の信任も国民から得ていない、ただのおばさんが、勝手に推薦して遇したりするのを、メディアは「税金の私物化」と伝えます。

 しかし、この言葉も若い人たちにはピンとこない様子でした。国語力が本質的に低下しているのかもしれません。

 これは、要するに「特権階級気取り」、何の根拠もないのに、勝手に人さまの財産を流用し、財貨と名誉を好き勝手にもて遊ぶ、「貴族ごっこ」でしょう。

 さらに何千万、何億円というお金を浪費し、自分の選挙の地盤固めに悪用したとんでもない「泥棒」であることを、はっきり指摘する必要があります。

私物化」だと、概念が格好よすぎて東大生にもピンとこないんですね。幼稚園児にも分かる言葉で、明確に示す必要があると、本郷や駒場で学生たちに尋ねて、率直に感じました。

「税金を泥棒していいと思うか?」「それを一部の人だけに依怙贔屓しておじいさんおばあさんが笑顔などという美辞麗句で、誤魔化せると思うか?」

「いいと思う」と答えた学生はさすがにいませんでした。是は是、非は非とは、こういうことだと考えます。

 こうした、最低限の「公共性」の感覚を、きちんと若い世代に教育していかねばならないと思います。

 東大で教えて20年、単位を発給した学生から、公務員代議士裁判官も出ていますが、中にはモラルが疑われるケースも目にします。

 物事は基本をきちんとしなければなりません。

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